『日航機事故』
こういう話をしていいのか分からないが、生まれて初めて見聞きした大事故だったのは間違いない。
夏休みだったこともあって、両親が共働きだった俺は、母方の実家にあずけられていた。しかし母の実家も自営業を営んでいたから、あんまり構ってもらえるということは無く、昼になると、金を渡され、一人で隣にあった中華料理屋にラーメンを食べに行ったものだった。俺はラーメンを小皿に取り分けないと食べられないくらい小さかったから、今にして思えば、なんと放任主義であることか。まあ、俺が駄々をこねて、そうしたい! と言って聞かなかった可能性は充分にあるのだが、そのあたりは覚えていない。
中華料理屋にはテレビが備え付けてあって、その日、俺はラーメンを食べながら、それをぼんやりと見ていた。恐らくやっていたのはワイドショーだったのだろう。ジャンボジェットが墜落した、というニュースをやっていた。子供ながらに、スタジオの緊張感が伝わってきて、とんでもないことが起きたのだと分かった。さらには、その便には有名歌手まで乗っていたという。
俺はその有名歌手が好きだった。彼は、いつも俺が母親とチャンネル争いを繰り広げていた『世界を紹介するクイズ番組』に良く出演していたのだ。
まさか、という思いが駆け巡った。何かの間違いだろうと思った。もし乗っていたとしても、彼は無事だと思った。
俺はラーメンを食べ終えると、支払いを済ませ、母の実家に飛んで帰って、その歌手のニュースを伝えた。だが、大人たちは子供の俺が言うことを信じなかった。きっと見間違い、聞き違いなんだろう、と。俺は大人たちの態度に大いに気分を害したものだが、もしかしたら、大人は大人でそんなニュースなど信じたくないという思いがあったのかも知れない。
日航機の乗客の安否が定かでないなか、その日の夜になった。俺は、例の『世界を紹介するクイズ番組』を観た。そして、大声を上げて狂喜乱舞した。なんと、例の歌手が出演しているではないか。やはり無事だったのだ。彼はいつもの穏やかな笑顔で、いつもどおり問題に答えていた。
残念ながら、幼い俺は、テレビ番組を事前に収録してから放送する、なんてことはまったく知らなかった。
多くの人がそうだとは思うが、あの歌手が歌う、あの有名な曲を聞くたびに、当時の夏を思い出す。だが、ラーメン屋でテレビを観て、『世界を紹介するクイズ番組』で空しく歓喜したことまで思い出す人は、あんまりいないだろう。
「先輩、そのキンキンの番組なんですが、『この番組はいついつに収録したものです』という断りは入らなかったんですか?」
「覚えていないが、多分無かったと思う。テレビ局がそこまで徹底していない頃だったのか、まだ安否がはっきりしなかったからか。ただ、すごく悲しかったのは良く覚えてるな」