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晴れたらいいね

作者: ぷちこ
掲載日:2026/08/16

 初投稿です。

よろしくお願いします。

ガタガタと王城へと向かう馬車の中、重厚な革張りのシートに腰を下ろした私は、扇を静かに揺らしていた。

カタリと窓の外の影が揺れ、気配もなく私設の影――トリアが滑り込んでくる。

 

「お嬢。トリアよりご報告。殿下と男爵令嬢、今夜の春の夜会にてお嬢の『断罪』を決行する模様です」

「まあ、ようやく動くのね。ここ数ヶ月、あの女の稚拙な自作自演に付き合わされて辟易していたところよ。……エナとディオが集めてくれた『例の証拠集』、用意は出来ていて?」

「は。エナが暴いた特注生地の闇取引帳簿に、ディオが掴んだ毒薬の入手ルート、そして文具店主の証言や診察録……すべて揃っております。いつでもお渡し出来ます」

「上出来ね。短い時間で良くやってくれたわ。さあ、あの方たちが気持ちよく踊り疲れたところで、特大の現実を突きつけて差し上げましょう」

 

私はくすりと微笑み、扇を閉じた。

ここ数年、社交界では夜会に乗じた突然の「断罪劇」が流行していた。他家の愚かな若者たちが起こす茶番劇を冷ややかに眺めていたけれど……まさか自分がその当事者になるとは。

婚約者の第一王子リュシアン殿下とは完全なる政略結婚だ。愛など微塵もない。だから婚約破棄自体は願ってもない話なのだが――私より身分も美貌も格下な男爵令嬢クララに目移りしたあげく、私を貶めて穏便に済ませようだなんて、随分と舐められたものだ。

そもそも、殿下がドヤ顔で言い放つであろう罪状とやらは、頭から尻まで全てが冤罪なのだから。

 

 

煌びやかなシャンデリアが揺れる大広間。

中央で声を張り上げたのは、案の定、リュシアン殿下だった。

 

「エレノア・ヴォルテール公爵令嬢! お前の嫉妬に狂った数々の悪行、我が配下による厳厳たる調べによって全て暴かれた! もはや見過ごす事は出来ん! 本日を以て貴様との婚約を破棄する!」

 

その傍らには、可憐なドレスに身を包み、怯えたように殿下の腕にしがみつくクララの姿がある。大広間を埋め尽くす貴族たちが一斉にどよめいた。

私は慌てる素振りすら見せず、涼やかな笑みを湛えて一歩前へ出た。

 

「破棄は重畳、喜んでお受け致しますわ。

さて、殿下。お分かりになりますか?私は貴方との婚約を破棄する事が心の底から嬉しいのです。

つまり、嫉妬などするはずもございませんわね」

「な……!そ、そんな事、口でならどうとでも言えるだろう!」

「そうですか…?残念ですわね」

「ほらぁ!残念って言ったじゃない、今!やっぱりあたしとリュシーに嫉妬して…」

「お黙りなさい」

 

ああ、本当にうるさいわ。

人の言葉尻を捉えて、キャンキャン喚くことしか出来ない愚かな女。

ここで引き下がるのなら、見逃して差し上げようと思っていたのに、もう駄目ね。

さっさと終わらせましょう。  

  

「それでは殿下。まずはその『厳厳たる調べ』とやらは、一から十まで冤罪に満ちておりますけれど……順を追ってご指摘してもよろしいでしょうか?」

「な、なに……!? 往生際が悪いぞ! クララの特注ドレスを切り刻み、更に!茶に毒を盛って命を狙った罪は既にに明かされている!」

「まあ、ドレスの件ですの? クララ嬢が破られたと主張なさるそのドレスの生地ですが、今年まだ一般市場には一切出回っていない最新の特注高級絹織物ですわ。貧困に喘ぐ男爵家が何故手に入れられたのか不思議でしたけれど……私が裏から手を回して入手した商人の裏取引帳簿によりますと、悪質な業者と組んで横流し品を買い叩いていたようですわね。ご自身の過失で引っかけて破いたドレスを私のせいになさるのは、どうかと思いますけれど。その証拠も必要かしら?」

 

クララの顔がぴくりと引きつった。殿下は狼狽えながら、尚も叫ぶ。

 

「し、しかし毒殺未遂の件はどうだ! クララのカップから毒物が検出されたのだぞ!」

「その毒薬の成分ですが、こちらで成分鑑定を致しましたところ……クララ嬢の生家である男爵領だけに自生する特産植物から抽出されたものと判明いたしましたわ。公爵家では一切手に入らない代物です。クララ嬢、ご実家からお取り寄せになった毒薬で自作自演なさるなんて、随分と詰めが甘いのではなくて?」

「う、嘘よ! そんなの……!」

「さらに、教科書汚損の件。破られたノートの紙質と特殊インクは、クララ嬢が自ら購入された物と城下の文具店主の署名入り証言がございます。それから、先週の階段突き落としの件でございますが、おかしいのです。本日庇っていらっしゃるのは『右足』の様ですが、医師から入手しました先週の貴女の診察記録の写しには負傷箇所は『左足』と書かれておりましたの。一体いつお怪我をし直されたのかしら?」

「あ、あら……? た、確かに痛むのは……あっ、ひ、左足です!」

 

クララが慌てて右足から左足へと体重をかけ直すが、周囲の貴族たちからは大きな忍び笑いが漏れていた。


「ふふっ、嘘ですわ」

「う、嘘?医者に確認したっていうのが…!?」

「いいえ?しっかりと確認致しましたわ。嘘と申し上げましたのはその内容」

「内容……」

「診察記録には、はっきりと『仮病』と書かれておりましたわね。ふふっ、ユーモアのあるお医者様だわ」

 

最初から何一つ被害など受けていない、彼女の完全な自作自演である事はもう誰も疑わないだろう。

 

「ええい黙れ! さ、さっきもだ! お前の指示を受けた給仕が、クララのドレスにワインをぶちまけたではないか!」


 30分ほど前だったか、ドレスどころか頭からワインを浴びたクララは、遠く離れた私を指さし何やらギャーギャーと騒いでいた。

現在は先程までとは違うドレスを着ているから、替えが用意してあったのだろう。

それどころか、髪飾りからヒールまでの全てが先程とは変わっている。

自作自演故の準備万端。

周りの貴族たちが、疑念を向けるのは当然だ。

私を断罪しようと綿密に計画を立てていたであろう方々が何故こうも墓穴を掘るのか、不思議でならない。

  

「あら、その給仕なら先程クララ嬢から金貨を受け取っていたのを、あちらの近衛騎士隊長様が目撃しておられますわ。わざとワインを自分にかけさせる為に給仕を買収されたのですね。既に給仕も捉えられております。彼への報酬袋に入り切らなかった金貨、まだ胸元にお持ちなのではありませんか?」

 

近衛騎士隊長が重々しく頷くと、クララは悲鳴を上げて自分の胸元を押さえた。その拍子に、チャリンと音を立てて金貨が数枚、床に転がり落ちた。

殿下は言葉を失い、呆然としている。

ワインの件を調べ、報告してくれたトリアから恭しく差し出された分厚い書類の束を受け取った私は、それを高く掲げ殿下に提示した。

 

「さらに申し上げますと、クララ嬢が買収に使われたその金貨……殿下が王家の国庫から私的に流用された裏金の一部でございますわね。既に監査院へすべての証拠書類を提出済みですわ」

「ひっ……!ぐ……こ、公爵家が……何故そこまで……!?」

 

絶望に顔を歪め、ガタガタと震える殿下へ、私は優雅に首を傾げてにっこりと微笑んでみせた。

 

「公爵家は調査に一切関わってはおりませんわ。私のとっても有能な影たちのお手柄ですのよ、殿下」

 

私の視線の先、壁の薄闇の中からすっと二つの人影が浮かび上がる。左から順に、冷静な瞳をしたエナ、素早い身軽さを誇るディオ、そして私の後ろに控える情報収集に長けたトリア。

幼い頃から私が手塩にかけて育て上げた三人の影たちが私に深々と頭を下げ、そしてエナとディオはまた闇に溶ける。

王室資金の不正流用と濡れ衣による公爵家への不敬。王位継承権の剥奪どころか、廃嫡と幽閉は免れないだろう。殿下は膝から崩れ落ち、クララも腰を抜かして床に泣き伏した。

周囲を包むのは、二人に対する軽蔑と冷ややかな視線だけだった。

私は優雅に扇を閉じると、完璧なカーテシーを披露した。

 

「――これで、私の頭上に降り注いでいた冤罪の暗雲は、綺麗に晴れ渡りましたわね」

 

静まり返る大広間の中、背を向けて歩き出しかけた私は、絶望に打ちひしがれる二人へと最後にもう一度だけ振り返った。

そして、心からの慈悲を込めた極上の笑みを浮かべて言い放つ。

 

「おふたりの今後の人生には、重い罪がどっさりとのしかかるのでしょうけれど……

その罪、晴れたらいいですね」

 

一言を残し、静まり返る紳士淑女に背を向けホールを去る。閉じゆく扉の向こうでは、雷鳴のような拍手と怒号が沸き上がっていた。

それはまるで、春の嵐のように――。 

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