表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
城の世璃  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/52

お利口なカエルたち

 数日後の深夜。 


 屋敷の周りには、異様な熱気が渦巻いていた。




 集まったのは、二十人ほどの老人たちだ。  彼らは皆、白い装束に身を包み、手には数珠や御札、あるいは古びた日本刀を持っていた。  この土地の因習を守り続けてきた、自警団と霊能者の混成部隊。  彼らは屋敷を取り囲み、一斉に経文を唱え始めた。




「――南無、南無、穢れを祓いたまえ」


「悪鬼羅刹、退散せよ。この地より去れ」



 低い読経の声が、重なってうねりとなり、屋敷の壁を震わせる。  彼らは本気だ。  屋敷の四方に「結界杭」を打ち込み、霊的な檻を作って、中の怪物を圧殺しようとしているのだ。  目に見えない圧力が、空気の密度を変えていく。



 けれど。  屋敷の二階、テラスに出ていたあたしたちにとって、それは心地よい子守唄でしかなかった。



「……ふふっ。一生懸命ね」


 あたしは手すりに頬杖をついて、眼下の老人たちを見下ろした。  彼らは必死の形相で祈っている。額に青筋を立てて、唾を飛ばして。  自分たちの「正義」と「霊力」が、あたしたちに通じると信じて疑っていない。



 お兄様が、あたしの隣に立った。


 ワイングラスを片手に、優雅に月を見上げている。


 その横顔は、彫刻のように美しく、そして冷酷だった。



「世璃。あの頭を見てどう思う?」



 お兄様が、顎で下をしゃくった。  そこには、禿げ上がった頭を並べて、一心不乱に経を唱える僧侶たちの姿があった。



「とっても怠けものね。お兄様」


 あたしは即答した。  思考停止して、古い神様に縋るだけの、哀れな老人たち。



「彼らは自分たちが進化して、近代兵器までつくれるようになったのに、僕たちが全然変わらないと思っている」


 お兄様が、グラスを揺らす。  赤い液体――若い男の生き血――が、波紋を描く。



「そうなの。  ちょっとお利口なカエルのくせに、あたしたちより偉いと思ってる」


 あたしはクスクスと笑った。  井の中の蛙。  自分たちが作った狭い井戸(常識)の中で、世界の全てを知った気になっている。  井戸の外に、彼らの想像を絶する捕食者がいることも知らずに。



「まるで、僕のパパとママのように」


 お兄様の声が、ふっと低くなった。  温度が消える。  絶対零度の殺意が、テラスの空気を凍らせる。



 ――ああ、そうだ。  あの老人たちの目は、あの日、那美が殺した両親の目と同じだ。


 自分たちの欲望や恐怖のために、他者を犠牲にしても構わないと思っている、濁りきった目。




「お兄様。……許せない」


 あたしの中で、那美の記憶が叫んだ。  『やっつけて』と。


「許せないね、世璃」


 お兄様が頷く。  その瞳が、金色に発光した。



「やっつけようよ」 「ああ。ふたりでやっつけよう」



「どうやって、やっつけるか。ディナーの間に考えよう」





あたしたちはテーブルを挟み、昨日の奴らのストックを食べながら、どうやってやっつけるかアイデアを出し合った。 そして、閃いてしまった。




「ねえ、お兄様。  うるさいカエルの鳴き声をこっちから辿って、解剖してやろうよ」


「解剖かい?」


「うん。だって、あいつら自分から『紐』を繋げてきてるんだもん。  そこを引っ張れば、中身をひっくり返せるでしょう?」


 お兄様は、面白そうに目を細めた。  あたしたちは「泥の王」。この大地そのものだ。


 土地に根を張ろうとする彼らの霊術は、あたしたちにとっては血管に針を通すようなもの。



「名案だね、世璃。  あいつらの鳴き声を、もっと耳障りよくさせてやろう」



 お兄様は、銀色のテーブルナイフを手に取った。


 そして、躊躇いもなく、自分の左腕に刃を立てた。


 スーッ。


 赤い線が走り、鮮血が溢れ出す。  あたしも真似をして、自分の手首を切り裂いた。



 ドボドボと流れる二人の血が、白いテーブルクロスを染め、床へと滴り落ちる。  床に広がった血溜まりが、黒い鏡のように波打った。


 そこに、映像が浮かび上がった。  外で必死に祈っている老人たちの姿だ。  血の鏡は、彼らと霊的にリンクしている。



「さあ、誰からいこうか」



お兄様の指先が、血の海の中で何かを探るように動く。


 「……見つけた。これが『縁』の糸だね」


 血の底には、目に見えない無数の糸が張り巡らされていた。外にいる老人たちが、自分たちの命を削って編み上げた、呪いのネットワーク。  


 

普通なら触れることさえできない霊的なパスを、お兄様は物理的な血管のように摘み上げた。


 

「硬くて、筋張っている。……ああ、この感触。何十年も凝り固まった、彼らの偏見そのものだ。だいたいわかったよ」  



 お兄様は微笑むと、一度手を上げると、血溜まりの中に映る、リーダー格の老婆に狙いを定めた。  そして、その胸元のあたりに、ゆっくりと、再び手を差し入れた。  チャプン。  まるで水面に手を入れるように、お兄様の手が血の中に沈む。



「心臓の形が悪いな。……握り潰してあげよう」


 お兄様が、水面下で拳を握りしめた。  グシャッ。  湿った音が、ダイニングに響く。


 その瞬間。  外から、老婆の絶叫が聞こえてきた。



「がはッ!? ……ご、ごふッ……!」


 血の鏡に映る老婆が、白目を剥いてのけぞった。  次の瞬間、彼女の胸板が内側から爆発したように弾け飛び、肋骨と心臓の破片が撒き散らされた。



「ひ、ひぃッ!? ば、婆様が破裂した!?」


「な、何が起きたんじゃ!?」



 外はパニックだ。  あたしは嬉しくなって、フォークを血溜まりに向けた。


「次はあたしの番!  このお坊さんにする!」


 あたしは、太った僧侶の口元に狙いをつけて、手を突っ込んだ。


 ズブブッ。


 あたしの腕が、僧侶の喉の奥深くまで侵入する感覚。


 内臓の温かさが手に伝わる。



「お腹の中身、見せてあげる」


 あたしは、指に力を込めて、思い切り左右に引き裂いた。


 ベリベリベリッ!!


 外で、僧侶の体が「く」の字に折れ曲がった。  そして、口から腹までが一直線に裂け、大量の臓物がドサリと地面にこぼれ落ちた。



「ギャアアアアアア!!」


「逃げろ! 術が逆流している!!」


 生き残った者たちが、数珠を捨てて逃げ出そうとする。  でも、遅い。



「おや。帰すわけないだろう?」



 お兄様が冷ややかに告げた。


 ズズズ……。


 庭の地面が、突然ドロドロの沼へと変わった。


 「泥の王」の権能。それは、冷たい泥ではない。  地面の底から、灼熱の息吹が漏れ出している。




「あ、熱い!? 足が焼ける!!」


「バカな……これは泥ではない……! 溶岩じゃ……!」



 逃げようとした老人たちの足が、足首まで、膝まで、ずぶずぶと焼けながら沈んでいく。


 バカバカ。


 自分たちが嫌がらせをしていた相手が、「悪霊」くらいにしか思ってなかったでしょあたしたちは全然違うの。



「足が! 抜けない!」 「地獄だ……ここは地獄じゃ……!」



 動けなくなったカエルたちが、熱の中で藻掻いている。  あたしたちは、優雅に椅子に座ったまま、その光景を眺めた。



「ふふっ。豊作だね、お兄様」


「ああ。全員、綺麗に開いてあげよう」



 お兄様とあたしは、ナイフとフォークを動かし続けた。


 血溜まりの中の影を突くたびに、外で誰かが弾け飛び、ねじ切れ、裏返る。  まるで、スープの中の具材を切り分けるように。




 断末魔の悲鳴と、肉が裂ける音が、美しい旋律となって夜を彩る。


 あたしたちの服には、一滴の返り血もついていない。  ただ、床の血溜まりだけが、彼らの命を吸ってどんどん広がっていく。




やがて、外が静かになった頃。  庭は、ひき肉と泥を混ぜ合わせた、巨大なハンバーグのようになっていた。




 その夜、村から二十人の人間が消えた。  死体さえ残らなかった。  ただ、屋敷の前の土が、妙に栄養を含んで黒光りしていたこと以外は、何も残らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ