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城の世璃  作者: 秦江湖


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芽吹く悪夢

 お兄様は、暖炉の前のロッキングチェアで、浅い呼吸を繰り返している。


 額には脂汗が滲み、うわ言のように那美の名前を呼んでいた唇は、乾燥してひび割れていた。



 あたしは、お兄様の身体を抱き上げた。  軽い。  羽毛布団のように軽くなっている。  中身(生命力)を、あたしという毒に食い荒らされて、空洞になりかけているのだ。



「……ん……世璃……?」


 ベッドに運ぶと、お兄様が薄く目を開けた。  その瞳は熱で潤み、焦点が定まっていない。  けれど、あたしを見る目だけは、確かな「認識」の光を宿していた。



「ごめんね……起こしちゃった?」


「ううん。……夢を見ていたんだ」


「那美の夢?」



 あたしが聞くと、お兄様は弱々しく微笑んだ。  否定しなかった。


「思い出したんだ。あの日、那美が最期に言った言葉を」


 ドクリ。  あたしの心臓が跳ねた。


 那美の最期の言葉。  『私が化け物をみんなやっつけてあげる』。



「……あの子は、僕を守ろうとしたんだね」


 お兄様の声が震える。  枯れた喉から絞り出すような、懺悔の声。



「両親という化け物と、自分の中に巣食った化け物……つまり、今の『君』を殺して。  僕だけを、人間の世界へ逃がそうとしたんだ」




 バレてしまった。  あたしは息を止めた。  


 お兄様が真実を知ってしまった。那美の本当の願いを知ってしまった。


 じゃあ、お兄様はあたしを拒絶する?


 『那美の仇』だと言って、あたしをこの城から追い出す?  あるいは、警察に突き出す?



 あたしは、お兄様の手を離そうとした。  この手は、もうあたしが握っていていい手じゃない。  お兄様は「人間」を選んで、光の方へ行くべきなのだ。



 でも。  お兄様は逆に、あたしの手を強く握りかえした。  骨が軋むくらいに、強く。



「……でもね、世璃。  僕は、那美の願いを叶えてあげられない」



 お兄様が、あたしを見た。  その瞳に映っているのは、死んだ那美の面影じゃない。  目の前にいる、化け物のあたしだ。



「僕は、君がいない『人間の世界』なんていらない。  たとえ君が、那美を食い破って生まれた怪物でも。  君が僕の命を吸いとって、僕を腐らせていく毒だとしても。  ……僕は、君と一緒にいたい」




 それは、那美への裏切りだった。  命を懸けて兄を守った少女の祈りを、踏みにじる言葉だった。



 でも、あたしには、それが世界で一番あまい愛の言葉に聞こえた。  脳髄が痺れるような、背徳的なプロポーズ。



「お兄様……」


「世璃。お願いがあるんだ」



 お兄様は、這うようにして上半身を起こした。  そして、自分の動かない左足を、愛おしそうに、そして憎々しげに撫でた。



「僕を、治してくれないか。  ……君のやり方で」


「え?」


「人間であることを辞めてもいい。  この足で立って、君と踊りたいんだ。  ……地獄の底まで、君と一緒に行けるように」



 お兄様の瞳には、狂気と、静謐な覚悟が宿っていた。  あたしは嬉しくて、喉の奥で音を鳴らした。  震えるほど嬉しい。  お兄様は、光ではなく、あたしとの闇を選んでくれた。




「わかった。……いいよ、お兄様」



 あたしはベッドの下から、大事に隠しておいた「箱」を取りだした。  


 中に入っているのは、数日前に山で見つけた「通り魔」のパーツだ。


 ニュースで騒がれていた、足の速い男。


 あたしが森で出会ったとき、彼はナイフを振りまわしてきたけれど、あたしが『お話』をしたら、最後には自分の左足をくれた。


 まだ新鮮だ。神経も血管も、生きているみたいにピクピクしている。



「準備はできてるよ。  ……痛いよ? 死ぬほど痛いよ?」


「構わないさ」



 お兄様は、静かに笑った。  その笑顔は、那美が死んだ日と同じくらい、透き通っていた。


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