第2話「愛に応える」
「その……お礼の言葉って、言われ慣れていないもので……」
「シャロ家の贄、でしたからね」
心臓の速さが上がる理由を、素直に述べる。
すると、フェリーさんは雨の恵みを受けて、満足気な表情をしている光精霊を私の元へと向かわせた。
精霊が親しみを込めて寄ってきたら、私は彼らのことを無視できないとフェリーさんは知っている。
「やっと目が合いましたね」
構って、構ってと寄り添ってくる光精霊を気にかけると、自然とフェリーさんと視線が交わる。
満面の笑みと言うべきなのか、喜びに満ちたフェリーさんの表情を見ているだけで安堵の気持ちが生まれてくる。
「双子が災いをもたらすとはなんなのか、ずっと考えていました」
深刻な話をすると分かっていても、フェリーさんから穏やかな笑みは消えない。
気が落ち込まないように、わざとそうしているのか。
それとも、笑顔を作り込むことで自身を保っているのか。
答えの見つからない疑問を胸に抱え、私はおとなしくフェリーさんの話を聞き入れた。
「もしかすると、森契の盟の間で起きる戦争を意味しているのかなと」
豊かな香りが漂うお茶を口に運ぶと、先ほど味わったときよりも苦みを感じたのは気のせいではないのかもしれない。
「片割れを殺してしまえば、精霊と縁を切りたい側は自然と滅びゆきますから」
「……対等に戦争をするための贄、ですか」
「可能性がないわけではないのかなと」
話している内容の重さを感じると、笑えない自分の顔はますます凝り固まっていくのではないかと不安になる。
そんな私とは正反対で、向かい側に座っているフェリーさんはいつもの温かい眼差しで私を見つめる。
「フェリーさんは……これからもエグバートさんを支えていくのですか」
「その予定です」
蒸気が立ち昇るティーカップみを持ちながら、フェリーさんの視線は遠くへと向かってしまった。
そしてすぐに視線を下ろし、アスマさんが約束を交わしていた精霊たちへと目を向ける。
「前にも言いましたが、家なしだった僕を拾ってくれたのがアッシュ家の現当主です」
声は静かなのに、その言葉には力強さが込められている。
「僕が生きる意味は、アッシュ家を栄えさせること。ただそれだけです」
絶対にアッシュの家系を守るという強い意志が伝わってきて、私はフェリーさんの言葉に頷くことしかできない。
「エグバートを支えることが、僕に与えられた使命です」
その言葉は、長い年月を共に過ごした二人の間に築かれた信頼を象徴しているような気がした。
不安や迷いは一切なく、ただその意思を貫くためにフェリーさんが生きているということが伝わってくる。
「モス家は、僕の代で終わらせます」
窓硝子の向こうから聞こえる風の音が、フェリーさんの言葉を促すために吹きつける。
「これからもエグバートのために力を貸してください、ステラさん」
フェリーさんがいつも与えてくれる優しさや愛情が、その言葉に込められているような気がした。
「ふふっ、悩んでいますね」
「違います。力を貸すことに悩んでいるのではなく……」
家なし、拾った、終わらせる。
それらの言葉が意味するのは、モスの血を継ぐのはフェリーさんしか残っていないということ。
「シャロ家の魔女なんて、単なる肩書にしか過ぎないのだと思って……」
言葉を紡がなければいけないのに、思いついた言葉ではフェリーさんのことを救うことができないのだと無力感に苛まれる。
「ステラさんは、エグバートのことだけを見てください」
「でも……!」
「僕は影……そう理解してもらえたら」
自分を影と称するフェリーさんは、いつだって柔らかな笑みを絶やすことがない。
誰かを救うための笑みは、エグバートさんにも似ていると思った。
まさにフェリーさんは、エグバートさんの影として生きようとしていることが伝わってくる。
「どうか、贄である前に……ステラさんは、シャロ家の魔女であることをお忘れなく」
私がフェリーさんにかける言葉を探すことができたところで、フェリーさんはその言葉を発することすら遮ってしまうのかもしれない。
触れてほしくないところまで私が踏み入ったら、彼は必ず私のことを止めるのかもしれない。
「私は」
そんな妄想が働いてしまうくらい、私は多くの優しさを彼から受け取った。
上手く言葉を紡ぐことはできないかもしれないけど、私は自分の気持ちを言葉にできるよう努めていく。
「フェリーさんが与えてくれた、愛に応えたいです」
アスマさんが残していった精霊たちが、愛という言葉に応えたのかもしれない。
愛という言葉に反応を見せた精霊たちは、一斉に私の周囲へと駆け寄ってきた。
「え、ちょっ……落ち着いて!」
精霊たちの温かさに包まれることになってしまって、驚きの感情をどう処理していいのかと戸惑っていたときのことだった。
「ふふっ、ははっ」
声が漏れ出ないように口元に手の甲を当てていたフェリーさんが、笑いを堪えきれずに声を溢れさせる。
肩の上に乗っていた光精霊は小さな手で私の髪を引っ張り、フェリーさんが笑っていることを懸命に伝えてくる。




