第9話「願い」【アスマ視点】
「今日は、集まってくれたことに感謝いたします」
夜の帳が下り、アッシュ家の屋敷は静寂に覆われた。
周囲が暗くなることで、星と月は輝きを増すことができる時間帯が訪れたはずなのに。
今日は星の観察も月の観察もできないまま、アッシュ家の屋敷に漂う重い空気に身を預けることになった。
「今日は、皆に話さなければならないことがあります」
アッシュ家のご当主様であるエグバートくんのおばあさんの、深い憂いを兼ね備えた眼差しが光る。
重々しい沈黙を破る凛とした声は、起きた出来後すべてを見通してきたような恐怖を与えてくる。
おかげで両親の表情には、不安と緊張が色濃く映し出されるようになってしまった。
「ソーン家の長男であるアスマが、一連のノクティス・アカデミアで起きた連続殺人事件の主犯だと確認されました」
一同の視線が自分に向けられ、そのすべての目線が冷ややかすぎて、また呼吸が苦しくなっていく。
「それだけでなく、森契の盟に代々引き継がれている契約札を外部に渡した。村の重大な掟を、アスマは破りました」
この場に集まっているのは、森契の盟の血を引く者しかいない。
ある程度の事情を察している人たちの集まりは、ざわめきすら生まなかった。
アッシュ家の当主の言葉ひとつひとつが、森契の盟の血筋に重くのしかかっていく。
「このままアスマを、アリドミアに置いておくわけにはいきません」
厳かな声が響く。
「出て行きなさい」
その一言が、重く心に響く。
「アッシュのご当主様! 息子に罪はありません! すべては一般人の娘の仕業で……」
「その一般人を守るのが、私たちの使命ですよ」
アッシュのご当主様の顔が厳しくなればなるほど、村人たちの視線は一層、冷たさを帯びていく。
母は泣き崩れ、父は呆然として言葉を発することもできなくなった。
(これで、やっとソーンは終わる……)
この場に集まった村人たちの中に、誰一人として異議を唱えるものは現れない。
アッシュのご当主が場を離れるのを見て、いち早く立ち上がったのはブルックの当主と次期当主。そして、フリントとウィンの当主と次期当主もブルックに続いた。
「父さん、母さん、行くね……」
抗う気力を失った両親は息子から顔を背け、もう用なしを助けようとはしなかった。
重い足取りでアッシュ家の大広間を後にすると、外の冷たい風が吹きつけてきた。
「アスマくん」
誰を憎むことも、誰を恨むことができない心の中に、何かしらの感情が広がっていくのを感じたとき。
場に広がっていた残酷な空気を打ち破るような温かい声をかけられた。
「フェリーくん、魔女様のことお願……」
「すみません、顔を出すなと言われていたのですが……」
冷たい風が肌を刺してくるのに、彼女はわざわざ価値なしを見送りに来た。
「そのローブ、似合ってる」
「……ありがとうございます」
深い藍色の生地に細やかな金糸と銀糸が織り込まれ、夜空に輝く星が嫉妬しそうなほど彼女は煌めいている。
薄紅色の花びらがあしらわれており、彼女と一緒に桜咲く景色を見上げたいなんて叶うはずのない希望が生まれてしまう。
「心配しなくても、俺、死なないよ」
彼女の涙が今にも溢れてきそうだからこそ、自分はアリドミアを追い出されることに何も感じていないと主張する。
「魔女様の妹君からのお許しが出て……うん、結局、精霊の輪廻から逃れられなさそうだけど……」
自分との別れを悲しんでくれる人がいるってだけで、胸の中に熱い感情が込み上げてくる。
「シャロ家が管轄する土地で、面倒見てもらえることになってる」
彼女も彼女で、今にも溢れ出しそうな涙を必死に堪えていた。
温かく、穏やか眼差しを浮かべながら、価値なしを見送ってくれる。
「妹君に、伝えたいことは……?」
「いえ、私はもう亡き人間ですから」
自分から彼女へと歩み寄り、彼女の手を握った。
こんなにも冷たい手をしているのに、彼女に触れるだけで彼女の心の温かさが伝わってくるような気がした。
「ありがとう、魔女様」
自分の声が震えていることに気づいて、自分は最後の最後までかっこ悪いのだと気づく。
たった一言を絞り出すだけでも精いっぱいのはずなのに、俺と魔女様の間には優しい空気が広がっているような気がした。
「シャロ家の魔女を守ってくれて、ありがとうございました」
彼女の声も、震えている。
でも、互いの間に広がる優しさが、何よりも力強い励ましとなっていくのを感じる。
「またね、魔女様」
荷物を肩に背負い、震える手でしっかりと握り締める。
(少しは、息が吸いやすくなるかな……)
一人きりの旅路を歩み始めようと思っていた刹那。
「送る」
「こっちは、アスマがいなくなって清々するわ」
ブルック家の次期当主と、フリント家の当主が背後から寄り添ってくれた。
「って、俺もアスマくんの護衛、頼まれてるんだけど!」
ウィン家の次期当主であるルドの笑い声が混ざり込む。
「ステラ様のことは、私がしっかり守るから」
「だーかーら、なんでさっきから俺のこと無視するの?」
「ルドは、うるさいの」
「今回の件で、魔女様を救ったのは俺だよ? 俺の力ですからね?」
冷たい風が自分を包み込むはずだったのに、孤独な旅路にならなかったことに不安が和らいでいくのを感じる。
「おまえ、もう魔法使いの力がないんだろ? 護衛だ、護衛」
「……ありがと、サクヤくん」
シャロ家の魔女の片割れが待つエルドミアには、何が待っているのかは誰も知らない。
ただ、今度こそ新しい未来を切り拓くことができたらいいなと。
そんな願いを、空に瞬く星々に投げやった。




