第8話「異常」
「戦いは苦手でも、やれることはある……」
ユウの口から溢れた言葉は私に宣言するためというよりは、自分に言い聞かせるための言葉のようにも聞こえた。
「っ」
音精霊の力を借りたばかりの私は、ユウの後をついていくために歩を進めようとした。
「ステラ?」
でも、突き刺さるような視線を感じて、私は足を止めてしまった。
「音精霊、変化を見せませんね」
「想定通りって言えば、そうだけど……」
音精霊は人間には聞こえない敏感な音を聞き分けて、校舎に溢れる血の匂いへと案内してくれることを期待した。
「……学園に来てから、鋭い視線を感じるんです」
「視線の先には誰もいない?」
「まるで、幽霊やアンデッドを相手にしてるみたいな……」
森契の盟に属する人間はシャロ家のように、生まれたときから精霊と付き合うことを義務づけられている。
そのおかげもあって、ユウは少ない言葉数だけで私の事情を察してくれる。
「単純に考えるなら、魔物がステラを狙ってる」
「でも、そうなると、魔物がアカデミアの生徒を襲う理由がなくなります」
ユウの推理に、間違いはない気もする。
けれど、狙っているのはシャロ家の双子ではなく、私とは無関係な人々。
「俺たちが、精神的に参ることを狙ってる……?」
「赤の他人が死んで心を痛めることはあっても、精神的には追い詰められることはないかなと」
「……確かに俺も、飯は食えるかも」
深い関係を持つ人間が亡くなれば、食事も喉を通らなくなるという事態が起きるかもしれない。
けれど、魔物と関わろうとしている魔法使いが、一遺体と遭遇することで食事も摂れなくなるほど弱るとは思えない。
「ステラとアカデミアの生徒の両方に恨みがある……って、ステラは今日が初めての学園か……」
「両方に恨みがあるという線はいいと思います。ただ、共通点が見つかりません」
音精霊の能力を利用しながら、周囲の様子を注意深く観察しながら私たちは学園を見回っていく。
一方で教師の到着を待つだけの生徒たちは笑い声を上げながら友達と話していたり、授業で出された課題に取り組んでいた。
(彼らにとっては、何も変わらない日常が続いている)
私とユウが恐怖を抱いているのに反して、学園の生徒たちは平穏な学園生活を送っている。
恐怖と安堵という、交わらないはずの感情が混ざり合っていく。
「共通点っていうと、性別が同じだな」
いつ魔物が動き出しても大丈夫なように冷静さを整えていたユウの口から、新たな情報がぽろりと溢れた。
「女性ってこと……?」
「唯一の共通点だな」
性別が同じというユウの言葉に、異様なくらい聴覚を奪い去られたような感覚に陥った。
「今までの被害者の数は……」
てっきり、今朝の校庭で見つかった遺体が事件のきっかけだと思っていた。
でも、事件は私が贄に捧げられる前から始まっていたということ。
「校舎で見つかった遺体は、今朝の遺体で四体目。被害者全員が女性ってとこまでは調べがついてる」
「男子生徒の警戒心が薄いのは、そのせい……?」
「狙われないってわかれば、楽観的でいられるからな」
校舎でご遺体が見つかることに恐怖を抱かず、無関心な人たちがいる理由。
それは、被害者が女性ばかりと気づき始めているから。
女性でなければ命を狙われないと高を括って、事件を他人事のように思っている人が増えているのだと分かった。
「追い打ちをかけて、学園には森契の盟がいる」
「……絶対に、守ってもらえる」
「まあ、その絶対が崩壊しつつあるんだけどな」
「……最悪、ですね」
私が放った《《最悪》》という言葉には、いろんな意味が込められている。
無関心さが広まること。
魔法使いが存在する国で、森契の盟に頼りきりになってしまうこと。
いろんな意味を含んでいる言葉だからこそ、私の声は少しだけ低くなってしまったと思う。
「校舎に、嫉妬、憎悪、恐怖、絶望、孤独、怨恨の感情が根づいています」
「根づく……?」
「たとえた通り、根を張って、感情が発育しているような……」
目を見開いたユウは、喉元に手を当てた。
「精霊とは、自分の感情に素直な生き物です」
「複数の感情を持つことはないってことか」
「複数の感情を持つことができるのは、人間の特権かと」
精霊には、喜怒哀楽の感情がある。
感情に従って行動する精霊を見てきたとはいえ、複雑な感情が渦巻いている学園は精霊にとっても魔物にとっても生き辛い場所かもしれない。
「自分の感情を消化させるために、人間が魔物の力を利用しているのではないかと」
疑わしそうな眼差しを私に向けてきたユウ。でも、彼は何度か瞬きを繰り返したあと、私のことをしっかりと瞳に映してくれた。
「森契の盟が学園にいながらも、四体目のご遺体が見つかった。異常なことが起きています」
シャロ家が最も精霊から寵愛を受けているとしても、森契の盟の力をあなどる人間がいるとも思えない。
「森契の盟への宣誓布告というよりは、もっと私利私欲な事件かもしれません」
感覚を頼りに話を進める危険性を感じながらも、自分の体には魔法使いという特殊な血が流れている。
そんな曖昧な感覚を頼りにしながら、私はユウを味方にするための言葉を選んでいく。
「校舎で魔物が見つからないのは、誰かの力を借りて身を潜めているから……」
「待った! 森契の盟以外の人間が、契約札を所持することは禁じられてる」
「その掟に、綻びが生じているのが今なのかなと」
「っ」
「約束なんて、破るためにあると考える人もいるってことです」
シャロ家では双子が災いの象徴だと信じられているくらい、信仰心の厚かった。
けれど、シャロ家の外では息を吸い込みやすい自由が存在する。
覚悟の決まったユウの表情を確認して、私たちはアッシュ家に報告することを決めた。




