それぞれのモテエピソード
「それぞれのモテエピ」
高津咲夜の場合
「高津咲夜さん22歳、現在社会人1年目、兄である高津美咲さんが社長を務める会社に勤務中。今年春頃に結婚、その後まもなく長女が誕生。現在は妻子と3人暮らし・・・とお間違いないですか?」
「・・・・そうだけど」
「この度はお時間取っていただいて、ありがとうございますぅ。」
「はぁ・・・。」
OB会と名ばかりの集まりで半ば無理やり大学に招かれた彼は、粗末な椅子に相応しくないスーツ姿で足を組む。
睨みを利かせれば誰でも黙らせられそうな風格と、圧さえ感じる整った顔立ち。
整い過ぎて一見外国人だろうかと思わせる程だが、彼は純日本人。
一切染められていない黒髪は、カラスの濡れ羽色のような艶やかさだ。
白く透き通った肌が、作り物のような容姿を包み込んで、頭からつま先まで完璧な芸術作品でしかない。
スーツは男性を3割増しにかっこよく見せると言うが、彼が着こなす姿はまさに鬼に金棒だ。
ヤクザと言われればそう思えるし、エリートサラリーマンと言われればそう見える。
どこぞの若社長だと言われてもしっくりくる見姿だ。
誰もがすれ違えば振り返るであろうオーラを放ちまくっている。
粗方彼の情報は調べ終えているし、共有された事項も多い。
アドバイスによると、余計な問答を避け、用点を簡潔に質問すること・・・とある。
「それでは高津様、いくつか取材のため質問よろしいでしょうか。」
「・・・手短にね。」
「はい、心得ております。」
彼から威圧感と警戒心を感じながら、ペラっとまとめた書類を一枚めくる。
「今回は小鳥遊先輩からのご依頼により、現情報部部長を務める私からインタビューさせていただきます。他愛ない質問も多くありますので、どうぞ構えず、お気軽にご回答いただければと存じます。」
「・・・・。」
「ではまず、お答えできる範囲内で構いませんので、学生時代でのモテエピソードをお伺いできますでしょうか。」
「・・・・」
相変わらず表情を一つも変えないマネキンのような顔が、私の眼鏡のレンズを、その眼光で砕け散らんばかりに見つめていた。
「中高生の頃や、大学生時代に、男女問わずこういうアピールをされた・・・など、告白のエピソートですとか、ございますか?」
「・・・・・質問はそれだけにするって約束するなら、答えてあげるよ。」
美しい口元から放たれた言葉は、それ以上の詮索や疑問、全ての言い分を許さない、という圧に満ちていた。
やはりこの方への取材は無理難題か・・・
「承知しました。質問はこの1点のみとさせていただきます。」
「ふん・・・」
情報によると、彼は心許した相手には高圧的でなく、ごくごく普通の若者のようだが、好き嫌いを明確にしている方なのだろう。
「モテエピソードねぇ・・・まったく小鳥遊さんも何を考えてそんなこと知りたいのか・・・。雑多に答えてしまうと・・・中学に入学したその日から、囲まれて質問攻めにされたよ。連絡先を聞かれたり、ファンクラブを作られたり、芸能事務所関係者が校門の前で待ち構えてる、なんてこともあった。」
「ほう・・・!それはなかなか・・・」
「まるで動物園のパンダにでもなった気分だったね。」
「・・・」
高津家・・・及びかつて日本の3大財閥と呼ばれていた一族・・・特にトップに立つ当主関係者たちは、それはそれは皆見目麗しい姿であったらしい。
メディアの取材制限が厳重で、昔はまともな情報が世間に出ることも、その見た目が公開されることもさしてなかったものだが、ネットが普及していった頃から、彼らのルックスが常人のそれではないと、一時世間を騒がせたものだった。
モデルや芸能関係者たち、それらの界隈のものたちは、こぞって彼らに興味津々だった。
「バレンタインデーっていうものがこの世で一番嫌いな日でね・・・まるで集団で悪戯みたいにチョコや菓子を手渡されるもんだから地獄だったよ。過度な干渉や執着、好意はね、時に狂気でしかなくて、人を苦しめるだけのものなんだ。」
「・・・そうでしょうねぇ」
質問の意図とは外れた話をしているのは、恐らく遠回しに先輩や我らに対する苦言だろう。
私が苦笑すると、彼はまたジロリと視線を返した。
「君たちが聞きたいことっていうのはこういう回答ではないと思うけど、勝手な取材を執り行う以上、期待した返答があるわけじゃないことくらい、わかっているよね?」
「ええ、もちろんです。では・・・具体的にどれくらいの方から、告白されたなど・・・覚えていらっしゃいますか?」
「ふん・・・覚えてるわけないでしょ。」
「そうですよね・・・」
「中学生から今まで、友達と呼べる人以外は皆下心を持ってしか関わろうとしないよ。具体的な面白いエピソードなんてないし・・・君たちが、それはありえないだろと思うようなことが、実際俺には起こってると思ったらいいんじゃない?」
「なるほど。・・・では例えば、先ほどのバレンタインデーで言いますと、下駄箱を開けたらチョコがドサドサ落ちて来た、みたいなことですかね。」
「・・・ああ、あるよ。不衛生極まりないね。」
「ほう・・・。では体育館裏で告白されて迫られる、などは・・・」
「まぁ・・・あったよ。喧嘩ふっかけられたこともあるけどね。」
「・・・ではぁ、複数の女性から呼び出されて、淫行行為を強要される・・・などは?」
「・・・・あるけど。・・・不特定多数で乱交なんてことはしたことないよ。」
「男に襲われそうになった、とかは?」
「あるよ、もちろん。」
「男性との性行為のご経験は?」
「あのねぇ・・・・何でも答えるとは言ってないよ。・・・もういいね、帰るよ。」
少々踏み込み過ぎたか・・・
「ええ、本日はありがとうございました。元部長に提出しておきます。」
「・・・・ふん、他にも聞く相手がいるんでしょ?言っておくけど・・・俺の友人に不快な想いをさせるようなことがあれば、承知しないからね。」
「・・・はい。」
高津さんはふいっと踵を返して立ち去ってしまった。
立ち上がって歩く様はなんとも優雅だ。足が長すぎてわけがわからない。
事前に録音取材だと言ってはいなかったが、彼は机に置いている私のスマホを一瞥していた。
恐らく気付かれたな。
出来れば手土産にと、先輩が食いつくような財閥の情報がほしかったものだが、あの方を出し抜くには私では力不足だ。
西田円香の場合
「西田円香さん、22歳。現在社会人1年目、某大手輸入会社に勤務。大学時代からお付き合いされていた同じ学部の同級生であった、佐伯リサさんと婚約中、及び同棲中・・・。で、お間違いないですか?」
書類を眺めて確認しつつ、目の前のその人に視線を返すと、彼は少し眉を引きつらせながら口を開いた。
「そう・・・・ですけど・・・。えっと・・・俺にいったい何の御用で・・・」
「申し遅れました。情報部兼、新聞部部長の影山と申します。一昨年まで部長であった小鳥遊が、西田さんを含め多数の方に懸命に取材を試みていたようですが、成果を得られず卒業したことを悔いておりまして・・・。私は前部長に成り代わり、取材をさせていただきたくお呼び出し申し上げました。ちなみに今回のインタビューは、現在我が部が制作中の学内新聞、『それぞれのモテエピソード』略してそれモテ!のコーナーとして特集させていただきたく存じます。」
「・・・・・はぁ・・・・。そうなんですか・・・」
めっちゃ不審がってるな・・・
目鼻立ちがハッキリとしている西田さんは、高津さんのような、「美しい芸術作品」というイケメンではない。
いわゆる日本人の女性が好きそうな、アイドル顔だ。
パッチリと大きな目と、スッと通った鼻筋に、綺麗な顎のライン。
清潔感ある爽やかさは、本人の内面からも溢れているのだろう。
ひとたび目が合えば、ドキっとさせて女性に印象を残すお顔立ちだ。
「急な取材を持ちかけたこと、大変失礼いたしました。たまたまご用事で近くにいらっしゃると言う情報を得ましたので、またとない機会と思い・・・。お時間は取らせませんので、質問よろしいでしょうか。」
「・・・・まぁ、答えられることなら。」
彼は依然として不信感を抱いたままの様子。
だがしつこく自分が何者かを説明しても、警戒心を解いたりしないだろう。
「では・・・中高生の頃や、大学在学中で、女性からお付き合いの申し出を受けることがあったかと思いますが、おおよそ何回くらい告白されたとか、覚えていらっしゃいます?」
「いえ・・・それは・・・流石に数えてないので・・・」
「まぁそうですよね、失礼いたしました・・・。では西田さんが記憶にある中で、一番モテていたなぁと思うときは、何歳くらいの時でしょう。」
「ん~・・・・」
「・・・・」
「何歳かなぁ・・・でも中学生の時かもしれないですね。」
「そうなんですね。やはりその頃は、周りから注目されているという自覚がありましたか?」
「まぁ・・・毎日話しかけられていたので・・・。カッコイイって言われることが当たり前になってたから、一番調子乗ってた時期だと思います。」
「ほうほう・・・。特に印象に残っているエピソードとかございますか?」
「ん~・・・まぁすごく分かりやすい話で言うと、バレンタインデーですかね・・・。文字通り山のようにチョコ貰ってたので・・・。でも毎年それを持って帰るのが大変だったし、高校生の時からは出来るだけ断るようにしてました。」
「そうなんですか。それはどのようにお断りを?」
「えっと・・・気持ちに応えられないから受け取れない・・・みたいな。もちろん本命として渡してくれてる子だった場合ですけど。」
「なるほど・・・。ではその他学校行事や、日頃の生活内であったモテエピありますかね。」
「ん~・・・・」
去年まで当大学の経済学部に通っていた西田さん
実は彼のかつての同級生にも当時の情報を聞いているが、在学中も特に目立った悪評もなく、本当にごく普通の学生だったようだ。
裏で怪しいビジネスの勧誘をするでもなく、女ったらしでとっかえひっかえ遊んでいたでもなく、真面目で人望もあり、友人想いな人格者・・・
周りからの情報ではそんな彼を裏付けるエピソードしか得られなかった。
「一度・・・その・・・体育祭の時に・・・」
「はい」
「転んで怪我した女子がいたので、その時保健委員だったし、抱えて保健室に連れて行ってあげたことがあったんですけど・・・」
「ほう」
「その・・・・・・保健室に着く前に気絶しちゃって・・・」
「・・・それは・・・『に、西田くんがお姫様抱っこしてくれてるーーー!!ぎゃーーー!!』ガク・・・みたいなことですか?」
「まぁ・・・たぶん・・・慌てて先生たちも集まって大騒ぎになって・・・。でも本人には大事無かったので良かったですけど。」
苦笑いを落としつつも、人柄を象徴するような人命優先の言葉・・・
この方は本当にただのいい人なのかもしれない。
「それは西田さんからしたら困った出来事だったでしょうねぇ。」
「はは・・・まぁ・・・」
「大学在学中の西田さんについて、同じ経済学部であった生徒から少し情報を賜っているんですが、進級する度に、懇意にされているであろう高津さんと同様、新入生から注目を浴びて、アピールを受ける姿が多々目撃されていたようで・・・後輩の女生徒から告白を受けたことは何度くらいありましたか?」
「えっと・・・ん~・・・大学の時だと・・・たぶんですけど、後輩だと4人・・・くらいかなぁ。」
「ほうほう・・・。ちなみに先輩から告白されたこともありますか?」
「そうですね・・・」
「こちらが聞いた複数名からの情報によりますと、同じ学部の女子の約7割は、西田さんに夢中であったと・・・」
手元の書類に目を落としながら言うと、彼は快活に笑った。
「はは!まさかぁ・・・咲夜の間違いでしょう。」
「・・・いえいえ、そこが高津さんではなく、西田さんに軍配が上がっているからこそ、真実味を帯びている情報なんですよ。」
彼は火を消したようにふっと真顔になる。
「確かに顔立ちの整い方で言うと、高津さんの右に出るイケメンはいないでしょう。ですが平凡な女子大生からすると、高津財閥元当主の弟、という立場が周知の事実であるので、高嶺の花以外の何物でもありません。余程の名家のお嬢様でない限り、そもそも彼に関われるはずもないと思うのが普通ですから。それに西田さんもご存じかと思いますが、高津さんは高校卒業を機に、何故か一切女性との関係を断ち切っておられます。学内で話しかけてこようものなら、とんでもない威圧感で追い払っていたでしょう。そうなると自然と目が行くのは、一緒にいた西田さんと桐谷さんです。どちらもごく一般的な大学生でかつ、爽やかなイケメン二人は、女性からすると魅力的に映ります。ですが桐谷さんに女性のアピールがさほど向かなかった。何故だと思います?」
突然捲し立ててしまったが故、西田さんは先ほどよりも怪しむ視線に変わった。
「何故・・・さぁ・・・」
「表情とコミュニケーションの問題です。桐谷さんは決してコミュニケーション下手な方ではないと窺っていますが、そもそも恋愛というものにさして興味がない方だったようです。そうなると好意を向けてくる者に対して、自然と雑な言動をとることになります。特に目立った悪評がなかったようなので、嫌われていたわけでもなく、性欲処理目的で女性と遊ぶ時間を作ることもなかったでしょう。加えて彼は芸術家です。類稀なる生け花の才能を持つ桐谷さんは、物事を本能で判断する思考には至りません。コミュニケーションを取ったとしても、自分にとって合う合わないは、感性で判断してしまいます。昔からそういう方の多くは孤独であり、理解者が少なく、女性と縁遠い方がほとんどです。対して西田さんはというと・・・愛想もよく頭もいい、いい意味で普通な方。余計な自己主張はしないが、自身の意見は持っている。コミュニケーションに難もなく、人当たりがいい・・・おまけに同性からも信頼を得ている友人想いな一面があり、女性に対しても下心が丸見えの態度など取らない。西田さんとしては、自分らしく自然に振舞っているだけのことだとしても、女性からすると百点満点の男性に見えるんですよ。」
この上ない褒め言葉のつもりであったが、彼は背筋を伸ばしたままじっと見据えるだけで、特に反応を見せなかった。
「すみません・・・余談が過ぎましたね・・・・。」
「・・・影山さんは・・・・」
「はい」
「何か自分の目的があって、質問をしてるんですか?・・・学内新聞のためっていうのは、本当なんですか?」
「ええ、もちろんです。・・・しゃべり過ぎてしまって申し訳ありません。分析が趣味でして・・・。決して悪意はありません。」
西田さんはこちらを安心させるような微笑みを見せて、その後も当たり障りない質問に、可もなく不可もない回答をされた。
桐谷春の場合
「桐谷春さん、神奈川県横浜市出身、家族構成は両親のみの一人っ子。社会人1年目の23歳、大手食品会社に勤務。現在は年上の女性と同棲中。・・・お間違いないですか?」
目の前に足を組んで座るイケメンは、灰色の長い前髪を気にすることなく、ジロリと視線を返した。
「なんだ、興信所でも使って調べたのか?」
「そんなもの使わずとも我が情報部はそれなりに把握しておりますよ。」
「ふん・・・流石あの小鳥遊の犬だな。」
「・・・」
彼は今まで取材したイケメンの中でもかなり癖ありの青年だ。
頭脳明晰な芸術家・・・。
元は母親が数百年続く華道の家元でかつ、彼自身もその教えを数年受け、中学生以降あらゆる生け花の大会を総なめにしてきた。
驚くべき点は、教えを数年しか受けておらずとも、独特の世界観を表現し、有名な批評家たちを唸らせ、圧巻の評価を得て来たことだ。
だが彼自身は評価など関係ないとでも言いたげに、プロになるでもなく、あっさり大学受験を機に作品を世に出すことは無くなった。
「桐谷さん、今回はそれモテ!に特集しますインタビューとなるので、いくつか質問にお答え願います。」
「・・・」
依然としてじっとこちらを睨んだまま、こちらの出方を待っているようだった。
「それでは・・・中高生の頃や、大学在学中に、男女問わず受けたアピールや、告白のエピソードなど」
「おい」
「はい?」
「学内新聞の1コーナーに、何で俺が協力しなきゃならないんだ?」
「・・・今回はですね、OBのイケメンに取材してみた、という名目ですので、桐谷さんもその一人として選出されております。」
「・・・そのインタビューとやらに答えて、俺に何のメリットがあるんだ?今のところ、時間を取られてるだけで不愉快なんだが。」
特に表情を変えずに、全うな意見を言うイケメンだ。
「強制でないならここに留まる理由もない。・・・じゃあな。」
「あ~~~お待ちください!えっと、報酬があるのかということですよね?」
桐谷さんはチラっとこちらを見たが、相変わらず冷徹な目をしている。
「ん~~・・・ではその・・・今度東京に来る予定の美術館の入館チケットを差し上げます!どうですか?美術もお好きでしょう?」
「・・・?なんであんたがそんなもんを手に入れられるんだ?」
「こう見えてツテがあります。」
「はっ・・・胡散臭い。」
「事実ですよ。実業家である父がですね、いくつか美術館の経営者に融資しているんです。1枚くらいチケットは優遇してもらえますよ。」
嘘はついていない。というかこの方には嘘は通用しないだろう。
「・・・・・・・・」
桐谷さんは立ったまま腕を組んでこちらを眺めた後、はぁ・・・と一つため息をついた。
そして仕方なしとばかりにもう一度椅子に腰かける。
「・・・質問よろしいですか?」
「・・・手短にしてくれ。」
「はい。では先ほどの質問の回答を窺っても?」
「・・・あぁ・・・。告白された回数がどうのとかか?そんなもんだったら、勝手にあんたらのイメージで嘘書いときゃいいだろ。どう書かれようとも気にしねぇよ。」
「ん~それはちょっとモットーに反するというか。規定にも反しますし、出来ないんですよね。インタビューした事実しか書けません。現に録音取材していて証拠も作っているので。」
「はぁ・・・。モテエピソードねぇ・・・。普通に生き物として当然だけど、女は顔のいい男が好きだろ。俺は父と母の遺伝子でこういう顔に産まれた。だからたまたまチヤホヤされることもあった。それだけの話だろ。」
「そうですね。桐谷さん自身は、モテてしまうなぁという自覚が生まれのって、いつ頃ですか?」
「・・・?んなもん物心ついた頃からあるわ。モテるというより、人の目を引いてしまうっていう意味でな。散々調べ尽くしてるならわかるだろ。素質とか異質さとか、才能とか・・・それに比例するように人間的な部分の欠如。そういう変人さがあるから人目を引く。異性が寄ってくるとしたら、それは色目を使われてる時も多々あるだろう。けど俺は自分の恋人以外特に興味はないし、普通の人間が感じるような驕りや、優越感なんてものは得たことない。もちろん言うまでもないが、恋人以外の女性、はたまた同性に対して性的欲求を抱いたこともない。」
「ほうほう・・・。桐谷さんらしい回答ですね。」
「ふ・・・らしい・・・?小鳥遊もよく言ってたな、らしくないって言葉・・・。あんたはあの元部長の影を追ってる口か?」
「・・・そうですね、影山ですので。まぁ私個人のことはお気になさらず。それでは、女性からモテ過ぎて困った事、などはありますか?」
「・・・ふぅ・・・。」
早くも桐谷さんは飽きてしまった態度で視線を逸らせる。
「困ったっていう感覚を覚えたことはないな。どうでもいいから構われても適当に返答してるし、俺が自然に応対してると、女性は自然と離れていってくれる。毒のある植物にはな、生き物は執着したりしないし、蜜を求めたりはしない。俺は甘さをちらつかせて惑わせようなどとしないし、色香に目を回す程の愚か者でもない。」
「そうですかぁ・・・。」
「もう答えることはないな。」
そう言うと桐谷さんはそそくさと教室を出て行ってしまわれた。
何というか、口も上手い相手は情報を引き出しにくいもんだ。
武井理人の場合
「武井理人さん、21歳。法学部の3年生。某ファッション雑誌の副編集長を務めるお母様と二人暮らし。父親はかの有名な世界的華道家、時田桜花。お母様は未婚の母で、世間的には時田氏との親子関係は公表されていない・・・と。お間違いないですか?」
「・・・・はぁ・・・。えっと・・・取材は受けるって了承しましたけど、情報に間違いがないかどうかより、いきなり個人情報とか、プライベートな内容なずけずけ言い放つの、失礼じゃないですか?」
「・・・そうですね、失礼いたしました。」
「ええ、本当に。」
案外真面目な指摘なする方だな。
調べでは割と自由奔放でチャラそうな印象を受けるデータが多いんだが・・・
まぁ曲がりなりにも法学部の秀才なわけだし、訴訟されかねない発言は控えるか。
「それでは、武井さん。さっそくですが、それモテ!のコーナーのための質問をさせていただきます。」
「・・・はい。」
「我々の調べによると、武井さんはゲイだと親しい方に公言されているようですが、事実ですか?」
「はい。」
ふむ・・・
静かに椅子に腰かけて答える青年は、お顔立ち的にどう見ても女性にモテる雰囲気だ。
ハッキリした目鼻立ちで、茶髪にピアス、服装も少し派手な物に見えるし、身長も高い。
「何となく印象としては、女性におモテになるんじゃないかと見受けられる点から、取材対象として選出されているんですが・・・アプローチを受けることはありますか?」
武井さんは口をへの字にして視線を落とす。
「まぁ・・・小さい頃から女の子にちょいちょいモテましたね・・・残念なことに。」
「そうですよねぇ・・・。結構ご苦労が多かったですか?」
「ん~・・・もう今となっちゃ覚えてることも少ないですけど。普通に僻まれていじめに遭ったり、悪戯なノリで女の子に告白させられそうになったりとか・・・嫌なことなんて山ほどありましたよ。」
「なるほど・・・」
同性愛者でありながら、見た目は異性にモテそうな人程、苦労人はいないだろう。
真実を誰にでも打ち明けられるわけではないがゆえ、悩みも多いだろうし、偏見の目に晒されるのは言うまでもない。
昨今ではそれらを白い目で見ること自体が時代遅れであり、考えの足りないことだと思われる風潮であるものの、上の世代の方や、学校という子供と教師がいる社会の中で、誰もが理解を示すものじゃない。
「女性にモテて困った話や、それらに付随するエピソードでも構いませんので、何か教えていただけることはありますか?」
武井さんは小さく息をついて、思い出を探るように若干眉間にしわを寄せ視線を落とした。
「ん~・・・一番最近の話だと、同じ学部の1年生に声かけられて、仲良くなりたいから連絡先教えてくださいって言われたり・・・」
「ほう!それは明らかなナンパですね。」
「そっすね・・・。後は~・・・仲良くしてる女友達の一人が、同じく仲良くしてる子が実は気があるみたいだからって、一緒に出掛けてほしいって斡旋されそうになったり・・・」
「あぁ・・・くっつけようとするやつですね。」
「ええ。・・・後・・・学食で女性の先輩に声をかけられて、同じテーブルで他愛ない話しながら飯食べて・・・暇なら今日うちに来ないかって誘われたり・・・」
「おおん、それは積極的な方ですねぇ。」
「すね・・・。後、去年か一昨年か忘れたんですけど、クラブに時々行ってた時期があって、その時、普段はそこまでじゃないのに異様に女性に囲まれたことあって・・・ナチュラルに乱交パーティに誘われて・・・ゲイなんで、って一点張りでめっちゃ断ったり・・・。あ、後思い出した・・・電車内で痴漢に遭ってる女性をちょっと助けたら、お礼したいから連絡先教えてほしいって言われたこともありました。」
「・・・めっちゃ出てきますね、エピソード。」
「はは・・・・ぜ~んぶ男の子との話だったらさいっこうなんですけどね~。」
そう言いつつ武井さんは遠い目をして深いため息をついた。
十分一人分のエピソードは得られたな・・・。
「ちなみにですけど、俺ゲイ受けもわりかしいいんですよ。」
椅子の背にもたれて彼は、得意気にニヤっと口元を持ち上げる。
「そうでしょうね、イケメンですし。」
「イケ・・・ん~・・・そうなんすかねぇ。人当たりいいって意味ですよ。んでも・・・この子いいなぁって目を付けた子は、なかなか振り向いてくれなかったりするんすけどねぇ・・・。」
「そうなんですか、それは悩ましいですね。」
「ま・・・高望みしてるだけなんですけど・・・。」
気苦労が絶えなさそうな彼は、物憂げな表情なままインタビューを終えることとなった。
朝野夕陽の場合
「朝野夕陽さん、22歳。現在法学部4年生。ご家族は両親と、婚約及び同棲中の男性。その方は同じく法学部の同級生。高校3年生の時に年子の妹さんを亡くし、他に兄弟はなし・・・。以上でお間違いないですか?」
「え・・・はい。・・・」
「急な取材協力でお声掛けして申し訳ありません。先ほどもご説明しました通り、情報部では現在、学内新聞で『それモテ!』という1コーナーを設けておりまして、女性受けが良い方からモテたエピソードなどを取材させていただいております。」
「はぁ・・・そうなんですね。」
「ええ。こちらが仕入れた情報によりますと、どうやら朝野さんは中学生の時、空手の日本全国大会で優勝経験があるとか・・・素晴らしい記録ですね。」
「・・・ありがとうございます。」
「・・・・」
言葉少なに謝辞を述べる彼は、スポーツ選手らしい高身長で、高校時代はバスケ部で活躍していたようだ。
モテそうな・・・という顔立ちではないにしろ、とても温厚そうで、佇まいや受け答えから真面目さを感じる。
加えて彼は法学部でもかなり成績優秀で、恋人である柊さんと学年順位1、2を争う存在だ。
まさに文武両道。更に周りからの人望も厚く、情報収集の際彼の人柄を尋ねると、皆口を揃えて、優しくてとても親切な人だと答えていた。
非の打ち所がない、そんな印象を受ける。
「さっそくですが、朝野さんが中高生の時や、現在の大学生活で起きたエピソードの中で、女性からこんなアプローチを受けた・・・ですとか、告白された話などがあればお教え願いたいです。」
私がそう述べると、彼は少し困った様子で苦笑いを落とし、頭をポリポリかいた。
「つっても・・・俺別にモテはしないし・・・。薫の方が女の子にモテてますけどねぇ・・・」
「もちろん柊さんにも、いずれインタビューの依頼をさせていただきたく存じます。」
すると彼はふっと真顔になり、じっと真剣な眼差しを返した。
「そうなんですか・・・。でも薫が了承したとしても、あんまり過去のことや、本人のことを根掘り葉掘り聞かないであげて下さい。」
「はぁ・・・それは何故でしょう」
「・・・細かく説明するとあれなんでかいつまんで言うと・・・彼は精神疾患があって、現在も治療中です。まぁどうせそのへんもそちらは調べ尽くしてしまうことなんでしょうけど、不安定な状態になると、医者の対応が必要になる事態にもなりかねません。そうなった場合、ただの学生には責任は負えませんよね?」
おっと・・・柊さんのこととなると、急に眼の色を変えて詰めて来たな・・・
「確かにそうですね・・・。承知しました。無理な質問をするつもりはありませんし、他愛ないエピソードを尋ねるためだけの会話をすることを、お約束いたします。ご安心ください。」
「ありがとうございます。俺には別にいくらでも根掘り葉掘りしていいので、薫には容赦してください。ちなみに・・・万が一、薫が不快な想いをしたり、精神的不安を感じるような事態に陥った場合は・・・そっちも録音して記録しているみたいだし、法的措置はいくらでもとりますから。」
・・・怖い方だ・・・まぁまぁな脅しだな
「心得ておりますよぉ。学部内の成績トップのお二人を敵に回していいことなんてありませんし!・・・それでは先ほどの本題に入っても?」
「はい・・・えっと・・・」
こちらが得た情報によると、どうやら朝野さんも柊さんも、あの高津財閥元当主である美咲さんと懇意な仲であり、恩恵を受けているらしいからなぁ。
下手な真似は到底できない。
あの当主は、暴力団はおろか、政府にすら口出しできるほどの手腕と立場を有していた。
敵に回してしまったら、情報部どころか小鳥遊先輩が築き上げてきた全てや、我々の家族すらどんな目に遭うかわからない。
彼らは知らぬ間に、とんでもない後ろ盾を得てしまっているのだ。
「モテたエピソードって言ってもなぁ・・・何だろうなぁ・・・」
「・・・こちらが朝野さんのご友人から伺った情報ですと、中学生の頃から女子の目を引いていたと聞き及んでおりますが?」
「はは、そうなんですか?・・・まぁでもだとしたらそれは、背が高いから目立ってただけですよ。」
「ですが当時お付き合いされた方も、告白されて・・・という始まりだったのでは?」
「まぁ・・・。でも告白されてとりあえず付き合うとか、誰でもありますよね。」
「そうかもしれませんが・・・高校生の頃も告白されたことが2、3度あったと・・・」
「ん~~~・・・あ~~・・・でもそうかな・・・付き合った彼女も含めたらそうですね。」
「・・・・普通は、というと語弊がありますが、典型的な男子学生はそんなに異性から告白されませんし、それほどされる方は、所謂モテる人という認識を持つものですよ?」
「・・・・そ・・・そうですか・・・」
「・・・・」
どうやらこの青年は無自覚だったようだ。
可愛らしい垂れ目をキョロキョロさせているが、高身長なのも相まってスタイルはいいし、温和な性格や、落ち着く低音ボイス、絶妙な癖っ毛などが女性からすると可愛いポイントを獲得しているだろう。
加えてあまり下心を持って女性に接する人ではないだろうし、親切な気遣いが出来るとなれば、自ずとそこそこ好印象を持たれてしまう。
妹さんがいたが故か、世話焼きで面倒見がいい所もプラスポイントだろうな。
「十分朝野さんは女性からおモテになる方ですよ。告白されたエピソードで覚えていることがあれば、聞いてもよろしいですか?」
その後も彼は、特に納得いってないみたいな表情をされながら、淡々と過去のエピソードを語ってくれた。
柊 薫の場合
「柊 薫さん、21歳。現在法学部4年生。海外赴任の父親と、東京で弁護士をされている母親がいるが、18歳の頃から完全別居。兄弟はなく一人っ子で、同じ学部の同級生である朝野夕陽さんと同棲、及び婚約中。で、お間違いないですか?」
「はい。」
事前に取材を受けた朝野さんから、我々の話を聞いていたのか、彼は特に動揺を見せずに頷いた。
「朝野さんから伺っているかと存じますが、モテエピソードの取材にご協力いただきます。わざわざ情報部まで足をお運びいただきまして、ありがとうございます。」
こちらがペコリと頭を下げると、彼はそれに倣うように首を垂れた。
「いえ、今日は授業もあって大学来てましたし、後は空いてたので・・・。」
物腰柔らかく答える彼は、近くで見ると一層女性か男性か曖昧な面立ちをされていた。
色白で小さな顔と、可愛らしい大きな目に、穏やかな口調と優し気な眼差し。
静かにパイプ椅子に腰かけている姿は、年齢よりかなり幼さを感じさせると同時に、中性的が故、女性より男性にモテそうに見える。
「なるべくお時間取らせませんので・・・。では、女性からでも男性からでも構いませんので、アプローチを受けた経験談などございましたらお伺いしたいです。」
柊さんは少し思い起こすように目を伏せてから、スッとまた視線を戻した。
「えっと・・・俺バイセクシャルで、女性も男性も好きになった事があるんですが・・・夕陽と付き合う前は、その・・・一つ年上の女性の先輩からもアプローチを受けていて、それなりに仲良くさせてもらっていました。」
「ほほう、そうなんですね。柊さん的には、その先輩も魅力的に感じていたんですか?」
「・・・そうですね、優しくて、可愛らしく笑う方で・・・そこにいてくれるだけで周りが明るくなるような、お花みたいな人でした。」
「なるほど・・・。ではその方以外に、女性から誘われた経験などは?」
「ん~・・・たまぁにですけど・・・下級生の女性から声をかけられて、一緒に学食食べませんかって誘われたことありますけど・・・。でも基本的に断ってまして。」
「そうなんですか・・・。ですが柊さん可愛らしい雰囲気ですし、男性から声をかけられることも多々あるんじゃないですか?」
「あ~・・・まぁ・・・無くはないですけど・・・。でもほとんどまず、『君女の子?』って聞かれて、違いますって答えたら残念そうに諦めてくれますし、男でも構わないと思って誘ってくる人も、恋人がいるのでって断ったら、だいたい立ち去ってくれます。」
柊さんはかなりナンパされる人なんだな・・・
「そうですかぁ・・・・でもしつこく食い下がってくる人も中に入るんじゃないですか?」
「そうですね・・・。」
「そういう時はどうやって追い払うんですか?」
「えっと・・・しつこくナンパしてきたおじさんがいたときは・・・身長185cmで空手の日本チャンピオンになった彼氏がいます、って言ったら半信半疑ながらも撤退してくれましたね。」
「・・・・」
少し笑いをこらえながら言う彼は、まったく嘘をついていないし、誇らしげにすら見えた。
「まぁ確かに朝野さんがお隣にいると、声かけられることはないでしょうねぇ。」
優し気な面立ちながら、異様な威圧感も放てる朝野さんは、恐らく柊さんの周りにいる者に対しての警戒心の方が強いのだろう。
「柊さんは、中高生の頃も女性におモテになられましたか?」
彼は少しキョトンとしてからかぶりを振った。
「いいえ、その頃は何かと理由をつけられていじめに遭っていました。話しかけてくれる子はいましたけど、そうなるとその・・・話しかけた子が、俺に気があるんじゃないかと囃し立てられたりしたので、居心地悪かったというか・・・」
「おぉ・・・それは災難ですねぇ。・・・ですが大学生になった今現在だと、好感を持たれることの方が多いですか?」
「ん~・・・そうなのかなぁ・・・。別に期待されるような大袈裟なことは何もないですよ。目立たないように心がけてますし・・・そもそも1年生の後期から夕陽と付き合っていたので、別にモテる振る舞いをする必要性もなかったので。」
「なるほど・・・。」
彼からこれ以上聞けることはないかな・・・
十分男女ともに好かれやすそうな人ではあるが、どことなく儚い印象は、何か幼少期からのトラウマや精神疾患のせいでもあるのだろう。
柊さんからは、男だとか女だとか、性別の区別を感じさせないし、興味を向かせないための振る舞いが上手な人に思える。
それはいじめに遭っていた経験からなのだろうけど、人間というものは例えパートナーがいたとしても、人から好感を持たれると嬉しいし、それをステータスとして無意識に利用しようと思うものだ。
けれど彼からはそれを感じない。
何故なのかは今の時点の質問では到底わからないし、今回は分析目的ではなく、あくまでモテエピソードを取材する時間だ。
私は仕方なく取材を切り上げ、会釈して部室を後にする彼を見送った。
時任葵の場合
「時任葵さん、24歳。元月島組の組員及び用心棒。現在は元組員たちと警備会社を経営中。・・・で、お間違いないですか?」
「・・・・」
ん~・・・これは威圧感というより、明らかな殺気?
ヤクザらしいスーツを着てるでもないのに、彼は到底20代前半の雰囲気でない。
長い脚はいつでも蹴りを繰り出せそうだし、普段着と思われる格好だが、胸元からすぐ拳銃でも取り出しそうな顔つきをしてらっしゃる。
少し傷跡も見える頬や、伸びた襟足が結ばれた太い首も、屈強な元ヤクザっぷりを際立たせる。
だがそれでもどうだろう、恐怖を上回る男前さだ。
鋭い目つきだが、その切れ長の瞳はいったい何人の
「おい、何をジロジロ眺めてんだ。」
「失礼いたしました!それでは・・・窺っているかと思いますが、情報部の取材にご協力いただいてもよろしいでしょうか。」
在学中は狂犬と囁かれていたらしい彼は、最近まで行方不明だったようだが、現在になって正式に退学届けを提出し、数少ない知り合いと接触している目撃談があった。
「・・・俺に何を聞きてぇんだ?」
「時任さんは男前でいらっしゃるので、女性からモテたエピソードなどをお伺いしたく存じます。1コーナーとして取り上げようかと。」
威圧感とは裏腹に、彼は落とすように柔らかい笑みを見せた。
「そうかい・・・」
「・・・在学中はそれはそれは人目を引いていたと聞いています。月島さんとともに歩いていらっしゃると、お二人とも体格がよろしいですし、特に目立っていたと。」
「ふ・・・そりゃあ国立大学内にヤクザが闊歩してりゃ、人目にもつくわな。」
「・・・お二人とも学問においても優秀だったとお聞きしています。・・・そういえば、透さんにも是非取材させていただきたいのですが、こちらでは足取りを追うことが出来ず・・・時任さんは現在も交流がございますか?」
かつての抗争で一時期メディアを騒がせていた月島組。その組長の妾の子が透さんだった。
正式な跡取りではなく、武術や体術、銃の扱いなどあるゆる面において、異常なまでの才能を持っていたため、彼は殺し屋のような扱いを受け、組長に使われていたらしい。
だがそれは独自の情報網からの調べであって、メディアでは組員一人に焦点を当てて報道することなどないし、彼が一体どういう人物なのかは知れない。
「・・・散々情報荒らす連中でも、透のことはわからなかったのか?」
特に何でもなく、感情を表に出さないまま、時任さんは何気なく言った。
「そうですねぇ。我々はあくまで学生で、かつ一般人ですので、そこまでの危ない橋は渡れないのですよ。」
「・・・・あいつぁ、先の抗争で死んだよ。」
「・・・・・・・・へ?」
「正確には抗争で死んだわけじゃあねぇがな。・・・透は透の突き通してぇ仕事があった。守るもんもあった。その行く末で死んだ。・・・残念だが、あんたらが調べようとも過去の悪行くらいしか暴けねぇだろうな。」
これは取材どころではないかもしれない。
彼が真実を口にしているかどうかはわからないにしろ、この状況で嘘をつく理由もなければ、その様子もなかった。
「まぁ気にすんな。ヤクザなんだからいずれはろくでもねぇ死に方するもんだ。俺たちにとっちゃそれが普通だしな。」
「・・・もしや透さんの訃報を知らせるために、かつての知人に会いにいらしてるんですか?」
「・・・ああ、そのつもりだった。だがやめた。・・・俺たちにとっちゃ当たり前の死に方でも、カタギの人間は今のあんたみてぇに、知れば気を悪くする。ただでさえ世間のゴミでしかねぇヤクザってもんが、あいつの死を美化して語っていい訳ねぇしな。・・・いや・・・まぁ本来はどうでもいいんだ。・・・あんたらの聞きてぇ話ってのは、俺には答えづれぇな。関わってきた女がいたとしても、そいつらは俺がヤクザもんだってわかってたんだ。真っ当に好かれてたわけじゃねぇ。」
「・・・・」
好奇心で何もかもの事情を聞きたくはなった。
だが踏み込んではいけない一線がある。彼もそれを解っている。
「では質問を変えましょう。・・・・透さんは、時任さんにとってどんな方でしたか?」
彼はニヤっと口元を持ち上げて笑ったが、その目は悲しそうだ。
「ふん・・・クソ野郎としか思ってねぇよ。・・・ガキの頃から同じ家で暮らしてた。俺はあいつの飼い犬だ。だが情なんて持つんじゃねぇと常に言ってやがった。ヤクザらしいヤクザだった。あいつぁ・・・」
時任さんは小さくため息をついて立ち上がる。
「駄犬だの役立たずだの罵られたたが、俺ぁあいつの残酷さに惚れてた。・・・・それだけだな。」
わずかに感情を見せる表情が、いったい何を見て何を噛み潰してきたのか、ただの一般人である自分には想像もつかない。
彼は短い会話を終えると、静かにその場を後にした。




