警戒の少女と疑惑の公爵
ヴァルトリア王国には、一人の奇妙な貴族が住んでいた。
名は――ザリーン・ヴァインダー。
太った体型に、鋭い目付き、そしてどこか怪しい笑み。
まるで安っぽい悪役芝居に出てくる変態紳士のような見た目である。
民衆の噂によれば、ザリーンは「卑劣な手段で爵位を得た」だの、「悪魔と契約した」だの、まるで伝説の魔王のように恐れられていた。
しかし――そのすべてはただの誤解でしかなかった。
ザリーンは、血の繋がりが近すぎる両親の間に生まれた子だった。
そのため、彼の顔立ちはどう見ても“怪しい”としか言えず、どんな言動も不信に映ってしまう。
今日も、そんな彼の誤解劇が始まろうとしていた。
> 「あの娘、怪我をしているのか……うふふふ。おい、衛兵たち。彼女を屋敷へ運んでくれ……うふふふふ」
怪しい笑いと共に、少女はザリーンの屋敷へと連れていかれた。
目覚めた少女は、天蓋付きのベッドの上で叫んだ。
> 「助けて! 変態貴族に誘拐されたーっ!!」
しかし声は、厚い壁に阻まれて誰にも届かない。
そこへ、ザリーンが静かに入ってくる。
ゆっくりと腰のベルトを外しながら、意味深に微笑む。
> 「うふふふ……最初は少し痛むかもしれないぞ……?」
少女は恐怖で目を閉じ、震えた。
……と、その瞬間。
ぱしゃっ。
> 「え……? なんか、ミントの香り……?」
ザリーンが手にしていたのは――回復薬だった。
> 「はい、おしまい。これで傷は癒えた。ゆっくり休むといい」
そう言って、彼は静かに去っていった。
少女は呆然としながら呟く。
> 「……え? いや、てっきり……襲われると思ってたのに……」
その夜、再びザリーンが部屋に現れる。
少女はびくっと体を強ばらせる。
> 「まさか……今度こそ、襲われる……?」
しかしザリーンはこう言った。
> 「うふふ……腹が減っていないか?」
彼女は恐る恐る付いていく。
連れていかれたのは――豪華なダイニングルーム。
テーブルの上には、温かい料理がずらりと並んでいた。
> 「好きなだけ食べるといい……うふふふ」
少女は警戒しながらも、なぜここにいるのかと問い詰める。
> 「なぜ私を助けたの? 何が目的!?」
ザリーンは静かに答える。
> 「理由? 怪我していたし、生きる気力すら失ってるように見えたからだ。うふふふ」
> 「嘘よ! 私を殺すつもりなんでしょう!? 売り飛ばすとか、性奴隷にするとか……!」
その叫びに対して、ザリーンは疲れたような目を向けた。
> 「……私は、確かに妻に捨てられたが……そこまで下劣ではない。
だからこそ、世間擦れした子供は屋敷に置きたくなかったんだ。余計な妄想ばかりするからな」
一瞬の沈黙。
そして、ザリーンは椅子に深く腰掛け、静かに言う。
> 「話してみなさい。……君の人生を、変える手助けくらいはできるかもしれない」
少女は躊躇いながらも、ぽつりと語り始める。
> 「……私の村は、クルアズって貴族に焼かれて……
お父さんもお母さんも、私を逃がしてくれて……
私は、走ることしかできなかった……」
ザリーンは天井を見上げながら、ぽつりと呟いた。
> 「……そうか。村の娘には、重すぎる話だな……うふふふ」
少女は、まだ何かを期待していた。
けれど――
ザリーンはそれ以上、何も言わなかった。
部屋には、ただ静寂だけが残った。
ゆらりと揺れるシャンデリアの下で、二人はそれぞれの闇を抱えていた――
《プロローグ・完》