ep.7 初期設定
蓋が完全に閉まると、筐体内部の空間が暗闇に包まれた。
全身を包み込むような静寂が訪れ、ブライアンはわずかな浮遊感を覚える。
「目を閉じてください」
アナウンスの通りに目を閉じると、次の瞬間、彼の脳内で、まるでスイッチが入ったかのように鮮明な映像が展開された。
ぼやけていた世界が一瞬にしてクリアになり、これまで彼の視界を遮っていた霞が嘘のように晴れ渡る。
「っ……!?」
ブライアンは驚きのあまり、思わず目を見開いた。
目の前の暗闇が、驚くほど詳細な解像度で脳裏に映し出される。
彼の87年の人生で、これほどはっきりと物が見えたことがあっただろうか。
そのあまりの鮮明さに、彼は息をのんだ。
「警告。目を開かないでください。脳と視覚神経が直接接続されています。目を開くことで、現実世界の視覚と仮想世界の視覚が衝突し、深刻な障害を引き起こす可能性があります。」
再び、無機質な女性の合成音声が響いた。
ブライアンはハッと我に返り、慌てて硬く目を閉じた。
言われた通りに目を閉じても、彼の脳内では鮮明な映像が続き、視力が完全に回復したかのような感覚が残っている。
生体スキャンがはじまる。
筐体内部のディスプレイは、彼が目を閉じているにもかかわらず、脳内に鮮明なプログレスバーを表示する。
しかし、ブライアンの忍耐はすでに限界に達していた。
指先は膝の上をトントン、トントンと規則的に叩き始め、履き慣れたスリッパの爪先は、まるで待ちきれない子供のようにユラユラ、ユラユラと左右に揺れている。
87年という長い人生を歩んできた老人とは思えないほど、その焦燥は純粋だった。
こんなにも時間がかかるものなのかと思うほどの生体スキャンが終わり、いよいよゲームが起動する。
ブライアンの目の前、いや、彼の脳内には、CMで見た広大なファンタジー世界が、まばゆいばかりに広がり始めた。