奥様へご挨拶
朝は小鳥の囀りと共にーーと思っていたが、雨が窓に叩きつける音で目が覚めた。
ロココ風の天蓋ベッドから起きるとベルミナが朝食の準備をしていた。
「ベルミナさん、おはようございます」
「ミコト様……朝食を用意しました。召し上がった後に隣の部屋の浴室で湯浴みをしてください。
お持ちの服はこの2着ですか?昨日と違う服でよろしいですか?」
ベルミナの圧に押されてしどろもどろに「はい」と返事をした。
朝食はパンとコーヒーだけで変わった味のジャムが数種類とバターっぽいのと生クリームが付いていた。コーヒーは少し苦かったのでジャムを入れて飲んだり、味をアレンジしてたら緑の紙コップのコーヒーが恋しくなった。
その後の湯浴みは他の年配のメイドさんが手伝ってくれ頭を洗ってくれた。
洋服も着替えて髪を巻こうと思うけど、コテがない!
仕方なく深窓の令嬢風をイメージしてハーフアップにバレッタを留めて毛先は気持ち外はねさせてみた。きもちね。
せっかくのお城なので、縦ロールでクルクルしたかった。
身支度が終わった頃にベルミナが呼びに来た。
ついて行くと縦ロールよろしく金髪碧眼の悪役令嬢風の女性がお茶を飲んでいた。
「奥様、連れてまいりました。ミコト様です。
ミコト様、こちらが領主夫人のキシュリナ様です」
「はじめまして、カイフミコトです。突然お世話になり、ありがとうございます」
と丁寧に頭を下げた。
30代くらいに見える奥様は光沢のあるシンプルなワンピースドレスを着て微笑んでいた。
「こちらにお掛けになって、少しお話ししましょう。何か不自由はない?」
「あのー、奥様の髪型素敵です!私も縦ロールにしたいです!」
ベルミナがジトーッと見ながら
「そう言うことではなくて、どこか痛いとか、気分がすぐれないとか……やはり雷に打たれて少しおかしいみたいですね……」
と呟きました。
「あ、そうですよね。奥様は日本とか東京とか聞いたことありませんか?」
「ニホン?トーキョウ?さぁ、私は知りませんね。ベルミナの御者なら知っているのでは?遠くから旅してきたんでしょ?」
「チータさんも知らないそうです……」
……やっぱり異世界転移!?チートとか、ステイタスとか?
「ステイタスオープン!」
突然の呼びかけに、奥様もベルミナも驚いて目をぱちくり。
残念ながら画面は出てきません。
「ちょっと、呪文的なものを思い出して……てへっ」
奥様は不憫な子を見る様に哀れに思い、腕の良い医者を連れてきましょうとベルミナと話し込んでしまった。
出てきた紅茶をいただきながら、あったかいまろやかな味わいの紅茶にほっとすると急に先の見えない不安が……何もわからない世界でどうしたらいいのか、このままここに居れば日本に戻れるのか、どこかへ行けば日本に辿り着くのか……不安と共に涙があふれ出てきて止まらない。
「あら、あら、大丈夫よ。ここに居ればいいじゃない。あなたの涙と共に雨がひどくなってきたわ、泣き止んでちょうだい。そうだ、髪の手入れでもしましょうか」
子供をあやす様にミコトに声をかけます。
「は、はい、縦ロールしたい…です」
ぐすんぐすんしながらもミコトはブレません。
奥様のメイドさんにくるくるロールにしてもらい、気分は悲劇のフランス王妃。もっと素敵なドレスを着たいなぁなんて思いながら……
「奥様、下着とか服とか買いたいのですが、そのぉ……お金も無くて……奥様のいらない服とかお貸しいただけませんか?」
ーーかわいいのとか、クラシックとか、ゴシックとかあるんじゃない?とか期待を込めつつお願いしてみた。
「ミコト様!!!何を言い出すんですかー!失礼にも程があります!!!」
鬼の形相のベルミナに怒られた。
「奥様の前でズーズーしくも!おねだりするなんて!」
とお小言が始まると思いきや、優しい奥様が助け船を出してくれた。
「ミコトさん、明日ベルミナの御者、チータだったわね……付き添ってもらって買い物へ行きなさい。お金は貸してあげます。ただ今は人手不足なので、うちの者は使えないの。
ベルミナ、悪いけど、チータにお願いしてくれない?」
残念ながら奧様の洋服はダメだったが、買物という響きに心が躍り、
「ありがとうございます、奥様。ベルミナさん、よろしくお願いします」
と頭を下げると、ベルミナがその頭を下げるのはどう言う意味か聞いてきた。
「お辞儀と言って挨拶で感謝の言葉や依頼のお願いの時にも頭を下げます」
「こちらの方ではやりませんよ。身分が上の方に会う時は膝を折ることはあるわね」
こうですか?とイギリスの王女様の様に丁寧にカーテシーをして見せると
「そうよ、できるじゃない。ミコトさん、こちらに滞在するなら前領主夫人のところへいくといいわ。静かだし色々教えてもらってこちらのことを学びなさい」
行くところもすることもないので奥様に言われた通り、前領主夫人の館へ移り滞在させてもらう事にした。