正論(96)Gift of the gab
ネイビーのビジネススーツで現れたセイロンガー。カフスが煌めく袖口を直しながら、壁に備え付けられた大型モニターの前のテーブルに名刺ケースを置いた。
テーブルには数本のマイクや数多くのボイスレコーダーが置かれている。
「話を始める前に、ウチの統合AIエミリーから報告がある。エミリー頼む」
『承知しました、マスター。報道陣の皆さん、初めまして、セイロンガー氏のサポートをしております、統合AIのエミリーです。失礼ながら、皆さんのお顔は、マンションの外部カメラで登録させて頂きました』
(ちょっと待って、自宅のAIって、照明付けたり音楽かけたりするだけじゃないの〜!?)
太陽テレビの高柳リポーターは、流暢に話し始めたAIエミリーに驚きを隠せない。
『後程、名刺交換を行なった上で、所属先とお名前を登録させて頂きます。ただし……』
AIエミリーは敢えて言葉を切った。カメラのフラッシュが瞬き、TVカメラはモニター横に毅然と立つセイロンガーを捉えている。
AIエミリーが続ける。
『皆さんが当家に上がられる際、殆どの方は挨拶されましたが、2名の方が無言で、脱いだ靴を揃えもせず、上がり込みました。それではモニターをご覧下さい』
自動でモニターのスイッチが入る。黒画面から監視カメラ映像に切り替わり、エントランスホールが映し出される。
報道陣の殆どが、お邪魔します、失礼しますなど挨拶してから玄関を上がり、自ら脱いだ靴を直す中、エントランスホールをジロジロと不満げに眺めながら無言で上がり込む男、それに続いて俯き加減でやはり無言で上がり込む男の姿がはっきりと映し出された。
さらに、AIエミリーは追い討ちをかけるかのように映像をアップでスロー再生する。2名の顔を存分に見せつけた後、乱れた靴の様子も再生された。乱雑に脱ぎ捨てられた、よれた革靴と汚れたスニーカーがこれ見よがしに映し出され、映像は停止した。
『ご自分でお分かりだと思いますが、ソファの右端の男性2名です。セイロンガー氏は最低限の礼儀をわきまえない者は悪意があると考えています。速やかにお帰り下さい』
ソファにはリポーターや記者がずらり並び、その後ろにTVカメラや照明などの技術スタッフがいる。
「……」
「……」
なぜ自分たちが標的になっているのか理解出来ずに沈黙する2名の男性、ロビーで悪態をついていた雑誌記者である。TVカメラがセイロンガーから雑誌記者へとターゲットを変える。
「おい、撮るんじゃねぇ」
ベテラン記者がTVカメラに向かって怒鳴る。
続けてセイロンガーに、
「セイロンガーさん、冗談は無しにしましょうや。挨拶が無いくらいで帰れとは横暴じゃないですか?」
黙っていたセイロンガーが口を開いた。
「何も言わずに初めての家に上がり込むお前らは何者だ? 気安く話しかけるな。お邪魔します、くらい小学生でも言える事だぞ」
若干若い方の記者が食い下がる。
「あんたねぇ……あんたこそ初対面の相手に敬語も使えない礼儀知らずじゃないですか?」
あんたと敬語を組み合わせるあたりに苦しさが見える。
「ひとつはっきりさせておこう。俺にとってあんた達は大勢でマンションを取り囲んだ不逞の輩に過ぎん。報道陣だとは思うが、身分も示されていない以上は迷惑な赤の他人だ。そこのリポーター氏、それでも敬語が必要か?」
急に話を振られた高柳リポーターは一瞬固まったが、なんとか口を開いた。
「全くおっしゃる通りです! 敬語なんて勿体ない!」
「ありがとう。では、お帰り頂こうか?」
エントランスに向けて右手を広げるセイロンガー。
「ちっ、わかったよ!」
ベテラン記者が立ち上がる。
若い方の記者が慌てた。
「えっ、帰るんですか?」
「帰るさ、TVカメラのやつらが俺達を餌食にしようとしてる。分が悪すぎる」
こうして、2人の記者は帰っていった。
ベテランは文秋砲で有名な週刊文秋、若干若い方は週刊潮流の雑誌記者であった。
『クククッ。You’ve still got the gift of the gab, haven’t you?(お前は相変わらず口が上手いな)』
モニターの映像が切り替わり、1人のアメリカ人男性が映し出された。
ニューヨークの弁護士、デイビッド・マーロンである。
(アメリカ人来たーー! しかもイケメンーー!)
リポーター高柳、ト◯クルーズに似た爽やかなアメリカ人男性の登場に胸を躍らせると同時に、己の英語力が中学英語レベルであることを悔やんだ。




