正論(93)逃げない男
高速道路を赤いスーパーカーがバリバリとマフラーから火花を散らしながら走る。
セイロンガーはオートドライブでハンドルを補助しながらハンズフリーでニューヨークと電話中だ。
「悪いな、デイビッド。あぁ、そのつもりだ。その時にはリモートで。あぁ、そっちは深夜なのにすまん。映画か、何を観ている? また『スミス都へ行く』か、好きだなお前も。あぁ、また連絡する」
セイロンガーはニューヨークの敏腕弁護士で学生時代からの友人、デイビッド・マーロンとの電話を終えた。
高速を降りた赤いスーパーカーはやがて、大通りから高級住宅街へと入るために右折した。
いつもの場所に黒いスポーツカーが止まっている。
国際A級ドライバー怪人ル・マン、煽り運転でセイロンガーとすったもんだがあったH型ハンドル頭の怪人である。すれ違いざま、セイロンガーがちらっと見ると、ル・マンは胸をドン、ドンと叩いて、親指を立てサムズアップして見せた。
セイロンガーはクラクションをプァンッと鳴らして答えた。
「あいつ、何かしてやった覚えはないが……」
『国際A級ライセンスが期限切れだった怪人ですね。マスターはコテンパンに論破してましたけど、きっと何か感じるものがあったのでしょう』
統合AIエミリーが答えた。
『今入手した情報ですが……どうやらVVEIでコモド怪人ヨダレがマスターをアニキと呼んだことが煽り記事になってます』
「あの馬鹿……」
『生中継だったようで、映像と音声がありますが、再生しますか?』
「頼む……」
車内モニターにヨダレがセイロンのアニキは無事かと、セイロンガーの身を案じ、そのことでマスコミから集中攻撃を受ける場面が流れた。
「あの馬鹿……」
セイロンガーは再びそう言ったきり、黙り込んだ。AIエミリーも余計なことは言わない気配りをみせた。
車は雪菜たちが乗ったタクシー同様、五百旗頭邸前の検問に引っかかる。警官はセイロンガーの姿を見て驚きを隠さなかったが、既に連絡が入っているようですぐに通行が許可された。この道を真っ直ぐ進み、角を2回曲がった先が彼の所有するマンションである。
『ホークパレス』11階建て、1階から10階が賃貸マンション、11階がセイロンガーが暮らすペントハウスとなっている。
赤いスーパーカーがゆっくりとマンションに近づくと正面入り口と地下駐車場のゲート前にマスコミが約30人。一斉にフラッシュが焚かれ、TVカメラが車を捉えた。駐車場に入れない為、セイロンガーは仕方なく車を降りた。
再び焚かれるフラッシュに思わず目を庇うセイロンガー、しかしその足取りは堂々としている。マスコミ各社が質問浴びせてくる。
「セイロンガーさん、今回の事件についてコメントお願いします!」
「国へのヒーロー登録が無いようですが?」
「あなたと兄弟分だと言っているヴィランがいますが?」
「セイロンガーさん、あなたの本名は鷹……」
セイロンガーが自身の本名を質問しようとした記者を指差して言った。
「ストップだ。そこの君、TVカメラが回っている中で私の本名を言ったら話が変わってくるぞ? それに、私のマンションや車を堂々と撮影しているが、モザイク処理はしているだろうな? カメラマン、答えろ」
「いや、それは……」
カメラマンが口ごもる。
「まぁ、いい。日本のマスコミが礼儀に欠けるのは知っている。ともかく、ここにたむろされては迷惑だ。全員、私の部屋へ来なさい。そこで質問に答えよう」
前代未聞の展開であった。マスコミは車で帰るセイロンガーを逃すまいと駐車場と出入り口を塞いでいたのだが、まさか、部屋に招かれるとは。しかも、30人からいるマスコミ全員である。
「車を置いたらロビーに迎えに出る。もし、居住者が出入りしても絶対にマイクを向けるな。ルールを破ったマスコミは出禁にする、いいな?」
「はい」
「お待ちしてます!」
「ありがとうございます」
マスコミ各社はセイロンガーの潔さと厳格な態度に背筋を伸ばさざるを得なかった。




