正論(90)鬼さんこちら
大通りまで水沢雪菜をおぶってタクシーを捕まえたブラックオウガ。ドライバーに行き先を告げる。
「あ〜、五百旗頭社長のお屋敷ですねぇ、承りました」
「おい、すげぇな。住所言わなくてもわかるんか」
「この辺りでは有名ですからねぇ」
元ヒーローのスカイホーネットであり、IHA社長でもある五百旗頭壽翁の知名度は高い。また、五百旗頭邸を訪れる人も多く、自然とタクシードライバーの多くが知るところとなる。
「ふぅん、まぁ大したお屋敷だからな。ところで運ちゃん、タバコ吸っていいか?」
オウガは既にタバコを取り出しながら聞いた。
「すいません、ヒーローのお客さん。今はタクシー、全面禁煙なんですよ」
タクシードライバーは確信を持ってヒーローのお客さんと呼んだ。
しかし、返ってきた答えはおよそヒーローとは思えない荒々しい言葉だった。
「何? 聞いてねぇぞ! いつ、そんなふざけたルールになりやがった!」
「結構前からよ、オウガ。今どきタクシー乗ってタバコ吸えるか聞く人さえ珍しいわ」
いきり立つオウガの肩に手を置きなだめながら雪菜はやれやれと言った表情だ。
「何なんだ、この国は! 愛煙家を虐げやがって。ただでさえ値段が倍に上がって驚いてるってのに!」
ブラックオウガこと、鬼島三郎は20年の刑期を終え出所して1番驚いたのは、300円くらいだった同じ銘柄のタバコが600円を超えていたことである。
「タバコの税率が上がりやすいのは、1、医療費削減と健康増進の観点から槍玉にあげやすい2、他の先進国と比較して価格がまだ安い3、副流煙やスメハラなど、社会的風潮から反対意見が出にくい4、あなたのように中毒性が高いから上げても買う人があまり減らない為、税収が落ちにくい。以上よ。」
雪菜はまるで用意していたかのようにスラスラと解説してみせた。
「……くそっ! ぐうの音もでねぇ……」
「あはは、お客さん。私もタバコを嗜むので気持ちはわかりますよ」
「まぁいいや、それとな運ちゃん。俺はヒーローじゃねぇ」
ヴィランと言われても同じことを言ったかもしれない。
「あ、そうですか、失礼しました。そちらの女性をおぶって来られたので、てっきり……。大変失礼ですけど、ではそのお姿、何をされてらっしゃるので?」
「俺は……」
オウガは口ごもる。
「私も興味あるわ。ブラックオウガは何者なのかしら?」
雪菜はからかい半分で聞いたが、この男が自分の立場をどう捉えているのか興味もあった。
「俺は……鬼島、鬼島三郎だぁ!」
「プッ、別に本名聞いてないわよ。ほら、ドライバーさん黙っちゃったじゃない」
「寝る! 着いたら起こしてくれや」
タクシーはやがて、高級住宅街へと入っていく。五百旗頭邸の手前の十字路で警察に止められた。
「すいません、現在特別警戒中でして。どちらに向かわれます?」
タクシードライバーが五百旗頭邸であることを告げると、警察官が後部座席を見て無線で連絡をとる。
「失礼しました。どうぞ」
警察官の許可が出て、タクシーは五百旗頭邸に到着する。雪菜が支払いを済ませているうちにオウガが五百旗頭邸のインターフォンを押す。
『はいは〜い』
「鬼島だ」
『あらぁ、鬼島さん久しぶりねぇ。今開けるけど、攻撃しちゃダメよぉ?なんちゃってぇ……』
「ちっ」
門まで来た雪菜、髪型を整え、手汗をパンツで拭きながら、
「なんか緊張するなぁ、今まで敵だったボスの自宅なんて……」
「五百旗頭のカミさんは底抜けに明るいから大丈夫だろ」
ガラガラガラッ
門が開いてエプロン姿の五百旗頭真佐江が現れた。
「はいはい、え〜っと、あなたが水沢雪菜さんね。五百旗頭から話は聞いていますわ。私は家内の真佐江です。心配せずにIHAに任せてちょうだいね!」
「ありがとうございます。ご厄介になります、水沢雪菜と申します」
雪菜は丁寧に挨拶し、差し出された真佐江の手に両手で握手した。
「では、俺は行くぞ。水沢ちゃんのこと、よろしく頼む」
オウガはそう言って立ち去ろうとした。
「何言ってるの〜? 鬼島さん。あなたも保護対象よ?」
「いや、俺は大丈夫だ!」
「貴方、敵をボコしちゃってるんだから無事じゃ済まないわよぉ? ほら、鬼さんこちら!」
真佐江は両手でオウガを手招きした。
「マジかよ……」




