正論(89)オウガの背中は煙草くさかった
「あらぁ、前歯数本いっちゃってるな、コレ」
ブラックオウガは気を失っている偽セイロンガーの血だらけの口を開いて見た。前歯と顎も砕けている可能性がある。
「まぁ、大丈夫だろう。外人だし」
よく分からない理由で納得するオウガ。
立ち上がりながら、雪菜に手を貸そうとする。
「水沢ちゃん、歩けるか?」
「……無理」
雪菜は下を向いて答えた。身体が震えている。
「あん? なんで」
「足が震えて歩けないのよ! 本当に殺されると思ったんだから……」
VVEIの業務では数々の怪人と電気ショック片手に相対してきた雪菜だが、今回は本国から来た得体の知れない相手であり、掴まれた腕から感じたのは容赦の無い殺気であった。
「おい」
「何よ?」
「やっぱ可愛いな、あんた」
「うるさい! ちょっと待ってて。少ししたら落ち着くから」
雪菜はデニムのワイドパンツを履いた足を手で叩きながら言った。すると、オウガが背を向けて腰を下ろした。
「ほれ、おぶってやるよ」
「えぇ、いいわよ恥ずかしい」
「こういう時は素直に男の背中に身体を預ける方が可愛げがあるぜ?」
「大丈夫なの? 腰の手術明けなのに」
ブラックオウガは五百旗頭道場で痛めた腰を大曲博士の執刀で手術を行った。今はまだリハビリ中である。
「朝、舌噛んでもわからないくらいの強烈な鎮痛剤をキメてきたから大丈夫だ」
そう言われて、雪菜は仕方なくオウガの背中に身を預けた。
「ちょっと、このネッククーラー邪魔なんだけど」
「我慢しやがれ……せーのっ、よっこらせ〜〜!」
「必死なんだけど、ほんとに大丈夫?」
「ちょっと腰がピキッたが問題ねぇ。んじゃ、行くか……飲みに」
「行かないわ!」
「耳元でうるせぇな、冗談だろうが。とりあえずタクシー拾ってここから離れる」
その時、雪菜のスマホに着信が入った。
『やっと繋がった。雪菜先輩大丈夫でした?』
先程通話の途中で切れた江口麻里だ。
「ごめん、マリリン。 さっきの偽者だったわぁ。死ぬかと思ったけど、ちょうどオウガが通りかかって助けてくれた」
『へぇ、オウガが……。それより、雪菜先輩。私、今五百旗頭社長の弟さんと一緒なんですけど、先輩のこと五百旗頭邸で匿ってくれるそうです』
「五百旗頭邸……一応まだVVEIの社員なんだけど、私……」
『何を悠長なことを言ってるんですか。そのVVEIに襲われたんですよ? 私たち3人にはもうあそこに席はありませんよ!』
「わかったよマリリン。五百旗頭邸に向かうよ」
雪菜は電話を切った。
「急展開だな? 水沢ちゃん」
「ええ、タクシー拾ったら五百旗頭邸に行くわ。オウガはどうする?」
「ま、乗りかかった船だ、一緒に行ってやるよ。危なっかしくて放っておけねぇ」
「ありがとう。でも……煙草くさっ」
「うるせぇ」




