正論(87)セイロンガーは孤独ではない
「こんなのってないよ! セイロンさん、何も悪いことしてないのにひとりぼっちで帰らせるなんて、酷いよ!」
涙を流して抗議する真由美。セイロンガーは真由美の両肩に優しく手を置いた。華奢な真由美の肩が震えているのが伝わってきた。
「真由美さん、ありがとう。その真っ直ぐな気持ち、私の心に深く刻まれた。だが、私の任務は君の護衛だ。私が原因で君を世間の荒波に晒すことは絶対にできない。わかってくれるね?」
ひっく、ひっくと嗚咽する真由美、言葉をなんとか口にした。
「わかりました、セイロンさん……私、何があってもセイロンさんの味方だから!」
真由美の目からまた涙が溢れ出る。
トゥエルブは泣きじゃくる真由美を抱き寄せて、
「そうです、セイロンガーさん。ここにいる全員があなたの潔白を知っています。何かあれば微力ながら力になりますから」
マリンも続く。
「うんうん、私も管轄違うけど今からその偽物ふんづかまえて、ギッタンギッタンにしてやりますよ!」
笑顔でそう言って力強く拳を握って見せる。
「ありがとうございます、心強い限りです。それから、大曲博士と江口さん、何やら嫌な予感がするので2人だけで帰らずIHAの保護を受けた方が良いでしょう。最悪、VVEIに2人の行動がバレている可能性もあります。憂響さん、お願いできますか?」
「もちろんだ。明日は幸い日曜日だ、2人と真由美の3人にはトレセンの宿泊施設に泊まってもらう。セイロンガー君もそうするかい?」
「いえ、私は張本人ですから雲隠れするのは悪手でしょう。それに、私は世間に対してなんら恥じる行為はしていない。何食わぬ顔で帰ります」
「ふっ、さすが豪胆だな。わかった、では出口まで送ろう。みんな、50m走でIHA新記録を出したセイロンガー君を拍手で見送ってくれ!」
パチパチパチパチ!
拍手の中、トレーニングアリーナを出るセイロンガーはIHAの温かい対応に感動、感謝し、深く一礼した。
セイロンガーを見送った大曲博士はスマホを取り出し、社内メッセージを開いた。新着のサインが点滅するアプリを開くと、明日、日曜日にも関わらず出社指示が来ていた。研究開発部門では滅多にない休日出勤要請だった。
「江口君、これ。君にも来ているかい?」
江口麻里もアプリを開き、同様のメッセージが来ていることを確認して頷いた。
(大変なことになった、雪菜先輩は大丈夫かな……)
水沢雪菜は江口麻里同様に大曲からIHAへの移籍を打診されていたが、保留している。しかし、状況的にVVEIから疑われてもおかしくない。
心配になった麻里は雪菜にオンライン電話をかけた。
『雪菜先輩、今どこですか?』
雪菜は待っていたかのようにすぐに電話に出た。
『今、買い物中なんだけど、なんか管理人さんの偽物が出てヤバいんだけど。マリリンなんか知ってる?』
麻里は大曲博士とIHA施設にいること、先程までセイロンガーと一緒だったことを伝えた。
それを聞いた雪菜は不思議そうに言った。
『あれ? でもおかしいな、管理人さんが前から来るんだけど……』
!!!
『そんなわけない! それ偽物!』
麻里が叫ぶが、遅かった。
電話の向こうで小さく男の声が聞こえる。
『ミズサワユキナサン、デスネ?』
ガサガサ、ポーン……
無情にもオンライン電話は切れた。




