正論(86)炎上
「いやっ! いやだよ、わたし!」
真由美が珍しく、本当に滅多にない程に激昂している。顔を真っ赤にして、わなわなと震え、目には涙を溜めている。
事の経緯はこうだ。
偽のセイロンガーが都内で一般市民に対する傷害事件を起こしたとの一報がIHA五百旗頭壽翁社長に入ったのは警察幹部からだった。
セイロンガーが居るはずのない都内で起きた事件、壽翁は即座に彼の関与を否定した。
さらに憂響と連絡を取り、事件の同時間帯に撮影された監視カメラ映像及び、50m走の測定映像が警察に提出され、セイロンガーのアリバイは立証された。
トレーニングセンターの所在地は一般公開されていないが、警察では勿論、都内から離れた山中にあることは把握している。当然ながらセイロンガーが犯行に及ぶことなど不可能なのである。
また、セイロンガーが国のヒーロー登録が無く、IHAの所属でも無いことを警察幹部に聞かれた壽翁はこう答えた。
「確かに彼はIHAの所属ではない。娘の送迎を依頼している、ただの友人に過ぎない。しかし、彼に宿る正義の魂、ヒーロースピリッツは本物だ。何があろうと私はセイロンガー君を全力でサポートすることを誓おう」
警察は、ヒーローによる傷害事件の影響を鑑み、すぐに会見を開いた。
「当該事件のセイロンガーと名乗る容疑者は現在も逃亡中であります。警察では、IHAに確認し、セイロンガーと呼ばれる人物が犯行時刻、IHAの施設に滞在しており、監視カメラ映像その他からそのアリバイが立証出来るものと考えております。よって、逃亡中の犯人はセイロンガーと呼ばれる人物とは別の、その名前を騙る人物である可能性が高いと推測するものであります」
新聞記者が手を上げて質問する。
「被害者の容態を教えて下さい」
「第一の犯行の若い男性の被害者は顎の骨を骨折し重症、第二の犯行の被害者、こちらも若い男性二名ですが、大腿骨を複雑骨折で重症、第三の犯行、三十代男性ですが、後頭部を強打し意識不明の重体。いずれも全治など詳しいことはわかっていません」
別の記者がさらに質問する。
「容疑者ですがぁ、セイロンガーの名を騙るとおっしゃいましたが、そもそもセイロンガーなどというヒーローは国の登録がありませんよね? 何者なんでしょうか?」
「えーー、IHAによれば当該人物はIHA所属ではないが、個別に業務委託契約をしている人物だ、とのことです」
記者はいやらしく重ねて質問する。
「そうですかぁ、国の登録もIHA所属でも無い……。モグリのヒーローということになりますね?」
「えーー、警察では犯行を行った容疑者が当該人物か否か、それ以外のことにはお答えしかねます。以上です」
世間では、事の真実は傍に置かれ、事件はSNSを中心に面白おかしく取り沙汰された。繁華街や混雑する電車内で起きた事件ということもあり、犯行の生々しい動画が大量に拡散され、炎上した。
IHAやらかした
ヒーロー調子乗っとる
市民に手出したら終わり
五百旗頭涙目乙(56画)
ヒーローなんてもう要らん
まぁ、被害者もゴミ
言ってることは正論
動画の拡散により、容疑者の映像も明らかになった。そのヒーロースーツはよくセイロンガーに似せていたが、マスクは違った。口元がマスクに覆われず、生身の素顔が出ているのだ。
某V3に登場したライダー◯ンのようである。見る人が見れば別人だとすぐに分かるが、セイロンガーに知名度が無い為、その違いはあまり意味を為さない。
この世間を巻き込む騒動が広がる中、IHA東京トレーニングセンターでは、今後の対応が話し合われていた。
ヒーロースーツのテストは中止され、セイロンガーは帰宅することになったが、真由美の同行は憂響によって止められた。
「今、真由美が一緒に帰るのは良くない。騒ぎの人物が女子高生を連れて帰ったら何を言われるかわかったもんじゃない」
これに対する冒頭の真由美の激昂である。
「こんなのってないよ! セイロンさん、何も悪いことしてないのにひとりぼっちで帰らせるなんて、酷いよ!」
真由美が瞬きすると、溜め込んだ涙が流れ落ちた。




