正論(82)頑張って
50m3秒82のIHA史上、男女を通じて最速記録を出したホワイトピーチマリン。ヒーローマスクを脱ぎ、タオルで汗を拭きながら明るくトゥエルブに話しかける。
「トゥエルブ氏〜」
「マリン先輩、お疲れ様でした! 凄い記録作りましたね?」
楽しげなマリンは口元に手をやり、
「それはまぁ良いんだけどさぁ、あれ見てよ真由美お嬢様。セイロンガーさんの後ろから、甲斐甲斐しくタオル持ってピョコピョコ早歩きでついて行くの、可愛いよねぇ。歩幅が合わないからピョコタンピョコタン、ピョコピョコって、あ〜〜効果音付けたい……」
トゥエルブは小声で答える。
「あははっ、セイロンさんの隣は絶対譲らないゾって感じですよねぇ。でも、前はもっと引っ込み思案であまり部屋から出ない、読書ばかりしているような子だったんです。セイロンガーさんが送り迎えするようになってずいぶん積極的になりました」
「いいなぁ、アオハルだなぁ、使い方合ってる?」
「自分はちょっとわかんないっす、すいません」
若者言葉にあまり詳しくないマリンとトゥエルブであった。
スタート地点の江口麻里は驚愕していた。マリンが見せた走りは正に特撮の世界だった。
(なーーんアレ、現実に集中線見えたの初めてだわ。管理人さん、いや、セイロンガーさん、頑張って。あんな被りキャラなんかに負けないで、もう少し、最後まで走り抜けて、どんなに離れてても、心はそばにいるわぁ。なんちゃって)
被りキャラ……。まだ言ってる自称白い恋人ホワイトマリリンである。
セイロンガーがゆっくりとスタート地点に戻った。
「それでは、スピード設定に変えてくれるかな? それにしてもリラクゼーションモード好きだね、君は」
大曲博士がスーツを振動させながら戻ってきたセイロンガーに設定変更の指示をする。
「了解した」
セイロンガーは片膝をつき、腰のベルトのDIPスイッチを操作し、リセットを行いスピード設定に変更する。
「これは……」
下半身、上半身、体幹の各筋肉がスーツのサポートを受け増強されていくのがわかる。
「すまないが少しウォームアップに時間をかける必要がある。肉体の変化に身体が耐えきれずに怪我をするかもしれない」
そう言ってセイロンガーは開脚し、上半身をべたりと床につける。立ち上がり、屈伸、スクワット、ジョグをしながら膝を前に上げ、横に回し上げ、前に上げる。次に、細かなステップを踏みながら後ろへ下がる。
現役のランニングバックだった頃を思い出しながら、入念に身体を順応させていった。
「うわぁ、さすが元アメフトの選手だなぁ。ウォームアップが素晴らしいよ」
ゴール地点からマリンが遠目でセイロンガーの動きを見て感嘆する。
ウォームアップを終えたセイロンガーに、真由美がタオルと飲み物を持って駆け寄る。
「セイロンさん、タオルです!あと水です!」
「ありがとう、真由美さん。助かるよ」
「あの、怪我しないように、頑張ってください!」
真由美は祈りを言葉にした。
それに対してセイロンガーは静かに頷き、身体を叩きながらスターティングブロックに向かう。
「憂響さん、大曲博士。初めてのカスタムだ、身体に異変があればすぐに中止する。構わないか?」
「あぁ、構わない」
と、五百旗頭憂響センター長。
「ある程度で流すだけでも、実感できるはずだ」
自信ありげな大曲博士。
「では、始めようか」
セイロンガーはゴール地点を見据えながらスターティングブロックに足をかけた。




