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ど正論ヒーロー セイロンガー  作者: 月極典


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75/113

正論(75)セイロンガーの矜持


 IHA東京トレーニングセンター、調整ルーム。

ここは、IHAに所属するヒーローがヒーロースーツのカスタマイズや修理を行う施設である。


 大曲博士が『TOP SECRET』とスタンプされた冊子をセイロンガーに渡し、DIPスイッチについてのレクチャーを始める。

「それでは、赤い稲妻……いや、セイロンガーくん、着ている服を脱いで全裸になってくれたまえ」


「全裸だと?」

 セイロンガーが聞き返す。


「いやいや、普通ヒーロースーツの上から服は着ないものだろう?」

 さも当然のように大曲博士が指摘する。しかし、それを聞いたセイロンガーは静かに話始める。


「"普通"か……。言わせてもらうが大曲博士、"普通"ヒーローというものは、人としての姿とヒーローの姿を使い分けるものではないか?」


「ううむ」

 やぶ蛇の形となった大曲博士が唸る。


「そこにいらっしゃる憂響さんも、壽翁さんも、真佐江さんも、普段は普通の姿で普通の暮らしを営んでいる。しかし、俺は違う。この異形の姿で仕事し、食事し、シャワーを浴び、寝ているのだ」


「いや、それはすまない。だからこそアップデートによって変身機能をだな……」


「まぁ、聞け。いや、聞いてくれ。俺は、貴様らに承諾もなしに改造を施された被害者だと言っていい。俺にはあの頃、交際している女性がいた……」


「あの! 私、席外しましょうか?」

 麻里が思わず言った。聞いてはならない告白が始まる気がしたのだ。


「いえ、麻里さん。貴女もこれからは仕事上の敵ではなくなるのですから、聞いてもらいたいのです」


「わ、わかりました……」


 セイロンガーは話を続ける。

「話を戻そう。その交際している女性とは、この姿になってから別れた……。優しい彼女はこの姿でも構わないと言ってくれたが、俺にはこの姿のまま、仮に結婚したとしても、彼女を幸せにしてやれる未来が想像出来なかったのだ」


「そうだったのか……君だけでなく、その女性にも本当にすまないことをした……申し訳ない」

 大曲博士は頭を下げて謝罪した。セイロンガーが既にヒーローであることを完全に受け入れていると、勝手に思い込み、当然のように話を進めてしまっていると気づいた。


「別に謝って欲しくてこんな話をしたわけじゃない。ただ、俺はこの姿になっても己の人生を嘆くことはしたくなかった。ヒーローの姿のままならそれでも構わない。好きな仕事をし、好きな趣味を嗜み、好きな服を着る。それが俺の矜持だ。だから、俺が着ているこの服には、大きな意味があるのだ。私服も仕事用のスーツもワンサイズ大きくなったがな……」


(管理人さん……そんな思いを抱えていたんですね。何処となく漂う哀愁はそういうことだったんだ……)

 マンション経営をして、高級車を乗り回し、優雅な人生を謳歌しているように麻里には見えていた。格好良く見えるヒーロースーツも24時間、365日となると本人しかわからない苦しみがあるはずだ。


「少し喋りすぎた。服を脱げば良いのだな?」


「あぁ、頼む……。脱いだら腰のベルトのボックスを開けて、DIPスイッチを出してくれるかな?」


 服を脱いだセイロンガーはベルトに装着されたボックスの中をプッシュして、さらに中にあるDIPスイッチ部をあらわにした。


「念の為、そこの椅子に腰かけてから、DIPスイッチの横にあるボタンを長押ししてくれ」


 セイロンガーがそのボタンを長押しすると、ガクンと力が抜けたように項垂れた。立ったままだったら、崩れ落ちていたかもしれない。


「どうだね?」


 項垂れたセイロンガーがすぐ頭を上げて反応する。

「うむ……一瞬ブラックアウトした。これは?」


「リセットスイッチだ。改造以来、君の中には大量のデータが蓄積されているが、それをリセットし、再構築するものだ」


「確かに頭がスッキリした気がするな。良い睡眠を取れた後のようだ」


「DIPスイッチのセット前には必ずリセットする必要がある。最初はブラックアウトに戸惑うかもしれんが、君ならすぐに活動しながらこなせるようになるだろう」


「ふむ、この機能だけでも早く教えて欲しかったな。仕事で疲れたらボタン長押しで頭がクリアになるならヒーロースーツも悪くない」

 セイロンガーは重くなった場の空気を和ませるように言った。


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