正論(74)赤い鈍感男
遂に明らかになった、赤い稲妻スーツの秘密。ベルトのボックスに内蔵されたDIPスイッチにより、バージョンアップが可能だというのだ。
しかし、セイロンガーには先に聞かねばならないことがあった。大曲博士の隣に己がマンションの居住者、江口麻里がいる理由である。
「ところで……江口さん。貴女はなぜここにいるのですか? 見たところ休日に友達と高尾山に来た山ガールのような格好をされてますが」
ここで江口麻里の山ガールファッションコーディネートを見てみよう。
上から、アウトドアブランドのカーキ色のハット、トップスは白地のボーダーTシャツにベージュの薄手のベスト、ボトムスはカーキ色のショートパンツに同系色のタイツ、靴はベージュのトレッキングシューズ。急ごしらえで衣装ケースから引っ張り出したにしては中々のコーディネートであり、麻里がある時期ちゃんと山ガールをしていたことを窺わせる。そして、道中かなりの汗をかいた麻里は到着後、パウダールームでしっかりと化粧直しをしているのである。
「えっ、あの実際ここまで登山で来たのでこの格好なんですけど……私、大曲博士に誘われてIHAに転職することにしました!」
「おぉ、そうですか! いやぁ、それは良かった……居住者の勤め先まで口を出せませんが、ヴィラン企業で働いていることを少し心配していたのです。転職おめでとうございます」
セイロンガーは素直に喜びを表し、麻里の手を取り握手をした。
麻里は初めて触れたその手の温もりに顔を真っ赤にして言った。
「お、お世話になります。よろしく……お願いします!」
まるで男女の交際スタートのようだが……。
「あぁ、しかし私はIHAに所属していないので、あまりお世話は出来ませんが……」
恋の鈍感男のDIPスイッチがオンとなっているセイロンガーのリアクションであった。
「ぬふふふ、まぁ赤い稲妻よ、ヒーローであるからには我々は仲間だ。所属がどうのは関係あるまい?江口くんは本社の研究部門で働くことになる。色々お世話してくれたまえよ」
麻里の態度でそういうことかと合点した大曲博士がフォローする。
「無論だ、大家と言えば親も同然という」
わざと言ってるのかと勘ぐりたくなる赤い鈍感男の発言。
「親……」
白目になりながら、思わず声に出る麻里。
「そうだ、水沢さんは? 彼女も当然誘ったのだろう?」
セイロンガー、もうやめてあげてほしい。今、その名を出さなくても良いだろう。
その問いに答える大曲博士。
「あぁ、声はかけたのだが……どうやら迷っているらしい。管理人さんに相談して決めたいって言っていたから、近々話があるのではないかな?」
「は!?」
(やられた! この機会を餌に食事に誘う気だ……。ぐぬぅ、さすがは雪菜先輩、よくぞこのホワイトマリリンを謀った!)
麻里は死せる信玄に騙された信長のように悔しがった。
「そうか……彼女も転職したがっていたからな。相談されたら話を聞いてみよう」
ここは黙って見過ごすわけにいかない麻里。
「あの管理人さん、多分背中を押せばすぐ転職決めると思うので、朝会った時に話せば十分かと……」
「しかし、転職に関する話ですから、立ち話では失礼でしょう……」
麻里は絶望して思う。
(この誠実さ! 万事休す!)
しかし、そこは居住者とプライベートで食事する考えに至らないセイロンガーである。
「そうだこの際、五百旗頭邸で話しよう。社長に直接会って決めてくれたら間違いはない」
(セーーフッ!五百旗頭邸なら間違いは起こるまいて、策士マリリンしてやったり……)
悪い顔になっていることに気づかず、モノローグが完全に武士のようになっている麻里。
「あのぅ、そろそろDIPスイッチの話、進めても良いかな? 遅くなると帰れなくなる」
1ミリたりとも話が進まず、帰り道の心配をし始めた大曲博士であった。




