正論(60)繁雄
小学校で繁雄は人気者だった。
軽度の吃りがあったので口数こそ少ないが、性格は穏やかで、何より身体が大きく力が強い為、パワー系の体力測定で圧倒的な記録を出した。
5年生のある日の放課後、校庭で野球をする事になった。野球と言ってもプラスチックのバットとゴムボールを使った遊び程度のものだったが、それは組対抗の大きなイベントとなっており、各組の女子が応援に来る程になっていた。
それに繁雄は誘われた。
「繁雄くんならきっと大きいホームランを打てるよ」
気が進まなかった。何故なら繁雄は野球のルールを知らなかったからだ。でも、求められたら断れない、そういう子だった。
皆の期待通り、繁雄はホームランを打った。ボールは校庭の隅まで転々と転がる。繁雄はボールを見ていたが、「走れ!」の声に駆け出した、三塁へ。
三塁から二塁、二塁から一塁、一塁から本塁へ。
「ゴール!こ、これで1点だよね?」
皆は呆気に取られた後、どっと笑いが起きた。繁雄も最初は一緒に笑っていたが、それがウケた笑いではない事はすぐに気が付いた。
「繁雄くん、一塁に走らないと。そんな事も知らないの?」
子供特有の容赦の無い嘲り。
両チームから笑われ、応援の女子からも笑われ、繁雄は吐き気を催し、とうとう吐いてしまった。
今思うと……孤立し始めたのはアレがきっかけだったか。いつグレ始めたのかと思ったけど、あの時、笑い飛ばぜていたら、こんな俺にならずに済んだのかな……。
コモド怪人ヨダレは目を覚ました。夜風が少し冷たくて気持ちが良い。どうやら担架で運ばれている様だ。凶暴化した目、牙、爪は元に戻っている。
目を上げると何故かセイロンガーが前を持っている。後はスカイホーネットだ。
「アニキ、おで今、夢を見でだ……」
慕うセイロンガーが運んでくれているのが嬉しくて思わず声をかけた。
「ほう、どんな夢だ」
「子供の頃、野球やってホームラン打っだんだげどよ、三塁から逆に一周しちまっだんだ」
ヨダレはトラウマになっているはずの思い出をセイロンガーに話した。何を話しても馬鹿にされない、そんな気がしたからだ。
「そうか、子供の頃から愉快な奴だったんだな?」
やっぱり馬鹿にされない、こういう人だこの人は。
「ちげぇねぇや……。セイロンガーのアニキ」
「何だ?」
「こ、これからもよぉ、アニキっで呼んでいいが?」
「お前がヴィランを辞めたら考えてやらん事もない」
「そ、そうが……。暴れの奴は大丈夫がな?」
「ゴリラは……重症だ。あの後、もう一度金的蹴りを受けて泡吹いて気絶中だ」
2回目の金的時、ヨダレは既に電撃ボールの直撃を受け気絶していた。
「暴れ……」
どっちのタマも失ってしまったのだろうか?チャールズ博士は再生してくれるだろうか……。
思いながら、疲れたヨダレは再び目を閉じて眠りについた。
VVEIのバンに怪人2人と、シャドウズにやられた黒服戦闘員を運び入れた。
「では、すいません。お手数をお掛けしました!」
生き残った黒服戦闘員が挨拶する。まるで作業終わりの業者の様だ。
セイロンガーは静かに釘を指す。
「これに懲りたら五百旗頭邸襲撃など2度と考えるなと指示した奴に言っておけ。また来たら誰かしらが再び大事なタマを失う事になるぞ」
「は、はい、でも自分らは誰の指示かよく分からないんです。怪人課を通してない指令らしくて……」
セイロンガーは水沢雪菜の顔を思い浮かべた。裸足で車を追いかけて来た雪菜さんがこんな指令を出すとは思えない。では、誰が?
(一応、調べる必要があるな……)




