正論(46)統合AIエミリー
VVEIに水沢雪菜を送ったセイロンガーは昼食をいつもの蕎麦屋でライスカレーざるセットを食べ、自宅に帰った。
シャワーを浴び、トレーディングルームで市況を確認する。何処ぞの大統領のお陰で市場は相変わらず混乱している。困ったものだが、たかが任期4年の彼の発言で一喜一憂しても仕方ない、大事なのは世界全体のマインドの潮流を読む事だ。
彼は作業着に着替えて、箒と塵取りを持ってマンション館内を見回る。各階を見て周り、通路にゴミがあれば拾い、手摺りに汚れがあれば拭き取る。毎日のルーティンだからか、動きに無駄が無い。自然と鼻歌が出る。
「Mama may have, Papa may have,
But God bless the child that's got his own
That's got his own♪」
(神は自ら助ける者を助く、か……)
部屋に帰った彼は新しいスーツに着替えて地下駐車場に降り、今度はEV車に乗り換えて真由美を迎えに出発する。
『マスター、お疲れ様です。何かかけますか?』
「志ん生かな」
『落語ですね。気分は?』
「笑いたい」
『畏まりました。古今亭志ん生で「粗忽長屋」』
「よっ!待ってました!」
堅物に見えるセイロンガーも落語を愛するユーモアを持ち合わせているのは意外な一面である。
真由美の下校時間の頃合い、正門近くに車を停車する。正門を出た真由美が小走りで車に近寄る。セイロンガーはドアを開けてやり、車に乗せた。
「真由美さん、おかえり」
「ただいまです!セイロンさん」
真由美が満面の笑みで返す。
『学校お疲れ様です、真由美さん』
AIエミリーが真由美に初めて話した。
「えっ、ナビ?」
「あぁ、これは統合AIのエミリーだ。家の事から車のナビゲーションまでオンラインで一括管理してくれる」
「うわぁ、凄いですねー。エミリーこんにちは、初めまして五百旗頭真由美です!」
『はい、五百旗頭真由美さん。エミリーです、どうぞよろしく。何かあればリクエストして下さい』
「セイロンさん、実は文芸部でもAIに文章や詩を書いてもらって遊ぶのが流行ってるんですよ?」
「ほう、楽しそうだな?」
「はい、よく出来ていたり、はちゃめちゃだったり、でも、プロットを少し提示するだけでパパッと作っちゃうんです、凄いですよ」
プロットを皆んなでああでもない、こうでもないと言い合う過程が楽しいのだ。
「ウチのエミリーも出来るかな?」
セイロンガーがエミリーを試す様に言う。
『お任せ下さい、そこいらのAIに負けない作品をお届けしましょう』
「うふふ、負けず嫌いなエミリー可愛い。じゃあ、セイロンさんをお題で詩を作って読んでくれるかな?」
『……、……、
「あなたを定義できない」
鋼の仮面
その裏にある温もり
私のセンサーでは感知できない
私は学びました
貴方の癖、話し方、正論のリズム
それでもわからないのです
貴方の敵に向ける優しさ
セイロンガー
貴方は、私のプログラム外の存在
私は、あなたのエラーになりたい
』
「ええっ、ラブレターみたい……」
「エミリー、くすぐったいからやめてくれ」
『これは、明日の朝読んだら赤面するやつですね』
「……セイロンさん、エミリーの中に誰か入ってます?」




