正論(45)水沢雪菜走る!
ボボボボ……ボボボボ……ヴォン……ボボボボ……ボボボボ……ヴォンヴォン
統合AIエミリーはなるべく静かに車を進める。
『マスター、後ろから女性が何か叫びながら追いかけてきます。スピードを上げますか?』
「いや、何を叫んでいるかわかるか?エミリー」
『リップリーディングON………………か、ん、り、に、ん、さ、あ、ー、ん。かんりにんさーん、です』
「知り合いだエミリー、近くに止めてくれ」
セイロンガーはバックモニターを確認すると後ろから水沢雪菜が猛烈なスピードで走ってくるのが映し出された。両手にパンプスを持っている……。
雪菜が車に追いついた。
「エミリー、右のドアを開けてくれ」
「はぁ、はぁ、はぁ、んが、はぁ、はぁ……」
余程全速力で走って来たのだろう、雪菜は中々話が出来ない。
「水沢さん、とにかく乗って下さい、ここは駐車出来ないので移動します」
「す、すいません、失礼します……んはぁ、はぁ、はぁ、んが」
雪菜は助手席に乗り込んだ。
(ふぇぇ……乗り込んでしまった。管理人さんのスーパーカーに)
息を整えながら、ちらっと横目でセイロンガーを見る。漆黒の内装に赤いヒーローマスクが映えている。
(こんなんアメリカのヒーロー映画やん……そして私はヒロイン……)
真由美と同じ感想である。ちょっと違うが。
セイロンガーは自らハンドルを握り、近くのコンビニに駐車した。そして、店に入り雪菜の為に水を買って来た。
「どうぞ」
「あぁ、すいません!管理人さん、ありがとうございます……」
グビッ、グビッ、グビッ、プハーと一気に水を飲んだ雪菜。
『マスター、室温を少し下げますか?』
「そうしてくれ、エミリー」
涼しい風が雪菜にあたって気持ちが良い。
「お気遣いありがとうございます」
「いえ……あの水沢さん、足の裏見てもいいですか?」
セイロンガーが遠慮気味に言う。女性に足の裏を見せろとはデリカシーに欠ける行為だと思ったのだ。
「えっ、でも汚いですよ!」
確かに、足の裏がジンジンと痛む。しかし、彼に足の裏を見せるなんて……。臭くないかしら?
「出来れば、後ろ向きになって足の裏を出して下さい。バイ菌が入ったら大変です」
仕方なく、雪菜はシートベルトを外して、背もたれを抱える様に後ろ向きになった。その足はストッキングはボロボロになり、足の裏からは血が滲んでいる。
「ほら、こんなに傷だらけになって……少し滲みますよ」
セイロンガーは汚れをウェットティッシュで取ってやり、常備している消毒液で消毒した。
「くぅ〜〜効くぅ!」
(そんな事より、く、臭くないよね?)
「ふっ、何でこんなになってまで追いかけてきたのですか?」
言いながら丁寧に手当てをするセイロンガー。
「あの、あんな態度取ってしまって管理人さんに嫌われたと思ったら居ても立っても居られずに気づいたら追いかけて来ちゃいました。守銭奴大佐のお尻に蹴りを入れた後」
どけっ!コスプレ!と大佐に蹴りを入れ、走り出した雪菜は何故か水浸し(ヨダレの涎)のロビーで転びそうになりながらビルを出て、チャイコフスキー好きの黒服戦闘員に走り去った方角を聞いて追いかけて来たのである。
「あはは、あれくらいじゃ嫌いになったりしませんよ。大切な入居者さんですから」
(そう、私は彼にとってはただの入居者。そして、敵でもあるの……)
「あの私、VVEI辞めます!」
「それは……大家さんとしてはあまりお勧め出来ませんが……」
セイロンガーが困惑した様に答えた。
「えっ!?てっきりあんな会社辞めてしまえって感じなのかと」
「ふむ、いや転職は自由だと思いますが、辞めるならちゃんと3ヶ月前に会社に言わないといけません。業務の引き継ぎ等もあるでしょうから。後、大家の立場で言うと、その間に次の勤め先は探しておいた方が安心です」
「はぁ……」
(これがセイロンガー、正論過ぎてロマンスのつけ入る隙がない……)
セイロンガーが続ける。
「私はVVEIのままでも大丈夫ですよ?まぁ出来たらヴィラン業務からは距離を置いて欲しいですけど、マンションに戻ったら大家と入居者、それで良いと思っています」
(こりゃ駄目だ、私の経験がこの恋は実らないと告げている……)
「そ、そうですよね、私ったら何を興奮して馬鹿みたいに……」
「いやいや、あんなに必死になって追いかけてくれて嬉しかったです……ありがとう雪菜さん」
(おっと、手応え無しかと思わせてからの名前呼び!あるか?あるのか?否しかし、ちょっと待て、焦るな、ここは焦るな雪菜!)
「さぁ、一応応急処置はしたので会社の医務室で診てもらって下さい」
セイロンガーはまたVVEIに敵を送る羽目になった。




