正論(34)何もかも手に入れた男
おぉぉ鬼島だぁ!
特に意味はねぇ。連続で俺だからちょっとサービスで変えてみただけよ……青島だぁ!のオマージュじゃねぇ、古過ぎるだろ。
五百旗頭邸に案内されたが、すげぇ豪邸だ。さっきのスーパーカーと言い、こいつら庶民出身の俺を格差攻撃して来やがる。
いいぜ、逆に燃えてくるってもんだ。
「すげぇ庭だな、おい」
「ん、分かるかね?この庭の良さが」
「いや?全然わからん。この辺でこれだけの庭がある豪邸に住めるなんてヒーロー稼業は儲かるんだなと思っただけよ」
「あぁ、この家は父から受け継いだものだ。別にヒーローで稼いで建てたものではないよ。今風に言えば、親ガチャに恵まれただけでね」
「そうか、俺は団地育ちだから庭のある家に住んだ事がねぇ……いや、待てよ?刑務所には中庭があったから20年暮らしてたわ……」
「あははは……ふーむ、善き哉」
「さぁ、ここなら近所迷惑にならんだろ、やろうや」
「あぁ、駄目駄目、折角丹精込めて手入れしている庭だ。あちらの道場で存分に相手になろう。それに、君はヒーロースーツ、私は和服、いくらなんでもハンデがあり過ぎる」
左手に母屋と渡り廊下で繋がった、漆喰の壁の二階建ての建物が見える。
ちっ、道場まであんのかよ。
道場に向かう間、このおっさんずっと庭の説明をして来やがる。枯山水がどうの借景がどうのと、全く興味がわかねぇ。
道場は板張りで二階建ての為、天井は高い。板張りの床は掃除が行き届いており、道場特有の澄んだ空気が鬼島には心地良い。
「おい、道場は土足でいいのか?」
「土足も何も、君はそれが素足だろう?少し汚れを落としてくれたら、そのままで構わんよ」
ちっ、そうだった、このスーツ普通はなんか履くものなのか?そう言えば赤いのは革靴履いてたな……。
「ほう……流石は元武道家、道場に入る時は一礼するのだな?とてもヴィランとは思えぬ作法だった」
「うるせぇ、癖だ癖!」
「そうか癖か、成る程成る程……善き哉」
こいつ、よきかなよきかなうるせぇ奴だな。
奥に入った五百旗頭は何やら大きな袋を持って現れた。
「今、変身するから待ってくれな?」
おもむろに和服を脱いだ五百旗頭、白い褌一丁になったその身体はとても還暦間近とは思えない筋骨隆々としたものだった。
バランスのいい、良い筋肉してやがるぜ。
袋から出したのは黒と黄色のヒーロースーツをバラバラにした様なものだった。黒いタイツを身に付けた後、ヒーロースーツを一つ一つ丁寧に身に付けていく。
「じれってぇな、変身ってポーズ決めてジャンプするんじゃねぇのかよ」
「あははは、TVの見過ぎだよ君。私の頃のヒーロースーツは皆んなこれだ。しかし、今秋のアプデで変身機能が実装されるらしいじゃないか?私も大曲君にお願いしようと思ってるが、流石に無理かな……ふふっ」
「変身機能だと?初耳だぞ。この前、いつものパチ屋に行ったら入店を断られたんだ。その格好では入店出来ませんってな」
「ふむふむ、全身電子機器の服を着ている様なものだからな、ゴト行為される可能性がある」
「そう言う事か、このスーツ脱げるならパチ屋にも入れるな」
そこに突然、エプロンを付けた女性が現れた。場違いな女性は不躾に話始めた。
「まぁまぁまぁ、お話盛り上がって良いですねぇ。お客さんだと思ってお茶淹れて待ってたのに来ないから、何処かと思ったら道場だったんですねぇ」
五百旗頭真佐江、壽翁の妻である。
「真佐江ちゃん、こめん。今から真剣勝負なんだ」
「まぁ……真剣勝負。ほどほどにして下さいね、あなたもう引退してるんだから」
そう言って女性は道場から去っていく。
「カミさんか?」
「あぁ、申し訳ない。何処でも顔出すやつで……」
くそ、カミさん美人じゃねぇか!
こいつ、一体何を持ち合わせてねーんだ?
なんかわからんが、燃えて来た。
決めた、殺そう。




