正論(107)インターミッション
壽翁の話はまだ途中だが、ここで鬼島が立ち上がる。
「悪い、ちょっとトイレ借りるぜ。コーヒー飲み過ぎで近くてしょうがねぇ」
「あぁ、少し休憩しよう。場所は真佐江に聞いてくれ」
鬼島がサンルームからリビングに入ると、テレビに映された動画配信サイトを食い入るように観る真佐江と雪菜の姿があった。
「アハーーッ! ちょっとやだぁセイロンさん。空気読んで! 相手の黒歴史いじっちゃダメよ!」
テレビに向かってツッコミを入れながら爆笑する真佐江。ハニービーのマスクだけ取ってソファに転がしている。
「本当ですよねぇ、素で言ってるのがまた……ってオウガ、話は終わったの?」
雪菜が鬼島に気が付いた。
「いや、まだ後半に入ったところだ。奥さんトイレ借りられるか?」
「はいはい、おトイレは廊下に出て右に行ったところにありますからね。すいませんねぇ、うちの人、話が長くて」
「いや、なかなか面白い話を聞いている。あいつは話が上手い」
イタリアンマフィアの興亡の話から国家の陰謀めいた話まで鬼島の大好物の内容だった。早く続きが聞きたいとさえ思っている。
「あら、良いお友達が出来そう……」
真佐江が少し驚いたように呟いた。
「……ふん、まったく調子が狂うぜ……」
鬼島は廊下に出てトイレに向かいながら、五百旗頭邸の居心地の良さを感じていた。思えば、最初に道場で壽翁と戦ったあの日からそうだった。自分たちの強さもあるのだろうが、夫婦揃って無用心と思えるほど心を開いている。世の中、弱肉強食だと片意地張って生きてきた自分が馬鹿らしくなるほどに。
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ここで一旦、ブーメラン会見の続きに話は戻る。
新日本テレビのリポーター富山の演歌歌手時代のデビュー曲の再生が続いている。
『店を出たのが1時半っ、アーーッ♬ 男と女の影んが〜、徐々に寄り添い消えてゆく〜♬ ウッ、区役所通り〜♬』
動画配信サイトに切り替わり、画面の横に視聴者のコメントが大量に流れていく。
名曲キタ!
普通に良い歌
区役所通り、新宿かよww
どこに消えたかすぐわかるw
この人、この後質問出来る?
「頼む、頼みます、もう止めて下さい……」
富山が懇願するように言った。
「そうですか、BGMで流したままでも良かったのですが。エミリー停止して適当なBGMに切り替えてくれ」
エミリーが配信を意識して著作権フリーのBGMに切り替えた。
「それで? デビュー後にどういう経緯でリポーターに?」
セイロンガーは中途半端に話を終わらせるつもりはない。もとより、会見の時間尺など気にしていないのだ。
「……わかりました。このデビュー曲がまったく売れずに師匠からも、レコード会社からも見放されました。フリーで結婚式や忘年会の司会などで何とか食いつないでいた頃、司会をやった結婚式に来ていた新日本テレビのプロデューサーに声をかけられたんです」
富山は目の前の赤いヒーローマスクの男、セイロンガーのペースに完全に巻き込まれていると自覚しながら、覚悟を決めて嘘偽りなく話をした。それがリポーターとしてのあるべき姿だと思ったからだ。
「ありがとうございます。諦めずに司会業を続けたからこそ、今があるのですね。素晴らしいと思います。……しかし、まだ歌手の道は諦めてないのでは?」
「いやいや、歌はもう、たまにスナックで歌うくらいで。もう一度プロなんて……」
「わかりませんよ? これをきっかけに楽曲が再評価されるかもしれません。キャッチーでフックのある良い曲ですから」
事実、この『男盛り女盛り』はSNSでバズり始めていた。
「ありがとうございます……」
「それでは、私がこの姿となるまでの話をさせていただきます」
セイロンガーはアメリカでの大学時代から外資系投資会社でのサラリーマン時代、その頃にVVEIに騙されて施された改造手術、退社からマンション経営に至るまでの経緯と、それを可能にした学生時代からの投資実績を可能な限り誠実に話をした。しかし、結婚を約束していた女性の話は伏せた。お涙頂戴の話にしたくはなかったし、相手の迷惑を考えてのことでもあった。
「これでご納得いただけましたか? では、次の方どうぞ」




