正論(106)『政談VVEI成立史』4
五百旗頭壽翁は、口に手を当て、ひそひそと小声になった。
「鬼島君、一応言っておくが今話している内容は多分に国家機密が含まれているから、そのつもりで頼むよ」
「そんな話をよく得体の知れない黒マスクの男に話せるな……」
さっきまで楽しそうに話していたくせに。鬼島は内心で思った。
「話を戻そう。怪人誕生のきっかけとなった『ヴィヴァノール・ヘルスシステムズ』と『グランヴィス・ダイナミクス』、ヴィヴァ社は再生医療の研究と臓器移植を行い、財団では広く研究開発に対する支援と貧困層への高額な臓器移植の資金援助を行っていた。GD社は先行する巨大企業に航空、船舶、車両部門を抑えられ、仕方なく戦傷者への義肢の開発施術とドローンなどの無人兵器分野に活路を見出した」
「軍事産業のGD社ってのは別として、ヴィヴァ社はいい会社じゃねぇか?」
「表向きはね、だが裏では国際的な臓器売買や検体の売買、倫理を度外視した遺伝子組換え、編集の研究が行われていたのだ。まるで巨大なマッドサイエンティスト集団だったわけだな」
背景には途上国の人口増加と食糧不足、広がり続ける貧富の格差がある。労働市場、性産業のみならず、医療分野でも人身売買が活発に行われているのが現状だ。
「ヴィヴァ社にはストレンジラブ博士みたいなのが沢山いるわけだな?」
鬼島は映画『博士の異常な愛◯』のネジの外れた狂気の博士を例にあげた。
「いちいち好きな映画が被ってて嬉しいが、核兵器開発を主導したオッペンハイマーを見てもわかる通り、見た目は普通、内側がマッドなだけだ。だいたい研究において倫理なんてものは役に立たんものだ。研究は行き着くところまで行き着いた」
「ほう」
「遺伝子編集ツール『CRISPR-CasAI2X』の実用化だ」
「ポテトチップスだな?」
「違う、クリスプじゃない。『クリスパーキャスエーアイツーテン』だ。要は遺伝子編集ツールCRISPR-Casの20代目ってことだ」
「……続けろ」
考えることにおいて、諦めが早い鬼島。
「現在、生物の設計図であるDNAの構造はAIの進化によってほぼ解明されている。その設計図の編集を自由に切り貼り出来るのがこの遺伝子編集ツールだ」
「俺も子供の頃、プラモのジオ◯グにド◯の足をつけた」
鬼島は門外漢の医療分野の話をなんとか理解可能な話に転換しようとする。
壽翁は構わず説明を続けた。
「そして、この技術が実用化した頃、GD社に1人の兵士が運び込まれた。要人暗殺主体の特殊部隊でトップの実績がある男だったが、ある作戦で爆発に巻き込まれて手足を失い、内臓も損傷し、脳死寸前の状態だった」
「ほぼ死体だな」
「あぁ、GD社は検体としてヴィヴァ社に引き渡そうとしたが、軍はどうしても現場に戻したい人材だと言う。対応にあたったGD社の影のドン、ルカ・デ・サンティスが提案した。『どうせなら、さらに強くしてみないか?』と」
「バイオニックソルジャー……」
「そう、ドラマじゃなく現実で行われたんだな。GD社とヴィヴァ社が提案した『狼と人との融合実験』、その第1号検体となったこの兵士は、人の知性を保ったまま、狼の筋肉反応速度とAI制御義肢のパワーを併せ持つバイオニックソルジャーとして生まれ変わったのだ」
「すげぇな、おい!」
と感心する鬼島だが、自身もVVEIの技術でブラックオウガの姿となっていることを忘れているようだ。
「しかし現場復帰直前、軍の訓練施設で脳に残った狼の持つ獣性が暴走した。『W-1』と名付けられた彼は訓練施設を壊滅させ、市街地に逃亡する寸前で軍に拘束されたが、死傷者50名を出す大事故となったのだ。この『W-1事件』は錯乱した兵士による銃乱射事件として極秘裏に処理されたが、皮肉なことにその戦闘力は政府に対して有用性を十分に証明することになった」
「そこでやめときゃ怪人なんて生まれなかったのによ。どうせそのW-1ってのも拘束されたままなんだろ?」
鬼島は軍の地下施設で手足を拘束されている凶暴な男を想像した。フィクションでよくある光景だった。
「いや、拘束どころか本国VVEIの大幹部だよ。『ウルフショーグン』としてね」
「げ!? シャバにいるんか、そいつ!?」




