正論(102)五百旗頭壽翁の帰宅
グレーのスーツ姿の五百旗頭壽翁が帰宅した。帰宅といってもこれから報道陣を集めての記者会見があり、まだ仕事が終わったわけではない。
母屋への道中、黒衣の警備部隊『シャドウトルーパーズ』のリーダーから短い報告を受ける。五百旗頭邸の周辺は警察の警戒により、VVEIの出没は無かったようである。
「そうか、ふむ……善き哉。で、水沢さんと鬼島君は?」
「真佐江奥様が対応し、2階へ」
壽翁が母屋の玄関をカラカラと開けた。革靴を脱ぐ前に軽く一礼する。自宅にも関わらず、この一礼を欠かさないのは、この家を残してくれた今は亡き両親と先祖に対しての礼儀だという。
「ただいま!帰ったよ!」
玄関から2階の真佐江に向けて言う。
「お帰りーー!壽翁さ〜ん!」
いつもと変わらない元気な真佐江の返事だが、声がくぐもっていることに違和感がある。
2階に上がり、リビングに入るとエプロンにハニービー姿の真佐江がゴトリ、ゴトリと重い足音をたてながら出迎えた。
「やっぱり! 真佐江ちゃん、なんでハニービーなんだい!?」
「なんでって記者会見に出るからでしょう? 壽翁さんのスーツもそこにあるから着替えてらっしゃいな」
真佐江がスカイホーネットのスーツを入れた大きな袋を指差した。
やれやれと肩をすくめ、苦笑いした壽翁。
「いやいや、着ないからヒーロースーツ。フローリングでゴトゴト動き回るのやめなさいよ、床がへこむから……」
ソファに目を移すと、申し訳なさそうにうつむいた女性が立っているのが見えた。
「君が水沢雪菜さんだね。怖かったろう? 無事で良かった、落ち着くまで安心してここにいて良いからね」
壽翁は、偽セイロンガーに襲われたという雪菜にできるだけ優しく声をかけた。
「水沢雪菜です。VVEIにいた私を手厚く保護していただき、なんとお礼を言ってよいのか……」
「なんの。大曲博士から君と江口麻里さんの話は聞いているよ。怪人にも物怖じしない、勇敢でリーダーシップに秀でた人物だってね。まだ、移籍は決めかねているとのことだったが、焦らず答えを出しなさい」
「ありがとうございます……」
実は移籍の結論は出ている雪菜だが、この騒動でタイミングを完全に見失っていた。
壽翁は周りを見渡し、黒いヒーロースーツの男が、サンルームの喫煙スペースで煙草を吸っているのを見つけた。
テレビのリモコンでネット配信中のセイロンガーのブーメラン会見に切り替えてからサンルームに向かう。
サンルームの左奥、ガラス扉に隔たれた喫煙スペースにブラックオウガこと鬼島三郎はいた。
「鬼島君、失礼するよ」
そう言って入室し、テーブルの煙草入れから一本取り出して火をつける。
窓から表を見ていた鬼島がゆっくりと振り返る。
「五百旗頭壽翁か。意外だな、煙草やるのか?」
壽翁は、ふぅっと浅く吸った白い煙を吐き出した。
「ほとんどやめているが、ごくたまにな。真由美が嫌がるから、あの子が寝てからだがね」
トレセンで保護されている愛娘の姿が脳裏に浮かぶ。
鬼島は吸っていた煙草を灰皿で消し、新たな煙草に火をつけながら言った。
「ちょっとあんたに聞きたいんだが。俺がムショに入ってる間に一体なにがあったんだ? 俺がシャバにいた20年前はまだスジモンがいたのに、今やヒーローやらヴィランが幅をきかしてやがる」
壽翁は椅子に腰かけ、足を組み、鬼島にも座るよう勧めた。
「それは、米国マフィアの衰退から話を始めなければならない。少し長くなるよ?」
「ちっ、できれば簡潔に頼むわ……」
壽翁は、ヴィラン誕生の歴史を語り始めた。それは、鬼島の腰が痛くなるほど、長い話だった。




