正論(100)ブーメラン会見
セイロンガーは冒頭の挨拶を終え、水の入ったグラスを手にした。
ウィーーン、カシャンッ
口元が開き、そこから器用に水を飲む。
パシャッ、パシャッ、パシャッ
フラッシュが一斉に焚かれる。
「水を飲んだだけだ。そんなに注目するようなことじゃない……。さて、では始めようか」
「ハイ!」
ビシッと手を挙げたのは、やはり太陽テレビの高柳リポーターである。他の報道陣が、自ら質問に答えてから質問するという、前代未聞のルールに戸惑う中、彼女だけがノリノリだ。
「では、元気の良いあなた。まずは名刺交換だ」
高柳は名刺を取り出し、セイロンガーに渡した。
「太陽テレビ、リポーター高柳郁子です!」
丁寧に両手で受け取り、自らの名刺を両手で差し出した。普段は使うことがない、表面にセイロンガーの名前が入り、裏面にマンション経営の会社名、そして本名が印刷されている。活版印刷の質感が、彼の几帳面さと古風な美学を感じさせる。
「セイロンガーと申します。本名は裏面に書いてありますが、今回はセイロンガーとしてお話させていただきます。それではお座り頂き、質問をどうぞ」
「はい、ありがとうございます! えー、私は今、都内の12万8千円の1Kに住んでいますが、ちょうど引越しを考えていまして。あの、ちょっと太陽テレビまで乗り換えが不便なんですね。それで、こちらのマンションは単身者用のお部屋はありますでしょうか? またお家賃は大体どのくらいになるでしょうか?」
場が微妙な空気に包まれた。元気良く先陣を切って質問した内容が、引越しの相談なのだから当然だ。
高柳と顔見知りの、新日本テレビ、50代の男性リポーター富山が呆れながら揶揄する。
「ちょっと、太陽テレビさん。あんた、何言ってんの、そんなの不動産屋に相談しなさいよ」
しかし、セイロンガーはその発言を制して、
「いえ、せっかくご自分の住環境の話もしてくれましたので、お答えしましょう。こちらのマンションは1階から5階までが単身者用の1Rから1DKとなっています。6階から10階までがファミリータイプで2DKから3DKの間取りとなっています。単身者用のお家賃は間取りによりますが、15万円前後となっています。もし良ければ後ほど仲介の不動産会社を紹介します」
「ありがとうございます! 是非お願いします!」
「では、次」
「じゃあ、私、いいですか?」
先程の新日本テレビの男性リポーター富山だ。まずは名刺交換を行い、質問する。
「えーとですね、セイロンガーさん。あなたはヒーローのような格好をされていて、ヒーロー活動もされているそうですが、国のヒーロー登録もなく、IHAの所属でもないという。一体、どのような経緯で現在に至るのか教えていただけますか?」
「わかりました。では、あなたからどうぞ」
セイロンガーはさも当然のように質問を返す。
「ん? あぁ、私がテレビリポーターになった経緯を話すんですか?」
「はい、テレビリポーターとして就職というのはあまり聞かない話です。どのような経緯であなたがテレビのリポーターとなったのか、大変興味があります」
いいから早よ、答えろっ
次がつかえてるぞ!
番組終わっちまうぞーっ
報道陣の各所から声が上がり、男性リポーター富山は諦めて語り出す。
「……別に誰も興味がないと思いますが、私は18歳で演歌歌手を志して上京しました。ある大物演歌歌手の内弟子になり、デビューもさせてもらいました。デビュー曲は『男盛り女盛り』でした……」
別に悪気はない、意地悪でもない、ただ興味があったセイロンガーは、
「エミリー、頼む」
統合AIエミリーがすかさず当該曲を探し出す。
『見つかりました。『男盛り女盛り』を再生します』
会見場の洒落たリビングに、アップテンポの陽気な演歌が流れてくる。
『男盛りとぉ〜ん、女盛りがぁ〜ん、夜の酒場でぇ〜ん♬シュビドゥビドゥワッパ〜♬』
「やめてくれーー! それは全然売れなかったんだぁ!」
耳を塞いで叫ぶ男性リポーター。
太陽テレビのニュースショーは、修羅場と化した中継からスタジオに切り替わった。
司会者は必死に笑いを堪えてなんとか声を絞り出す。
『申し訳ありません……お時間になりました。会見の模様は夜10時からのニュースで改めてお送りいたします。』
頭を下げるが、その肩はプルプルと震えていた。




