あ、終わった
「こいつ生きているのか?」
そういって俺は、車椅子を目の前に倒れている犬の横に停めて冷静に観察していた。柴犬程度の大きさで野良犬にしては痩せておらず、銀色の毛艶はきちんと手入れされているようだ。おそらく何処かの飼い犬だろう。車か何かに轢かれたのか?ぱっと見怪我をしているようには見えないが、だいぶ弱っているようだ。犬の専門家では無いが、素人目にも呼吸が浅く見える。いつまでも放置はできない状態だが、それにしては飼い主らしき人が見当たらない。つまりは、迷子犬か。
しかしどうするか。正直このまま無視して通り過ぎてもいい。住宅街の中なので幸い人通りは多い。俺でなくとも誰か他の人が保護してくれるかもしれない。俺1人の手では手に余る事も世の中には多い。
だが、そうすると夢見が悪いな。
「しかたない。拾うか。」
こういう時本当は動かさない方がいいのだろうか?だからといって初夏とはいえずっと炎天下のアスファルトの上で倒れてたら、それこそ遅かれ早かれ死んでしまうしな。
「よっと。重っ」
そう言って、とりあえず膝の上に置いて移動させようとそいつを持ち上げた。少し脚が飛び出ると思うが、しかたないだろう。気絶しているため、特に抵抗はされずに持ち上げられた。結構重かったが。近くに公園があるから、そこに連れていくか。そこなら水道もあるから水も飲ませられる。
その犬を膝に置いた瞬間だった。
「うわっ!?」
いきなり、目玉に白のペンキをかけられたのかと思うほど、とてつもなく強い光と突風が俺を包んだ。
雷のように一瞬の光だったが、俺は眩しすぎてしばらく目が開かなかった。
よくゲームオーバーしたときに"目の前が真っ白になった"なんて言うが、本当にそのまま自分に起きてしまったようだ。
とりあえず、見えないなりにも手を使ってまず顔あたりを探ってみる。とりあえず自分の身体は無事のようだ。感覚もしっかりある。痛みも無い。何か爆発かと思ったが、どこも怪我がない。
「そういえばあの犬はどうなった!?」
生き倒れていた犬を膝の上に置いたことは覚えているが、まさか吹き飛ばされたか?
そう思って腕を下げると
フニッ
と、指先に触れる感触があった。
ん?何だ?柔けぇ
俺の感覚が全て、その感触に意識を集中する。スポンジのようなあるいはスライムのような。柔らかく少し小さめの感触が俺の手のひらにあった。ムニムニと触り心地がよくいつまでも触りたい感触だ。
だが、なんだ?何か既知感がある。何処かで感じた事があるような…!?
その後、ある可能性に水希は気づいて戦慄した。この手に収まるそれは、ついさっき肩に感じた感触に似ていたからだ。そして今気づいたのだが、俺の肩辺りになにか頭のようなものを感じる。
ほんの一瞬前までは謎の光に包まれて恐怖があったが、そんなもの全て吹き飛んだ。そのかわり、それとは別な恐怖が俺を包んでいた。
「あっ…こ、これ……いや、ま、まだそうと決まったわけでは…」
そうだ。冷静に考えてそんなことがあるはずないのだ。何か別のものだなこれは。そうに違いない。
そう自分に言い聞かせながら俺は、恐る恐る目を開ける。
そこには仰向けに俺にもたれかかった裸の少女がいた。
そしてあろう事が俺はその少女のささやかな胸を背後から掴む姿勢になってしまっていた。
「ファッ!?」
今まで出したことない変な声が出た。
やばい、やばい、やばい、やばい。
呼吸が止まる。そして体からブワッと冷や汗が噴き出てくる。情報量が多すぎて思考がうまく働かない。半ば脳がオーバーヒートを起こしながら、次の行動を考える。柔けぇ
ラッキースケベなんて言葉が世の中にはあるが、それはマンガや小説の中の出来事、フィクションだから笑い話になるのであって現実で起きたらたとえ不可抗力であっても社会的に死んでしまう。エロゲでもこんな展開ないぞ!
取り敢えず、手を退かしてから考えよう。側から見たら確実に犯罪者だ。どんな生き方したら、こんな事になるのか。本当に神がいたら呪うレベルだ。柔けぇ。
起こさないようにゆっくりと手を退かす。もう本当に、今まで生きてきた人生で一番慎重に手を退かす。
…本当は少し名残り惜しかったが。
「よし、とりあえず窮地は脱した。」
何の窮地を脱したのか自分でも全く意味がわからないが、両手を少女の胸から退かしてとりあえずホッとする。
先程まで冷静さを欠いていた水希だったが、一呼吸置きだんだんと状況を把握していく。それと同時に初めて女性の裸を見てしまい自分の顔が羞恥に染まるのがわかった。
まるで絹のような肌は、見る人を全て虜にしてしまうくらいに白く、綺麗だった。顔つきはかわいいというより綺麗という言葉があっており、髪は銀髪でボブカットのように短くをしている。歳は同年代くらいだろうか。
それだけでも充分にインパクトのある邂逅だったがもう一つ、水希を驚愕させるものが少女の頭にあった。その少女は頭に耳がそして腰のあたりに尻尾が生えていた。ケモミミと言えばわかるだろうか。明らかに人にはあるはずのないものがついていた。
「これ本物か?」
本日二度目の人生で初めて見るもの。
ケモミミに触ろうと手を伸ばしたその瞬間、自分の後ろに人の気配を感じた。
その刹那、水希は我に帰り今考えうる最悪を想定すると、先ほどとは比べ物にならないくらいの尋常じゃない冷や汗を流していた。ここは地獄か何かだろうか。
「みずくん?、、、」
先程まで一緒に登校していた人物であり、今一番会ったらめんどくさくなるやつの声が聞こえる。ザッと目の前に回り込んできて彼女は俺に開口一番にこう言った。
「みずくんが知らん女を襲ってる〜!?」
あ、終わった。