スリーコール鳴る前に受話器を上げて
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
「大丈夫ですか」
道端で屈みこんでいた年配の女性に声をかけた。震えながらも上向いた顔は青ざめており、妙な脂汗で塗れていた。
「ちょっと、具合が」
「立てますか? 近くにベンチがあるのでそこに座りましょう。開けてない水があるのでそれを飲んで一息つきましょうか」
夏場の熱気を干渉しない凍てついた手の温度に、心臓がひやりとしながらも安堵した。どうにか間に合ったみたいだ。
ベンチに腰をかけた女性にフタを開けてペットボトルを差し出した。震える手を支えるようにして補助し、一息ついたところで隣へ腰かけた。──まだ気は抜けない。
「少し落ち着きました?」
「……はい」
「今年の夏は異常な暑さだから気分も悪くなりますよね」
「……はい」
「あ、潮風がいい感じに吹き抜けて気持ちいい」
途切れないようにテンポよく会話を続けていく。
蚊の鳴くような声だが、返事がないよりはいい。
女性は俯いたまま脱力せずに握られた拳を見つめている。
張り詰めた緊張の糸が切れるのではなく、緩まるように誘導しなくては、きっとこの人はまた同じことを繰り返してしまうだろう。
「ここから見える海の景色、綺麗ですよね。思わず吸い込まれそうになるくらい」
「は、い」
「たまにあそこの崖から誤って転落しちゃう人もいるみたいですよ。危ないから柵を立てる工事が来月から行われる予定です」
「そう、なんですか」
「でも飛びたい人は飛びますよね」
今度は勢いよく顔が上がった。
罪の指摘を怯えるように、暴かないでほしいと懇願するように、女性の身体からコール音が鳴り響いた。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
人の心の『悲鳴』がコール音として聞こえるなんて、誰が信じるだろうか。
それでも僕は誰かのSOSが途切れる前に力になりたいと願う。
それが偽善だと嗤われても。
鳴り終わる前に女性の心の電話に耳を傾ける。
「僕でよければお話し、聞かせてもらえませんか」