帰還と独占
数週間後、久しく閉じられていた執務室。
再び開かれた窓から心地好い風を受け、その主が真剣な眼差しで弟を見ていた。
「アレックス、お前が次期国王になれ」
「セオドア兄上、お断りします」
「お前のお蔭で私は再び戻ってこれたんだ。国の災いの種にもならずに済んだ。当然だろう?」
「そう仰って頂けるのは嬉しいですが、やはりお断りします」
「何故だ?」
「私は王族として完治不可能な病を患っておりまして」
「何! 何故早く言わないっ ──おいっ、直ちに医者を呼べ!」
驚いたセオドアが、侍従に言いつけると同時に弟王子に詰め寄った。両肩を掴まれたアレックスが笑いながら侍従に、必要ない、と手を振って断りを入れる。
「兄上、問題はありません。完治はしませんが、半分だけよく効く薬がありますから」
「アレックス? 半分しか効かないのによく効くとは、どういうことだ?」
「こちらがその特効薬です」
アレックスが、兄の手をやんわり外して傍らのセレーネを前に押し出した。
「は?」
「愚か者には大変良い薬なのですよ…………兄上?」
眼前で手を振られ、セオドアが脱力して息を吐いた。
「アレックス、脅かすな。弟を喪うと思ったではないか」
「兄を喪うと思った弟の気持ちをわかって頂きたく」
「まぁ、うん。すまなかった。感謝している」
セオドアがセレーネの前に立つ。
「我が主。お手数をおかけしました。影が主に救って頂くなど、お恥ずかしい限りです」
「そんな。おやめください第一王子殿下。アレックス殿下、どうしましょう」
セオドアが、セレーネに膝をつき頭を下げてしまった。おろおろする彼女をアレックスが笑い飛ばし。
「セレーネ、何も問題ないよ。兄上もアーラント家の人間だからね。赦すと言えばいいのさ」
「だ、第一王子殿下、ゆ、赦します」
「感謝します、我が主。どうぞセオドアとお呼び捨てください」
やっと立ち上がってくれたセオドアが、今度は次期国王の自分を呼び捨てにしろと言い出した。
──無理ですわ。何処の国にそんな臣下がおりますの? ……冗談、ではないようですわね。
至って真剣な面持ちのセオドア。その後ろでアレックスが肩を震わせ笑っている。助け船を出す気はなさそうだ。
「あの。第一王子殿下、お願いがございます。わたくしの十字架はこれから、アレックス殿下だけにしたく存じます」
「なんと!」
「兄上、そうしてください。セレーネは私の主ですが、私もセレーネの主なのです。ですから私が兄上の主の主にと、非常にややこしいことになってしまうのです」
「……見苦しいぞ、アレックス。独占したいと正直に言え」
「え? アレックス殿下、そうなのですか?」
鬱陶しそうにセオドアが渋面を作る横で、セレーネが目を見開いてキラキラさせている。
「そんなことを仰るなら、執務を引き継ぎなしで放り投げても構わないのですが?」
「アレックス殿下、お願いです。どうかこちらをお向きになって」
「仕方がない。引き下がろう。私が引き下がっても、問い詰めてもらえそうだしな。 ──では元主、夕食の席で」
暑苦しいから、と締め出され、二人は第二王子の執務室へ、ただ黙々と歩く。
これからしばらくは、延期されていた結婚式の準備でお互いに慌ただしくなる。二人きりになる時間も当分ないだろう。
「アレックス殿下?」
「…………」
堪えきれなくなったセレーネが、第二王子の横顔を見上げ名を呼んだ。立ち止まってはくれたものの、返事はなく顔も正面を向いたまま。
「わたくし、とっても長いことお待ちしていましたのに仰っていただけませんの?」
「……していた? 今は待っていないのか?」
「どうやら、お待ちしなくても良いようですので」
「そうか。ならもう良いな」
再びスタスタ歩き出したアレックスの後を、セレーネが慌てて追いかける。
その足音に、顔の赤いアレックスの歩みがゆっくりになった。その右手が何かを待つかのように開いている。それに気づいたセレーネの顔が大輪の薔薇が咲くように綻んだ。
「執務室がもっと遠ければいい」と、手を繋いだ二人が同時に呟くまであと僅か。
おしまい。
想いの大きさが逆転した二人。まぁどっちもどっちな程度。
ともかく、読み終わる前と後で、前半のセリフの意味が変わって感じてもらえるように書いたつもりです。いかがですか? ドキドキ。
そして何より。
最後までお読みいただき、ありがとうございます
またいつか。
(⌒∇⌒)ノ""
かしこ。