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十字架の正体と謎

長いです(それでも≒2700字)。







「陛下?!」


 突如暗闇から、簡素な黒衣を纏った国王陛下が現れた。染み着いた教育か、セレーネは牢の中で思わず礼をとっていた。


「父上、出番が早すぎです」

「そのお声は、アレックス殿下?!」


 さっきまでセレーネと話していた仮面とマントの男が、アレックス殿下の顔で首から何かを外している。


「何故?! どういうことですの?! いくら王族でも、トレイルの十字架を騙るなんて赦せませんわ!」

「騙りではない。我が主よ、不肖の息子達の為にお手を汚させ申し訳ない」

「陛下、お待ちくださいませ。わたくし、少々混乱しているようですわ。不届きな幻聴まで聞こえるようになってしまって」

「トレイル侯爵令嬢、幻聴ではない。そなたが探す〝十字架〟は、我がアーラント王家なのだ」

「陛下、おかしいですわ。王家の主家が侯爵家? 本末転倒ではございませんか」


 至極真面目な顔で告げられた衝撃の一言に、偽りではないと感じたものの理解が追いつくはずもない。半ば呆然としながら問い返すだけで、セレーネは精一杯だった。


「セレーネ、トレイル家の十字架はいつから存在しているか、知っておるか?」

「家系樹に最初に十字架が現れたのは、八代目当主の時代でございますが……」

「そうだ。彼が十字架の最初の主だよ」

「何故、侯爵家ごときが主家に……」


 訳がわからない、と呟くセレーネに、無理もない、とアレックスが気遣わしげに頷き、檻ごしに彼女へ手を伸ばす。セレーネは無意識にその手を握り、どうにか落ち着こうとした。


「続けて良いか? 当時ヴァルク家という伯爵家が、反逆の汚名を着せられていた。今のそなたのようにな。──反逆はその家のみならず一族郎党が処刑される大罪。その汚名を漱ぎ、一族全員の窮地を救ったのが八代目トレイル侯爵なのだ」


 ヴァルク家は数代以上前にその名を消している。セレーネが知っているのはそれだけだ。


「大恩を受けたヴァルク家は、その対価としてトレイル家の〝十字架〟となった。その役目は、八代目の(めい)に従い、トレイル家の不名誉が表に出る前に処理すること。結果として、トレイル家は名誉だけでなく、その血も永く続くことになったが」


「畏れながら、国の貴族名鑑に既にヴァルク家はないように思いますが」

「十字架の役目は、ヴァルク家の最後の直系が婿入りし、家名が変わったとしても変わらぬ」

「王配殿下、が?……そんな畏れ多い……」


 何代か前の女王陛下がセレーネの脳裏に浮かんで消えた。


「だが、その恩がなければ、余もアレックスもここにはおらぬ。どうだ? トレイル家は王を救ったぞ? 王の命に比べれば令嬢の命など軽いなぁ。そう思わないかセレーネ」

「陛下?」

「セレーネ、父上は貴女がしたことを罪に問わないと仰っておられるのだ」

「ですがわたくしは殿下に、」

「あれは非常に苦い()だったよ。国が死ぬほどの毒から救うほどに」

「アレックス殿下……」


「セレーネ、八代目トレイル侯爵は非常に聡明な方だったそうだ。『そなたらは正十字であれ。トレイル家が不名誉によって滅びることがないように』。これが十字架が受けた、彼からの(めい)だ」


「そうでしたの。でしたらきっと、八代目トレイル侯爵はわたくしをお赦しにはならないでしょう」


「ほう? 先ほどそなたは、傍系の存在に目を瞑れ、と申したな? その命に従うと現当主の死後、八代目の血を継ぐのはそなたが最後のひとりとなる。我等、トレイルの十字架に向かって、大恩あるかの方に背けと申すか?」

「父上、不名誉ではなく名誉で滅びるのなら良いのではありませんか?」

「そうだな。それならば八代目の命に逆らうことにはならんだろう」


「陛下? 殿下?」

 自分の一大事が、どうやら勝手に決まってしまったのには気づいたが、何を言っているのか理解出来ず、セレーネは二人を交互に見比べ説明を求めた。


「コホン。第一王子の子はまだ幼い。無事成人する迄は、アレックスを臣籍へ下ろすわけにはいかぬ。よって、セレーネ、予定より早いがそなたがアレックスの妃として嫁いでまいれ」


 アレックス殿下が嬉しそうにセレーネの手を握る。


「ああ、それから。正は名誉を守る為に死んだ者、逆さは、死んで名誉を守った者、だ。アレックス、後はお前次第だ。ではな、セレーネ」


 結局よくわからない回答を残して、王は地上へ戻っていく。牢の鍵は初めから掛かっていない、とあとから声だけが降ってきた。



「アレックス殿下、この後わたくしは如何すればよろしいのでしょう」

「これからは、私に愛される王子妃として堂々としていればいい」

「そういうことをお訊きしたわけではございませんが……」


 返事に顔を染めるセレーネの頬を、第二王子の手が柔らかく撫でる。


「わかっている。そろそろ、トレイル侯爵も城に着くはずだ。セレーネとトレイル侯爵には、直ちに兄上の奪還計画に参加してもらう。侯爵が加わってくれれば、舞踏会の一幕も間者を欺く芝居だったと言い張れるしな」

「ですが、殿下の毒殺未遂とアリア嬢の毒殺は、既に知られております。犯人がいないでは収まりません」


「問題ない。『間者だったアリアが婚姻を焦り、第二王子を脅そうと毒を盛った。僅かではあったが、手違いで自らも毒に触れてしまった。予想以上に猛毒であった為に僅かだったにも係わらず彼女は死んでしまった。そして毒に耐性があり、男で体力のあった第二王子には、トレイル侯爵家が届けた解毒剤が間に合った。侯爵令嬢は、これまでの第二王子の行いを芝居だと知らない者達に、毒を盛った本人だから解毒剤も持っていた、と誤解され収監されてしまった』と、国王(ちちうえ)へ報告書が上がっている」


「後半は確かに事実ではございますが……」


「いや事実ではないぞ。セレーネは私に毒を盛ってなどいない。身勝手にも、一人気高くあろうと考え違いをしていた愚か者に薬を処方しただけだ。それにな、父上からの審問は私の執務室で行われただろう? だから、セレーネの告白はなかったことになっている。私の隣にいて文句を言う者はいない」


「ずいぶん、先を見越していらっしゃったのですね」

「少しは見直したか? これでも私は、トレイルの十字架だからな。──まぁ、一番不出来で不甲斐ない十字架だが。アリアの件を含め、いろいろ情けないよ」


 〝十字架〟に話した内容がセレーネの頭を駆け巡る。


「その、先ほどはいろいろとご無礼を……」

「あはは。気にしなくていい。とても痛い耳薬だったが良い薬だった。だがセレーネ、私の愚かさは完治不可能のようだよ。私はどうあっても兄上を諦めることは出来ない」


「承知しております」

「といっても半分は効いた。セレーネ、私に巻き込まれて欲しい。私と共に兄を救ってはもらえないだろうか」

「ようやく、仰ってくださいましたわね」

「我が主、長く待たせて悪かった」

「赦して差し上げますわ。殿下もわたくしの主ですから」

「ん? 私もセレーネの主になるのか?」

「ええ。夫婦になりますもの」

「そうか、そうだな」


 二人は手を繋ぎ、明るい地上へと階段を登る。


「ところで、わたくしは正十字と逆十字の、どちらになる予定でしたの?」

「んー、どうだろう。──王家と国の名誉を守り、トレイル家の名誉を貶める────私にはわからないな。そうか、だから父上は逃げたのか。無理もない。聡明な八代目トレイル侯爵でも、答えられなかったと思うから」








ほったらかしの第一王子が不憫。

次回は最終話です。



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