セレーネの告白
翌日、近衛騎士団長がセレーネを迎えに来た。彼に連れられてきたアレックス殿下の執務室では、何故か国王陛下がひとりセレーネを待っていた。
国王が懐から取り出した小瓶を静かに机に置く。
「セレーネ、この小瓶に何が入っていたか知っているな?」
「いいえ、陛下。存じません」
「では、このハンカチについてはどうだ?」
セレーネは騎士団長が目の前に置いた血塗れのハンカチを一瞥する。
「わたくしには見覚えのないものですわ」
「……これは亡くなったアリア嬢のものだ。彼女は毒殺であった」
「左様でございますか」
「アレックスも、同じ毒で苦しんだぞ」
「……」
「なぜ容態を訊かぬ。そなたの婚約者であろう」
「わたくしは、殿下に疎まれております。わたくしの心配など殿下には邪魔でございましょう」
「邪魔か。そなただな? アレックスにこの小瓶の解毒剤を飲ませたのは。死んだ者は心配などされても何とも思わぬ。助かっていると確信しておるのだろう?」
「お戯れを。ただの言葉のあやにございます」
「セレーネ。アレックスの症状は酷いものだったが、半刻ほどで落ち着いた。逆に自力で歩けていたアリア嬢が死んだ。血を吐き苦しみながら逝ったらしいがどういうことだろうな?」
「不思議ですわ。お気の毒に」
「幸い二人がバルコニーにいたお蔭で、他に被害者はおらん。唯一亡くなった、アリア嬢の持ち物から最も毒が検出されたのは、夜会用の手袋だ。そしてその手袋で最も触れた相手はアレックスだが、アレックス以外に触れた相手に異常はなかった。そして調べさせても、アリア嬢が手袋を変えた形跡はない。どうにも矛盾している。つまり、盛ったのはアリア嬢ではない。───ところで、ほぼ同時刻に毒の症状が表れたなら、盛られたのも同じ時刻だと思わないか?」
「陛下、お人が悪うございます。ご存知なのでしょう?……お察しの通り、殿下に毒を盛ったのはわたくしにございます」
「だそうだぞ、アレックス」
内扉の奥から、まだふらつくアレックス殿下が現れた。軽薄さが欠片も感じられない理知的な瞳が、セレーネを見つめている。
「何故だ、セレーネ。何故、私に毒を盛っておきながら助けた。何故、貴女がアリアを殺した?」
「殿下に毒を盛ったのは、わたくしを遠ざけ、アリア嬢を侍らせる殿下に復讐したかったからですわ。アリア嬢に毒を盛ってしまうことになるとは思いませんでした」
「セレーネ、嘘をつかないでくれ。貴女の命がかかっているのだ!」
「いいえ、殿下。嘘などついておりません。殿下はよくご存知でしょう? わたくしは昨夜、ただの一度もアリア嬢に触れてはおりません」
「では何故だ! 何故、私にだけ解毒剤を飲ませた!」
「わたくしの預り知らぬことでございます」
「セレーネ、貴女は全部知っていたのではないか? 頼む、本当の事を言ってくれ」
「ですから申し上げました。わたくしが殿下に毒を盛ったのです。アリア嬢については、全くの偶然ですわ」
「駄目だ。それでは王族の毒殺を図ったことになる。そうなれば、貴女は斬首になってしまうではないかっ、私は認めない!」
「殿下がお認めにならなくても、それが事実ですわ」
「アレックス。もうよい。セレーネは覚悟を決めておる。何を言っても無駄だ」
「父上! セレーネに罪はありません! アリアのことを父上に報告しなかったのは私でしょう! 私が不甲斐ないせいで彼女を死なせるのですか? セレーネを死なせるのが国の為だと、そうおっしゃるのですか!」
「いけません、アレックス殿下。陛下にお言葉が過ぎます」
「セレーネ!」
「牢へ連れて行け」
「父上! お待ち下さい、父上!」
近衛騎士団長に羽交い締めにされた第二王子の声が遠のいていく。
セレーネは、胸の内で震える脚を叱咤して歩き続けた。
行く先は暗い地下牢だと知っていながら、セレーネが浮かべた微笑みはひどく満足げだった。