未遂
舞踏会は既に音楽も止まり、三人を中心に大きく輪を描いていた。
当然だ。主役の腕が支えているのは、婚約者のセレーネ・トレイルではなく、法服貴族であるリッツ男爵の令嬢、アリアだったのだから。
「よくもそのように着飾れたものだな、セレーネ」
「第二王子殿下におかれましては、此度の凱旋、お喜び申し上げます」
「フン。口先ばかりの性悪女が」
「セレーネ様、ご機嫌麗しゅう」
「……」
敵国との戦いで、第一王子は失ったものの第二王子であるアレックス殿下が見事勝利をもたらした。だが凱旋後、第二王子は婚約者であるセレーネ・トレイル侯爵令嬢を、あからさまに遠ざけるようになっている。代わりに側におかれ侍るようになったのがアリア・リッツ男爵令嬢だった。
「さすが性悪女は、挨拶を返すことを知らぬようだ」
「アルったら。さっきアルに挨拶してたでしょ?」
「しかし、アリアを無視したではないか」
「いいの。だって私は男爵家の人間ですもの。侯爵家の令嬢でいらっしゃるセレーネ様に、挨拶していただけるような身分ではありません」
「そのように謙虚にならずともよい。優しく思いやりのあるアリアの方が、侯爵家に生まれるべきであったのに」
──茶番だわ。あなただけ気高いなんて、わたくし、そんなこと赦さなくてよ。
高位貴族の令嬢を、名を許されてもいない下位貴族の令嬢が、先に声をかけ、家名と爵位を略して名を呼んだ。
『お前は平民と同じ。私の下である』と侮辱されてセレーネが応じるわけがない。
トレイル侯爵家では、娘に相応の教育を受けさせることも出来ぬと、家門に泥を塗るも同じことだからだ。
しかし、第二王子とアリアはそれも承知の上だ。セレーネが応じないとわかてっていて弄んでいる。出席している貴族達が余興にしていることも計算のうちだろう。
──わたくしが至らないばかりに、とうとうこのようなことに。お父様は、わたくしを赦してくださるかしら。
「セレーネ。そもそも俺は婚約など望んでいなかったのだ。やっとお前から離れられると思うと嬉しいぞ」
「わたくしはアレックス殿下をお慕い申し上げております。どうかわたくしの想いをお汲み取りくださいませ」
セレーネは第二王子に寄り、剣蛸の途切れたことのない彼の両手を握る。だが、その手はすぐさま振り払われた。
「俺はお前に疎ましい以外の感情を持ったことなどない! 今をもってお前との婚……」
急に第二王子がふらつく。
「アレックス殿下、御酒をお過ごしのようですわ。せっかくの凱旋祝いです。しばしあちらでお休みになられるのはいかがでしょう」
「はッ! 今さらバルコニーに誘うとは。自惚れも過ぎれば醜悪だぞ、セレーネ」
「アル、気にすることはないわ。私がいるじゃない。一緒にバルコニーへ行きましょ。ではセレーネ様、ご機嫌よう」
第二王子の手を取り、アリアがバルコニーへ向かっていく。
──良かったわ。婚約を破棄されることにならなくて。
セレーネは休憩室に戻り、汚れてしまった夜会用手袋を取り替え安堵する。広間に戻る際、見覚えのある給仕を呼び、密かに小瓶を手渡した。
その後も彼女は、好奇心丸出しの貴族達をあしらい最後まで出席していたが、第二王子とアリアが戻ってくることはなかった。