転生5話・ハッピーエンド、からの……?
うちは見慣れた教会の中で目を覚ました。神様のステンドグラスの前に、毛布にくるまれて寝転がされていたらしい。
すぐ隣にはすやすやと寝息を立てている弟の顔。ずっと付き添っていてくれたのか、あれから何時間たったのかなぁときょろきょろするが、田舎の質素な教会、講壇と椅子以外何もない。カレンダーも時計もない。
「カナタさん!」
入り口の方から、アリアさんが駆け寄って来た。運んでいたバケツを途中で放り出し、床が水浸しになっているけれど気付く様子はない。
「あ、アリアさん、喜んでくれるのは嬉しいんだけど……うち、何時間眠ってた?」
首元に抱き着いてわんわん泣くアリアさんを宥めながら質問する。アリアさんは大事なシスター服でぐしぐし鼻水を拭き、「何時間じゃ済みませんよ」と答えた。
「一週間です。森で倒れて、治癒魔法をかけながらこの村まで運んで、傷が塞がったのが一昨日、ですが魔力不足で中々目を覚まさなくて……本当に、良かった、良かったですぅ、ううう……」
……一週間かぁ、そりゃあこれだけ心配されるねぇ、うん。
穴の開いたはずのお腹を見ると、ちょっと手術跡みたいな傷があるだけでちゃんと塞がっていた。異世界クオリティ凄い。それに魔力も回復したみたいだし、ちゃんと生きて帰って来れたし……。
「アリアー飯持ってきたぞって起きてる! バカカナタ! 無茶しやがってこのやろー!」
「止めろ小僧、病み上がりだ、叩くな」
「んん……お姉、ちゃん……?」
皆揃ってわーわーぎゃーぎゃー言っているうちに、なぜかどんどん村人も集まってきて、誰かがお酒を持ち込んで教会なのに宴会が始まった。両親の顔を見て、あぁ、本当に帰って来たんだなぁと笑いながら涙が止まらなくなった。
ドラゴンの断末魔はこの村にまで届いたらしい。森の火事は結構広がったみたいだけど、周辺の村や町が協力して鎮火にあたったそうだ。ドラゴンは跡形もなく消滅して、安全になった森の中を突っ切るように交易街道を作る話が進んでいるとか何とか。
で、うちが目覚めた翌々日、うちらパーティーは長老に呼び出されて、村のど真ん中で表彰式的な会が催された。
「近隣の村々を代表し、この者達の勇敢な行いを称え、『勇者』の称号を授けんとする」
近所のおばちゃん達が、月桂樹の冠をうちらの頭に載せる。拍手とか、口笛とか、色々な音がして結構盛り上がった。でも、うち的には『勇者』なんて言われるの、ちょっと気が引けた。
だって、自分のわがままを通しただけだし、冒険はこれで一旦終わりだし。もううちは、一介の農家なんだから。
「私は再び人々の悩みを聞く旅に出ます。皆様に神のご加護があらん事を」
「またねアリアさん、近くに寄ったら遊びに来てね!」
「より強い魔物がいる場所へ修行に出る事にした。貴様を農家にしておくのは惜しいが……家族、大切にするんだな」
「またねジョージアさん、赤いドラゴンと戦う時は呼んでね!」
朝焼けの中、二人は手を振りながら村を出て行った。短い間だったけど苦楽を共にした仲間との別れは、やっぱり切なかった。
で、もう一人はというと。
「カナタ! 水やりってどこまでするんだ?」
「ここからあのカカシまで、見えてる範囲全部だよ」
「はぁ!?」
家に住み込みの働き手が増えた。農業は完全初心者なので、これから仕込み甲斐があるなぁと前向きに考える。何より、同年代の男友達が出来てクルトが楽しそうだから良いのだ。
こうしてうちは、ちょっと変わったけど、平穏な日常を無事に取り戻す事が出来たのであった、お終い。
とは、問屋が卸さないのである。
あの大冒険から、一年後の事だった。
「カナタ! 大変だ! クルトが魔物に攫われた!」
日の高い昼間の事。森へキノコ採りに行っていた子供達が、息を切らして戻って来た。女の子達は腕や足を擦りむいて、サッシュに背負われている。
「どういう事? 何があったの!?」
森にいる魔物なら、サッシュが何とか出来るはずだ。倒せなくても全員守って逃げるくらい簡単なはずなのだ。それが、クルトが、攫われたって?
「見た事のない魔物が、集団で襲いかかって来てっ。『美しい女を魔王様に捧げれば出世できる』とか言ってて、クルトがっ!」
魔王、と来たか。そうかそうか。
「その子達は教会に運んで。サッシュ、旅の支度するよ」
「お……おう!」
サッシュもすぐに覚悟を決めた顔になって、教会の方へ駆け出した。ジョージアさんとアリアさんは、今どこにいるかな、まずは二人を探しに行かなきゃ。勇者パーティ再集結だ。
「いざ、魔王討伐!」
震える体に無理やり気合を入れて、うちは自室へと向かった。