現代3話・人造天仕プロジェクト
面接から一週間後。混沌が討伐され無事に帰る事が出来た自宅から、再びの魔法科学研究所へ。先日要領を得ないほわんほわんの説明をしたせいで母どころか父にも非常に心配されての出発だったが、空はピーカンの青空。深呼吸して少し気分が良くなったところで建物に入る。『テスターの方はこちらへ』と書かれた看板はこの前と違う方向を差し、辿り着いた部屋はとても広かった。
広かったのだが、その三分の一程の面積を、謎の機械が埋め尽くしている。何となく、羽付きのヒーロースーツみたいな感じの機械だ。
部屋には七個のパイプ椅子が並べられていて、それぞれにネームプレートがかけられていた。『井藤小とり』と書かれた一番右端の椅子に着席し、左側を見る。既に三人が着席していて、内一人、すぐ隣には七海さんが居た。目が合ったので手を振ると、何故か呆れた様な目を向けられる。「あなたは気楽でいいわね」的なやつだろうか。
それから十五分が経ち、時間通りに全員が揃ったところで博士が部屋に入って来た。
「一週間振りと一週間半振りだな合格者諸君! さて、最終面接を始めようか!」
……面接? もう合格した筈では、と疑問に思って、ちらりと隣を確認するとやはり皆、戸惑いの表情を浮かべている。しかし博士達はわたし達の反応等気にも留めず、着々と準備を進めていた。
博士はタブレット端末を眺めながら、一番右端の席の男性の前に立つ。
「三角健君。基準値を超える羽量を観測、適正属性は火、土と優秀な結果であった。ので、耐火防御性能の高い『サラマンダー』を着用してもらおうと思う。この機体は火の魔法を強めてくれるが、重く飛行性能が低い。さて、早速外で着用テストをしてもらおうか」
博士がそう言うと同時に、研究員一人が赤い機械を持ち、男性を連れ部屋を出ていった。内容は違うものの、それを全員分繰り返す。
が、わたしの時だけ博士のテンションが明らかに異なっていた。
「井藤小とり君。素晴らしい、君は素晴らしいよ! こんなに高い羽量は竹丘君以来だ!」
突然飛び出た名前に、思わず「えっ」と声が漏れる。だがその前に、羽量って何だろう。
「……『羽』というのは有り体に言えば『魔力』の事です。魔法を使う際に影響するエネルギーです」
わたしの表情から察してくれたのか、谷治さんが口を挟む。博士は少し不機嫌な顔になって話を続けた。
「魔力なんて風情がない。『天仕』の『羽』だ、絶対に譲らないぞ。
竹丘君には何度か研究に関わって貰った事があってな、君の志望動機で名前を見つけて、運命だと思ったよ。
そして君の適性属性も光だ。君には竹丘君の『ギフト』を参考に開発した『ソーラーレイ』を着用してもらおう。まあ、竹丘君よりも適正値低めを基準として作ったものだから威力は劣るがね。君なら問題なく使いこなせるだろう。さあ、実験と行こうじゃないか!」
谷治さんが最後の一機、銀色の機体を持ち、わたしを裏口から建物の外へ案内した。
が、辿り付いた試験会場では大変な光景が広がっていた。
「博士! 駄目です、全然安定飛行できません!」
「魔法の暴発で怪我人が!」
「魔力の使い過ぎでテスターが気絶しました!」
担架に乗せて運ばれる人が数人。その場で治療を受けている人が数人。空中で乱回転している青い機体……七海さんの悲鳴が響く。
「なに、試作品だからな、こういう事もあるさ。さあ、井藤君も装着したまえ」
何事も無かったかの様にそういう博士。……戦いに命を懸ける覚悟はしたつもりだけど、こういう覚悟はしてなかったなぁ……。
機械を足、腕、背中、頭に装着する。
「この装置によって無理やりまりょ…『羽』の回路を開きます。エネルギーの流れを感じたら足に意識を集中してみて下さい。足パーツに魔力を注ぐ事でブースターにより飛行する事が出来ます。同じように腕パーツでは通常攻撃、羽パーツからは必殺技が出ます」
「必殺技?」
「魔力を大きく消費する攻撃です。使いどころには気を付けてください。あと、羽パーツは飛行には一切関係ありません」
ツッコミどころが多いなあ……と思いながらも、一先ず言われた通り、足に力を込めてみる。……動かない。筋肉的な話ではないらしい。
ふと、ボンッ、と音がした。顔を上げると足パーツから煙を上げ、七海さんが落下していた。
ガショーン! と凄い音を上げ芝生の上に衝突。すぐさま担架を持った研究員がやってきて、建物内へ運ばれる。
「機体全体に被ダメージ低下機能が付いているので、あれくらいなら大丈夫です」
「マジですか……」
信じられないけどもうここまで来たら信じるしかないので、目を閉じて足パーツに意識を集中してみる。魔力の流れ……これかな?
突然ふわり、と体が浮いた。目を開くと、足元から凄い風が出ている。そしてみるみるうちに地面が離れ、目の前にハトが。
「!」
「!?」
わたしもハトも驚いて、バサバサバサッと顔の目の前で羽ばたかれて。気を抜いた瞬間に、風音が止まった。
「あっ」
落下する。重りが付いた体は、何となく早めに、落下する。まずい、これはまずい! 何とか、何とかして、でも今逆さだからブーストしたら地面に突っ込むし、どうしよう、どうしたら!
慌てた拍子で、何故か背中の羽パーツが機械音を上げた。
光の雨が芝生に降り注ぐ。その爆風で、ちょっとだけ体がふわっとなり、結果的に落下の衝撃を和らげた。
背中から着地する。同時に、ボンッ、と破裂音がした。寄って来た谷治さんが羽パーツを確認し、目を丸くする。
「これは……供給魔力量に機体が耐えられなかったようですね」
「うむ、改良祭りだな!」
どう見ても散々な結果だと思うのだが、博士は満面の笑顔を浮かべていた。
部屋に戻ると全員が着席していたが、皆どこかしらに包帯やら絆創膏やらが増えていた。
博士は再び正面に立ち、顎に手を当て話しだす。
「体験して頂いた通り、あれがこのプロジェクトの実態だ。ここで諸君らには選択肢がある。
帰りたい者は帰っても良い。付き合いきれないと思った者は辞めても良い。去る者は追わない。ああ、今日の治療費はもちろん出そう。それと研究内容は他言無用だ。
さて、選択の時間だ。やる気のない者は今すぐ研究所を出て行くように」
博士が出入口を指差す。七人は少しの間無言で周りの出方を伺っていたが、女性が二人立ち上がり、部屋を後にした。
その後待っても誰も動かない事を確認し、博士は満足そうに腕を下ろす。
「素晴らしい、五人も残ったか! 君達はとんだ狂人だな! よし、その心意気を買って、今後は個人個人の専用機体を調整しようじゃないか。呼び出す回数は増えるが、出席すればするほど改良を約束するぞ!」
「勝手に路線変更しないでください博士」
「良いじゃないか思ったより応募数少なかったんだから、求められているのは汎用機より精鋭機だと私は認識したぞ!」
研究員達は皆溜息を吐いた。
「では、同意書を。ここに母印を押したら、君達は正式に『人造天仕プロジェクト』の初代テスターだ!」
谷治さんが紙束を取り出し、一人一枚ずつ配る。他の研究員はハンコの色を付ける台とティッシュを構え五人の前に立つ。
『実験中の事故に対して当研究所は治療費以上の責任を持たない。
実験内容に関する機密事項を口外しない。
(中略)
職務中に死亡した場合データ採取の為遺体を研究所で回収する。
以上全てに同意する事をここに示す』
みたいな恐ろしい内容の同意書に親指を押し付け、わたしは遂に、命懸けの戦火の中へ飛び込んだ。
筈、だったのだが。
それから一ヶ月。テストと改良を繰り返し、飛び方のコツも掴んだし、機械の暴発も無し。順調に調整されている様子だが、未だ実戦に出される気配はない。
久し振りに五人全員が揃って呼び出された日。博士と、初めて見る大人しそうな少女が正面に並んで立っていた。
「ここ最近、諸君らから『実戦はまだか』といった旨の質問が出るのでな。まとめて回答する場を設けた。
端的に言おう。まだ駄目だ。
諸君らに頼んでいる運用テストと同時に、その映像を現役の『天仕』に見てもらい意見を貰っていた。彼等の総意として、諸君らのレベルはまだ『実践可能段階にない』との事だ。我々はテスターをむざむざ死なせるために研究している訳ではないのでな。これからも研究所内にての訓練に励んでほしい……のだが、目標が見えない状態ではモチベーションを保つのも難しいだろう。
という事で本日は、現役『天仕』の雛形満知君にデモンストレーションを行ってもらう!」
「よ、よろしくお願いします……!」
ガチガチの動きでお辞儀する雛形さん。同い年か下くらいに見える彼女が、混沌と戦う世界の希望。……改めて、まだ何も出来ない自分が悔しくなった。
「これから行うのは五体一での鬼ごっこ! 魔法使用あり、諸君らの内誰か一人でも雛形君を捕まえられたら勝ちだ! なお、これは遊びではなく訓練なのでな、雛形君の動きを観察し、自分に足りないものが何か、よく考えるように!」
屋外試験場に移動し、各々機器を装着する。雛形さんは薄手のユニフォームのようなものに着替え、既に空中で待機している。どうやって飛んでいるのか、間近で見ても全く理屈が分からないが、彼女の体からは緑っぽい光の粉がキラキラと零れていた。
準備が終わり、ブースターを起動する。全員が飛び上がった時点で、博士が開始の号令を告げた。
「制限時間は二時間だ、それでは、始め!」
姿勢を変え、五人は雛形さんに向け一斉に加速した。試作機から軽量化はあまりされていないが、個人に合わせ調整されたおかげで魔力効率とやらが格段に増し、スピードが出るようになった。特に軽量タイプのわたし、七海さん、長能さんは本物の『天仕』にも匹敵する最高速度を記録している、のだが。
雛形さんが手を動かす。Uの字のような緑の軌跡が残り、発光、彼女の周囲が強く輝く。そして、あと少しというところまで迫っていたはずのわたし達三人は、突然弾き飛ばされた。
何が起きたのか分からないまま、佐々川さんが青いパーツの付いた左腕を上げ、水鉄砲を発射する。が、それも何かに押し戻され、雛形さんは更に高く飛び上がり、再び模様を描く。
あれは『印』。本来の、正しい『ギフト』の発動方法。『天仕』となったものは、自分が使う事の出来る『印』を自然に覚えるらしい。わたし達『人造天仕』にはそれがなく、使えるのは予めパーツに設定してある技のみ。
Uの字の模様の『印』を、今度は大きく描く。『印』が輝いて空気が揺れると、五人全員が地面すれすれまで押し戻された。。
三角さんが土壁、七海さんが氷壁を出し『空気を揺らす何か』を防ぐ。これは……風? いや、もっと力強く、高圧的な……
……圧力?
「発動速度が全然違う……撃ち落とすのは無理そうだな」
「でもあんな高度、誰も出した事ありませんヨ、上を取らなければ勝てナイのに……」
三角さんと佐々川さんの会話。全員が同じ事を考えているのか、低高度での防御に徹した待機が続く。届かない、近付けない。いや、まだやった事がないだけで、無茶をすればあるいは……。
「何をやっているんだ諸君! そんな事ではいつまで経っても捕まえられないぞ! ああもう、ルールを追加だ! 雛形君、やってしまえ! 全員を墜落させたら君の勝ちだ!」
「ええっ!? ……い、良いんですか? こ、壊れたりしたら……」
「構わん! 全力でやりたまえ!」
動かない戦況に痺れを切らした博士により、突然恐ろしい追加ルールが発される。雛形さんは申し訳なさそうにしながらも、大きな『印』を描き始めた。三角さんと七海さんが再び壁を準備する。が、強烈な圧力は氷壁を押し砕き、七海さんに直撃した。地面に着く前に何とか飛び避けたが、薄青の腕パーツが歪み煙を上げている。もう氷壁は使えない。
これが『天仕』の本気。打ち合いでは確実に競り負ける。なら、早く上を取るしかない。
わたしは足パーツに有りっ丈の魔力を込めた。ブースターが唸りを上げ、金色の光を放つ。
「わたしが上を取ります! 援護をお願いします!」
皆にそれだけ言って、思い切り飛び上がった。真っ直ぐ、真っ直ぐ進む事だけを考える。曲がったら上まで持たない。攻撃を避ける事は出来ない。
皆を信じて、飛べ。
雛形さんが『印』を描く。わたし目がけて放たれた圧を、三角さんの土壁が受け止め、佐々川さんの水鉄砲で押し支える。雛形さんにそれ以上攻撃させないよう、七海さんが氷柱を飛ばし妨害する。
もう少し、あと少しで届く。驚いた表情を見せる雛形さんに向かって、全力で手を伸ばす。
が、あまりにも簡単に、ひょいと横に避けられた。いや、ここまでは想定内。大丈夫。彼女の横を通り過ぎ、上空で、羽パーツに魔力を注ぐ。
試作機とは比べ物にならない数、範囲の光の雨が降り注いだ。至近距離にいた雛形さんはひらひらと避ける動作をしているが、確実に数発は被弾しているはず。これで、高度が下がれば……!
と期待したのだが、小さな希望は儚く打ち砕かれる。雛形さんが先程までと異なる矢印型の『印』を描くと、わたしの体はコントロールを失い、成すすべなく芝生へ激突した。こうしてわたしは、最初の脱落者となったのだった。
その後は誰一人、雛形さんに傷一つ付ける事も出来ず、全機撃墜にて彼女の勝ちとなった。
「随分と小回りが利くようになりましたね、魔法の威力も上がっているし、思ったより苦戦しました。実践ももうすぐじゃないですか?」
「いや、まだまだ改善点が多いな! 協力前提の特化性能とはいえ、単機でももう少し動けないと君達の足を引っ張ってしまう!」
博士と違い優しい言葉をかけてくれる雛形さんだが、掠り傷がたったの三つというその姿にまじまじと実力の差を見せつけられ、わたし達五人は下を向く事しかできなかった。
だが、誰からともなく声を上げる。
「……博士、もっと厳しい訓練を。無茶苦茶な性能に調整してもらって構いません、それを乗りこなせなきゃ、『天仕』には近付けない」
「そうです、私達の心配何てしないでください。……早く、戦えるようになりたい!」
「お願いします、博士!」
「……やはり諸君らは狂っているな! よし、私も全力で期待に応えて見せようじゃないか! くれぐれも訓練で死ぬなよ!」
「「「「「はい!」」」」」
「……あの、あんまり無理、しないでくださいね……?」
心配そうな雛形さんを置き去りにして、わたし達の士気はこの日以来異様な高まりを見せるのだった。