現代1話・戦い、再び
彼方が死んで二週間。未だにわたしの中では、整理が着いていなかった。毎日仏壇にかけるおはよう、行ってきます、ただいま、おやすみ。受け入れた。返事がない事にいつも涙が零れて。納得した。朝起きて隣に誰もいなくて、畳まれた車椅子が玄関の隅に置いてあって、教室には永遠の空席があって、大事な何かが足りなくて。分かっている。ふとした瞬間に思い出して、一人で泣いて。足りない、足りない、足りない足りない足りない足りない足りない、彼女がどこにもいないなんて。
もう、わたしの名を呼ぶあの声が聞こえないなんて、知りたくない、気付きたくない、認めたくない。
でも、もっと時間が経てば、傷も少しは癒えるだろうと、そう思っていた。
彼方が死んで一ヶ月。何事も無く過ぎる毎日。両親が出かけて、家に一人の土曜日。
一人で食べ切れないスナック菓子がテーブルの上に広がる。一人分だけのコップ。無意識に向かいの席を確認して、誰もいなくてそのまま目線をテレビに動かす。突然背後からドアの開く音がして振り向いて、心霊現象か、彼方が帰って来たか、なんて期待してみたけれど、ああそういえば半開きだったなあと現実的な答えに落ち着く。テレビに戻って、チャンネルを変えて、見たい番組が無くて、何となく部屋の掃除をしようと立ち上がる。
自分の部屋は自分で掃除する、それが我が家のルールだ。わたしの部屋は、一ヶ月前から一度も掃除していない。やる気が出なかったから。
リビングから粘着クリーナーを持って、ドアを潜る。自分のベッドをコロコロして、隣の、彼方が使っていたベッドを見る。使っていなくても埃は勝手に積もる、掃除はしなければならないのだが。
そっとコロコロ転がしながら、滲む涙を零すまいと唇を噛み締めた。ゴミが無くて泣く日が来るとは思わなかった。髪の毛が落ちていない事が、こんなに心に来るとは思っていなかった。
クリーナーをしまって、コードレス掃除機を持ってくる。吸い上げるゴミの量は、二人で居た時より明らかに少ない。
ずっと、ずっと思い出す。些細な事で、どうでもいい様な事で。ふとした瞬間に涙が込み上げる。
家族や友達の前では、心配をかけまいと気丈に振る舞ってきた。でも、独りの時は駄目だ。まだ、まだまだ、駄目だ。
前みたいに笑えるようにはなった。趣味にも没頭できるようになった。ううん、何かに全力で取り組んでいないと、思い出すんだ。だからわたしは、わざと、無理やり、やりたい事を探して。
前向きになんてなれっこない、わたしはまだ、後ろを向いて生きている。
この平和な世界で。君だけのいない世界で。
そんなある日、空から災厄が降って来た。
下校時、誰かが空を指差した。巨大な流れ星が、その大きさを保ったままどこかの地面へと向かって落下した。どぉぉおおおん……と大きな音がして、空気が揺れて。その後、汚い獣の鳴き声の様な音が聞こえた。
それは、『混沌』だった。彼方が倒して、居なくなった筈のそれだった。
何で、どうして。考えても答えは分からない。それでも、わたしの頭の中は「何で」でいっぱいに成らざるを得なかった。
彼方が命を懸けて守った街が、破壊されていく。受け入れがたい現実。嫌だ、止めて、何で。
でも当然、一般人のわたしには何も出来なくて。無事だった家に戻って、災害用の荷物を持って両親と避難所に向かう。リュックには彼方の遺影も入っている。これとスマホがあれば大丈夫だ。
近隣住民は『混沌』が討伐されるまで、避難所でじっと待機するしかない。『混沌』の進行ルートによっては途中で避難所からの避難も起こり得る。
何にしろ、わたしは無力だ。街が蹂躙されるのを、黙って見ている事しか出来ない。ドロドロとした恨みつらみが胸の中に蓄積されていく。その矛先は『混沌』だったり、『天仕』だったり……一番は、自分だったり。
同じ公民館に避難してきたクラスメイトが、わたしに声をかけようとして驚いて離れて行った。トイレに立って、その理由に気付く。鏡に映ったわたしの顔は、酷く暗く、怖い目をしていた。
トイレの個室に入って、便座に腰を下ろすと、目の前に張られた奇妙なポスターが目に留まる。手書きの物をコピーした様なモノクロの、文字だけの紙。
『人造天仕プロジェクトテスター募集。詳細は魔法科学研究所まで』
目の前に一筋の光が差した気がした。手を洗って、スマホを取り出す。『魔法科学研究所』で検索すると、施設紹介のホームページの隅にテスター募集の詳細リンクがあったのでタップ。内容をざっと見て、面接の場所と日時を確認して。
「あら、ことちゃん携帯で何してるの? 今停電してるんだから充電気を付けなさいよ」
昼ごはんのカップ麺を水で戻している母に向かって、宣言する。
「お母さん……わたし、『天仕』になる」
母は、きょとんと首を傾げた。