転生9話・運命の赤い糸はどこまでも
帰り道、未開の地を旅している間に思った事がある。
恋人と似た名前のコト姫様。何だか気になって見てしまっていたのだが、見れば見る程似ていて困っている。外見はくせ毛以外共通点はないんだけど、仕草とか、手癖とか、凄くそっくりなところがあって。そんなまさかとは思うんだけど、もしかしてうちみたいに転生してきてたりしたら、なんて期待して、一回だけ聞いてみた。
「ねぇ姫様。むかーし、どこかでうちと会った事ないかな?」
「ふぇ……知ってる! それナンパって言うんでしょ!」
と、見事に撃墜されてしまったので、うちの疑問が確証に変わる事はなかった。
でも、その旅の間に姫様にはすっかり懐かれちゃって。
凱旋パレードが終わった後、王宮に招かれて晩餐会に招待された。勇者様だからっていうのと、姫様からの熱烈なお願いがあっての事だそうだ。
支給された正装に着替えて、煌びやかなホールに入る。高貴そうな人たちがいっぱい居たけれど、それより何より美味しそうな料理がずらり。どれから食べようかなぁとお皿を持ってうろうろしていたら、ダンディな声に呼び止められる。
「カナタ様、この度は大事な我が娘をお救い頂きありがとう存じます。いくらお礼しても足りませんが、一先ず今宵の晩餐会、存分にお楽しみください」
国王様直々にこんなあいさつをされて、それはもうきょどって「はい」しか言えなくて、優雅に対応できてるジョージアさんとアリアさんは凄いなぁって思ったり、困ってるサッシュとクルトを見て安心したりしてたんだけど、ケーキバイキングの前でもぐもぐしてたら腰にがしっと何かがしがみ付いてきた。
「お父様、決めました! カナタをわたしの近衛騎士にします!」
「んぐぐぅ!?」
コト姫様の言葉に、チョコスポンジがどこか変なところに入る。急いで水を、飲もうとしてシャンパンをがぶ飲みして、今度は炭酸でむせる。姫様の前でめちゃくちゃカッコ悪い事してるんだけど、恥ずかし……いやこのまま嫌われた方が良いか?
「確かにコトの近衛騎士は決まっていないが……勇者様とはいえ王国騎士団に所属していない者を護衛に付けるなど……」
「カナタが良いんです! 絶対にカナタしか認めません! 他の人は嫌です!」
うわああぁ可愛いわがまま、しがみ付いたまま頭ぶんぶんしてる、こんな可愛い子に熱烈アピールされて嬉し……いけないいけないうちにはコトが! うちにはコトが! コト姫様じゃなくて!
姫様の突然の発言にざわざわする王室関係者たち。王様の隣に居た騎士団の偉い人っぽいムキムキ老人が近付いて来て、うちを見て言う。
「カナタ様が騎士団に所属して頂ければ、全て丸く収まりますが……如何致しましょう。勇者様が是非と言うなら我々は歓迎致しますが」
「いや、えっと……これからは田舎でのんびり暮らしたいなぁ、なんて……」
「どうして? カナタはわたしと一緒に居たくないの? わたしはカナタとずっと一緒に居たい!」
うわあああああきついいいいい! その台詞はずるいよおおおおお! でも、でもうちは愛する弟と田舎で平穏な生活を……!
「カナタ姉」
「クルト! 助けて、うちじゃ断れな」
「王国騎士団の給料知ってるか? 月給で金貨十枚だ。それが家に仕送りされたら、どんなに良い暮らしが出来るだろうな」
愛する弟は笑顔で現金な事実を突きつけて来た。姉を見放す気満々だった。
「おっ、弟よ、姉と離れ離れになって寂しくないと申すのか……?」
「別に? むしろこの年になっていつまでも一緒に居るとか気持ち悪いだろ」
「ぐふぅっ!」
クルトへの愛は……一方通行だった……。
「やーだーやーだークルトと離れたくなーいー!」
「カナタじゃなきゃ嫌ー! どこにも行っちゃ嫌ー!」
「うわ……子供と同じポーズで駄々こねてる……姉弟だと思われたくないから離れてくれない?」
「姫様、あまり無理強いは……」
パーティ会場の一角は店の前で抵抗する子供コーナーとなった。皆がドン引きして距離を取る中、外聞も何もなく暴れるうちの元へ、つかつかと近付いてくる影が一つ。
ごちんっ、と脳震盪レベルの強烈なげんこつが落ちた。
「子供はまだいい。貴様は大人である上に勇者としての自覚を持て」
そう言い捨てて、ジョージアさんは去って行った。物凄いたんこぶが出て来たのを見てアリアさんが駆け寄って来る。治癒魔法で痛みは引いたけど、流石に姫様も幻滅して……なかった。
「ぷぅ……何でカナタは、わたしよりクルトが大事なの?」
マザコン男子が「ママとわたしどっちが大事なの」って聞かれた気持ちってこんなのかなぁ。いやぁ辛いなぁ。答えたくないなぁ。
「そりゃぁまぁ……家族だからね?」
「じゃあ、わたしも家族になったら、一緒に居てくれる?」
止めてぇ、その追撃は止めてえええ。
「あっ、あのケーキまだ食べてなかったなぁ! 姫様も一緒にどうですか?」
「食べる!」
何とか意識を逸らす事に成功。こういうところはまだまだ子供だなぁ、可愛いなぁ。
その後も食べ物を利用して、のらりくらりと話を誤魔化し続け、夜。お城の客室に泊めてもらう事になって、最高級のふかふか布団を味わいながら、深い眠りに落ちて行こうとしていた時。猫がベッドの中に入って来たみたいで、もふってやろうと手を伸ばし、何回か撫でたあたりで違和感に気付く。
これ、人の毛じゃないか?
「……カナタ」
布団の中から、ぽん、とコト姫様が顔を出す。……えええええ姫様!? 何で!? 姫様の寝室別棟だし、扉開いた音もしなかったよね!? すっかり目が覚めちゃったよ!
姫様はしょんぼりとした顔でうちを見つめる。ぎゅっとうちの寝間着を掴んで、離さない。
「どうしても、わたしの近衛騎士になっては頂けないの? 故郷のご家族が恋しいから?」
「……はい、そんな感じ、ですかね……」
「それなら、わたしの魔法で解決出来る。空間魔法なら、どんなに離れていてもあっという間に辿りつける。……まだ、上手く使いこなせないけど、わたし、頑張るから、だから、お願い……」
震える声。小さなその体に、ふと恋人の姿が重なった。
「――わたし、彼方に釣り合うように、頑張るから」
うちが『天仕』になって、活動がニュースで取り上げられて、ちょっと有名になった、次の登校日。一日よそよそしかった小とりが、別れ際に突然そんな事を言った。釣り合うとかどうとか、うちは全然気にした事なかったし、そのままの小とりを好きになったんだから頑張る必要もないんだけど……健気さが嬉しくて、ちょっと意地悪な返しをしちゃったっけ。
それでその後、空回りしまくって「わたしじゃ相応しくないから別れる」なんて言い出して、宥めるのに三日かかったっけ……。
……今度は、泣かせたくないな。言い訳みたいだけど、恋人になるわけじゃないし、許してくれるよね。
そっと頭を撫でて、お母さん直伝の子守唄を口ずさむ。姫様は目を閉じて、やがて寝息を立て始めた。しっかり眠ったのを確認して、ベッドから出る。
手紙、書かなきゃ。
「カナタ・グランツ、王国騎士団への入団を志願致します!」
朝一で騎士団の訓練場に乗り込み、宣言する。うちの隣で、姫様は目を輝かせて、笑った。
親愛なるお母さん、お父さんへ。帰って来たのがクルトとサッシュだけでさぞ驚いた事でしょう。うちは今王宮に居ます。なんと! お姫様の近衛騎士になりました! お給料は月に金貨十二枚、震える数字です。が、王都の物価は高いので仕送りは半分で勘弁してください。
可愛い娘に会えなくてさみしいでしょう、でも大丈夫! 今、姫様が空間魔法の修行をがんばっています。使いこなせるようになれば我が家でも、未開の地でも、どこへだってあっという間に移動できるんです! いつかきっと、毎日のように顔を合わせる事ができる日が来ると約束します、期待して待っていてください!
もしかしたら、クルトたちが「姫様のわがままで~」なんて説明をしているかもしれません。勘違いのないように言っておきます。これはうちが、自分で考えて、よーく考えて選んだ道です。後悔はありません。家を継げなくなったのはごめんなさい。
とにかく! うちは今幸せです! 心配は要りません、愛娘の新たなる旅立ちを祝福してください! 突然わがまま言ってごめんね、しばらく会えなくなるけど、皆大好きだよ! 二人の愛娘カナタより
別荘の花畑は、綿毛の季節になった。コト姫様は走り回ってふわふわを撒き散らしながら、時々残っているお花を摘んではうちに持ってくる。うちは受け取ったお花を冠に編んで、姫様の頭に載せた。
魔法の修行は順調に進んでいる。近距離の移動はもうばっちり、あと数か月もすれば本当にうちの村や、ヒカドラさんのところにも行けるようになるだろう。姫様はやれば出来る子なのだ。
想定していた平和とは違うけれど、あれ以来何事もなく、姫様の近衛騎士としての日々は順調に進んでいる。実家とは手紙のやり取りをしているし、時々ジョージアさんとアリアさんが遊びに来てくれるから寂しくはない。
もし明日死んだとしても、こんな幸せの中で死ねるなら本望だって、そう思えるくらいに充実している。でも、願わくばこんな日々が、いつまでも続きますように。居もしない天の神様に、何度もそう祈ってしまう。
ああ、うち、本当はもっと生きていたかったんだなぁ。
「カナタ! 水鳥が飛んできたの、池に行きましょう!」
「はーい、あんまり水辺に近付いちゃ駄目ですよぉ」
姫様に手を引かれて、小走りで花畑の奥の池に向かう。ふわりふわりと舞う綿毛が、フラワーシャワーを思い出させた。
もしも、二人が運命の赤い糸で結ばれていたら。コト姫様が、本当にコトだったら。
そうだったら、うちは最高に幸せ者だなぁ。
『トアル人ノ子ノ話ダ。ソノ夫婦ハ魂ヲ赤イ糸デ結バレテイタ。生マレ変ワッテモマタ夫婦ニナロウト約束ヲシタ二人ハ、ソノ後何度モ転生ヲ繰リ返ス中デ、同ジ世界ニ生マレタ時ハ必ズ結バレタソウダ。性別モ種族モ、全テノ壁ヲ乗リ越エテネ。
言イ忘レテイタガカナタ、キミトオ姫様ノ間ニハ、不思議ナ縁ガ見エルンダヨ。本人タチノ前デ言ウノハ無粋ダカラ、ココダケノ独リ言ナンダケレドネ』
半年後、白砂糖の小瓶を眺めながらドラゴンが言った言葉は、月以外は誰も知らない。




