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転生8話・VS魔王!

 赤黒い石造りの、威厳を示したい欲がすごーくよく出てる実に趣味の悪いお城。お城までの登山を終えても息が上がらない程度には体力ついたなぁ、なんて感慨に浸る間もなく、門番を斬り倒して城門をぐぐり、バカでかい玄関ドアを開けた辺りで城中に警戒を知らせる鐘の音が鳴り響く。

「……魔物が大勢来るぞ、気を引き締めろ」

 ジョージアさんに言われるまでもなく、うちらは武器を構え、魔王の居る最上階目指して駆け出した。


 下っ端たちはまるで相手にならず、あれよあれよという間にうちらは最上階へ到達した。一瞬強くなり過ぎたかな? なんて余裕ぶってしまう程だったが、その度に誰かしらに注意され気を取り直した。そうだ、魔王は下っ端とは比べ物にならないくらい強いのだ。

 紫の絨毯を踏みしめ、片っ端から扉を開ける。五部屋の内四部屋開けたけれど、ドラゴンの姿はない。という事は。

 緊張しながら、最後の扉を開けるタイミングを、皆で頷き合って確認した、その時だった。

「――カナタ姉! サッシュ!」

「魔物さんがいっぱい倒れてる! あなたたち強いのね!」

 背後からの声に振り返る。愛しい弟と、可愛らしい少女が階段を駆け上がり、こちらへ向かって来ていた。

「クールートー!」

「ぜぇ、はぁ、登るの、早すぎ、せめて、ニ、三階で会いたかった……」

 へろへろの弟をキャッチして、再会を喜び全力のハグ。隣の下を見ると少女が目を輝かせてこちらを見ていたので、可愛いから一緒にハグ。

「……もしや、貴方様はコト姫様であらせられますか?」

 ジョージアさんが珍しく丁寧に、騎士らしく跪きながら尋ねる。少女はすぐに笑顔で「うん!」と答えた。

「我が名はコト・クラリス・オールドリッチ第三王女であるぞ! 皆のもの、苦しゅうない、頭を撫でよ!」

 可愛いので言われた通りに頭をなでなで。コト姫っていうのかぁ、コト、コトかぁ……。

「皆は俺たちを助けに来たんだよな、このまま城を出て、町まで帰ったりとか……」

「魔王を倒してからね!」

「だよな」

 流石我が弟、理解度が高い。クルトは悟ったような表情で、コト姫様をうちから引き剥がす。

「俺たちはアリアさんの傍にいれば良いんだろ。その扉の奥が魔王の玉座だ。頑張って……生きて帰る、約束だからな」

「うん!」

「あったり前よ!」

「行きましょう、カナタさん!」

「開けるぞ、貴様等、準備は良いな!」

 大きな、大きな、重い鉄の扉を四人で押し開く。


 開いたと同時に、目の前が炎に包まれた。


『役立タズノ僕共ガ! 我ガ玉座マデ人間ノ侵入ヲ許ストハ! 無能無能無能無能無能ッ!』

 暴虐竜の名に相応しい暴論を叫びながら、赤いドラゴンはコウモリのような翼を羽ばたかせる。短い首、小さい前足、大きな後ろ足、長く鋭い爪と牙、巨大な翼と、先端が燃えている長い尻尾、仁王立ちするその姿は、今までに見たどのドラゴンよりドラゴンらしい。

 羽ばたきで玉座と廊下の全ての明かりが消え去ったが、暗くなったのは一瞬だけだった。ドラゴンが吐いた炎と落ちたランタンの火が絨毯に燃え移り、すぐに辺りが炎に包まれる。まずいまずいこれ早くしないと焼け死ぬんじゃない!?

 不意打ちしてきたどころか、ドラゴンは既に二発目、それも凄くやばそうなチャージ動作を行っている。防御魔法、いや、先手必勝すべきか。

「――皆! うち、剣を抜きます!」

「ああ! サポートは任せろ!」

「私が防壁を張ります、サッシュさんは消火を!」

「わかった!」

 剣を使うには大量の魔力を消費する、他の魔法に回す分はない、つまり一切の防御が出来なくなる、それはここまでの道中で確認済みだ。故にうちが剣を抜くと宣言した際、他の三人は防御陣形を取る決まりとなっている。

 うちは仲間を全面的に信頼して、ドラゴンを討ち取る事だけを考えるのだ!

「いでよ! 斬魔剣!」

 カッコいいだけで意味のない台詞を叫びながら、剣を引き抜く。ドラゴンが急に向きを変えチャージしていた破壊光線的なビームをうち目がけて吐き出したが、アリアさんとサッシュの魔法で相殺。無事に引き抜いた剣が、炎よりも眩しく室内を照らす。

 ドラゴンは眩しそうに光から顔を逸らしたが、それ以上に憎しみに満ちた目でうちを睨んだ。

『斬魔剣……斬魔剣ダトォ!? 忌々シイ、我ガ父ノ仇、勇者ガアァァアア!』

 そういう言い方されるとちょっと心苦しい。だからって人攫いを許せるわけじゃないんだけど。

 意識を研ぎ澄まして、剣に魔力を集中する。教わった詠唱を、一言一句間違えないように。

「オーロラの名において頼み申す、大地を満たす全ての光を今ここに」

 剣が輝きを増す。周囲から光の粉が集まってきて、みるみる内に二回りも、五回りも大きくなって、ジョージアさんの大剣を遥かにしのぐ大剣となる。

『グゥアアァァァアアアアア!』

 建物を揺らす程の絶叫を上げながら、ドラゴンは狂ったように辺り構わず炎を撒き散らし、ばさばさと飛び立つ。高い天井の一番上まで到達すると、邪魔だとばかりに尻尾を打ち付けて天井、屋根を破壊、更に上まで飛び上がった。

 落下してきた石材をサッシュたちが風魔法で吹き飛ばす。離れすぎて届くか不安だけど、ヒカドラさんを信じて詠唱を続ける。

「開演……交響曲第一楽章、『曙光』」

 剣から広がる波紋が炎を上書きして、光のフィールドが展開された。上空から放射された炎が、うちらに届く前に光とぶつかり相殺される。魔法攻撃では届かないと判断したのかドラゴンが勢いを付けて牙を剥き出し突進して来たが、ジョージアさんがうちの目の前で大剣を使いその鼻先を受け止めた。攻めあぐねたドラゴンは再び上空へ飛び上がる。

 フィールドから音楽が鳴り始めた。ささやかな、妖精の鼻歌のような旋律。交響曲と言うにはか細い音だが、それに呼応して光が広がっていく。

 一度光を消費した剣が再び強く輝いた。

「交響曲第二楽章、『閃光』」

 フィールドから無数の光の柱が上がる。天高くまで届いて、触れたドラゴンの羽先を焦がす。ドラゴンは呻き声を上げながら、憎しみのこもった赫赫とした炎を吐き出した。炎は光の浄化を突き抜けて来たが、サッシュとクルトの水魔法によって消火される。

 音楽が少し大きくなった。剣は光を集めながら、柔らかく揺らめき始める。

「第三楽章、『燦々』」

 音楽は誰の耳にもはっきりと聞こえるようになった。澄んだ美しい旋律に、アリアさんが涙を零す。

「『御光の讃歌』、これが、原曲の……」

 光の柱で羽が傷付き、とうとう飛べなくなったドラゴンが落下してきた。その体目がけて、うちは剣を構える。

 オーロラの如き虹の輝きをまとい、限界まで集めた光を零しながら、直視できない程輝く剣先。上空にあった雲は全て消え、燦々と降り注ぐ太陽の光が更に剣を煌めかせる。

 その切っ先が胸元を捉えると同時に、ドラゴンは口を開き強烈な破壊光線を繰り出した。防御魔法を打ち破り、浄化も消化も間に合わず、もう駄目だ、と思った瞬間。

「門よ、開け!」

 コト姫様の声がして、うちの目の前にぽっかりと穴が現れた。破壊光線は穴に吸い込まれ、城下から爆破音がする。穴が消えた後に見えたのは、驚きの表情を浮かべるドラゴン。その胸には、しっかりと剣が突き刺さっている。

 皆にここまで繋いでもらった。ここからは、うちが返す番。

 これで……終わりだ!

「第四楽章……『極光』!」

 詠唱を終えた瞬間、剣を中心に光の爆発が起きた。いや、そう感じる程の眩い光が放たれた。

 ドラゴンの断末魔は演奏に掻き消され聞こえない。辺りに鳴り響くのは、光の音。聞こえるはずのない音。別世界の電子楽器の演奏に近いけれど、それよりも優しくて、温かい音。

 光は周囲数キロの闇属性を持つ魔物を浄化し、跡形も残らず消し去った。暗かった森には光が溢れ、地面が淡く発光している。

 そして空には、昼間だというのに大きなオーロラが揺らめいていた。

 役目を終えた剣が、光を失い床に転がる。それと一緒にうちもふらっとして、鼻が焦げ臭い絨毯にくっついた。

「カナタさん!」

「カナタ姉!」

 アリアさんがすぐ駆け寄って来て、治癒魔法をかけてくれたけれど、全然力が入らない。これってもしかして。

「魔力が減って動けないのだろう、魔法の無駄だ、それより俺達の怪我を直してくれ」

 流石ジョージアさん、判断が早い。ごろりと向きだけ変えられて、何とか動く口でほにゃほにゃと「大丈夫だから」的な事をアリアさんに伝える。

「なあ、治療の前にさ……この城、崩れそうなんだけど」

「……そういえば、姫様が移動させた敵の攻撃、下の方に当たったんだっけか」

 クルトが恐る恐る窓から階下を確認する。それと同時に、床が傾き始めた。

「……一階が、半壊してる」

「治療は後回しだ、総員脱出するぞ! 農家は俺が運ぶ、弟は自力で走れるな、コト姫様はシスターが抱えろ!」

「はっ、はい」

「姫様、失礼致します!」

「わっ、お姫様抱っこだー!」

「おれが踏んだのと同じところ通れよ!」

 がらがらと崩壊する石壁。徐々に下がっていく床と階段。下から崩れているのだから、当然最後の方は道が無くなっているわけで、うちらは覚悟を決めて二階相当からジャンプ。風魔法の援助もあって全員無事に着地し、今度は空から降って来る建物に潰されないように全力で逃げ出した。

「あっそういえば剣!」

「拾ってあるから! 心配すんな!」

「良かったぁ、ヒカドラさんに返さなきゃ」

「よし、治癒の泉まで全速力だ!」

「それは流石に、体力が持ちません……」

「ひーっ、はあ、ちょ、皆さん、はや、待って……」

「おせーぞクルト! ほら、負ぶってやるから!」

「きゃー早ーい! 勇者様は飛脚さんだったのね!」

「ひきゃく……?」

 行きよりも賑やかになったうちらは、またわいわいやりながら、未開の森を駆け抜けたのだった。



 ヒカドラさんを見たクルトとコト姫様は、最初こそ怯えていたが、うちらがフレンドリーに話す姿を見て別れの時には涙を流す程仲良くなった。伝説の剣を返し、次は白砂糖を持って遊びに来る事を約束して、二晩の宿泊の後旅立った。


 未開の地を抜け最東端の村に着いた途端、待ち伏せしていた王国騎士団に出迎えられた。何でも遠目に魔王城の崩落を確認し、「勇者様がやってくれた!」と大盛り上がりだったらしい。姫様の無事を確認する前にこれとはずいぶんポジティブだなぁ、と思ったが、伝説と同じようにオーロラが出た事から確信したそうで。

 本当は早く村に戻ってのんびりしたかったのだけれど、姫を救った勇者様を世間が、国が放っておくわけもなく。凱旋パレードをするからと、うちらは騎士団に無理やり王都へと連れて行かれるのだった。

 あともうちょっとだけ、続くんじゃ。

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