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転生7話・その頃のクルト

 人間日の光に当たらないと、何だか暗い気持ちになるものだ。

 魔王城の地下牢に入れられて何日経っただろうか。魔物の出すご飯は味付けもなくただ焼いただけで美味しくないし、隣の牢に囚われている少女が延々泣き続けているし、本当に気が滅入る。

 牢の中で出来る事なんて何もなくて、クルトはここ数日ずーっとぼーっとしているだけの毎日を過ごしていた。けれど、こんなに何日も人と話していないのは初めてで、ああもう誰でも良いから話がしたいなあ、と思い始め、実行に移すのも時間の問題だった。

 性懲りもなく泣き続ける隣の牢の少女に、声をかける。

「ねぇ、君。俺、クルトっていうんだけど、君の名前は? どこに住んでたの?」

 すると少女は泣き止み、震える声で返事をする。

「……コト・クラリス・オールドリッチ、第三王女。別荘にお泊りしてたんだけどね、お花畑に遊びに行ったら、魔物さんがいっぱい、出てきて……うっ、ひぐっ、うえええぇ……」

「あー、ごめん、嫌な事思い出させたな……」

 村にも年下の女の子はいたし、世話もしてきたが、クルトはお年頃である。本当なら異性の相手は苦手だ。でも、ここには彼女しか話し相手はいない。王家の姫だろうと、何だろうと。

「……なぁ、姫様って確か、空間魔法が使えるんじゃなかったか? それで、ここから出られるんじゃないのか?」

 空間魔法。光属性の大魔法にあたる強大な魔法で、使うには生まれ持っての才能が必要。今では王家や一部の貴族の血筋のみが使う事が出来る特別な力だ。第三王女様は特に素晴らしい才能を持っているらしく、辺境の村にもその名が伝わる程である。封印魔法でもかけられていなければ、脱出は容易いだろう。クルトにかけられていないのだから、彼女も同じ状況である可能性は高い。

「……気付かなかった。クルト、凄い、頭良い」

 王女様でなかったら「真っ先に気付けよ」ときつく言ってしまうところだったが、クルトは堪えた。

「門よ、開け!」

 隣の牢から『印』の発光。同時にクルトの背後にぽかりと空間の穴が開く。そこから、ひょっこりと十歳程度の少女が姿を現した。王家の特徴である薄桃色の髪、汚れているけれど質の良さそうな黄色のワンピース、間違いなく彼女がコト王女だろう。

「出来た! あなたがクルト?」

「お目にかかり光栄です姫様。でも欲を言うなら……牢の中を移動するのではなく、外に出るべきかと」

「ふぇ?」

 こうしてクルトは、牢屋内に話し相手を得た。


 食事を持ってきた魔物がいつの間にか移動しているコト王女を見てぎょっとしたが、牢屋からは出ていないからOKと判断したのか、いつも通り食事を置いて何も言わず去っていった。

 一方のコト王女は遊び相手が出来た事で真の目的を忘れているのか、あれ以降魔法を使おうとする素振りが見られない。クルトは呆れながらも、律儀に姫様が始めたおままごとに付き合っていた。

「パンがなければケーキを食べれば良いじゃない。シェフに作らせたケーキがこんなにありますもの、さあお食べになって!」

「わーい、ケーキだー、頂きまーす」

「食べたな? では話してもらおうか。奴を殺害したのはお前だなぁ!」

「違います、俺は何もやってない」

「嘘をつくな! お前があの時現場にいたという証拠は挙がっているんだぞ!」

「誰かに嵌められたんだ、俺じゃない」

 何だろうこれ、何ごっこなんだろう、と次々繰り出される謎のシチュエーションに混乱しながらも、クルトはどうやって脱出の話を切り出そうか考えていた。

 ショートケーキ、ではなくただ焼かれた肉とただ焼かれた野菜を食べながら、コト王女にも休憩を促す。彼女は差し出された食事を何とも言えない顔で眺め、渋々手に取った。それは姫様にこの食事は辛いだろうなあ、だったら早く脱出すればいいのになあ、と思ったが咀嚼中なので口に出せない。

 二人食事を終えて、器回収の魔物が来る前に話を進める。

「なあ、姫様、また魔法使えば、この牢屋、いや魔王城自体から脱出できるんじゃないのか? あと三十分くらい見張りも来ないし、やるなら今だと思うんだが」

「え? 知らないの? 迷子になった時はその場から動かないのが一番なんだよ。探しに来た人とすれ違っちゃうと見つかるまでもっと時間がかかっちゃうんだから」

「うん、それは正しいんだけどさ。ここまで探しに来るの大変だと思うんだよね。だから見つけやすい場所に移動した方がいいんじゃないかと」

「うーん、でも、でもね、わたし、魔法の制御が苦手なの……どこに繋がるかわかんないの……」

「えっ」

 じゃあ、ここに移動出来たのは偶然の成功だったのか? 差した希望の光が消え始めて、クルトは酷い不安に駆られる。

「……一回、試しにやってみてくれ、城の外に繋げてほしい。失敗しても怒らないから」

「う、うん。――門よ、開け!」

 扉の『印』が開き、空間の穴が現れる。向こう側に見えるのは薄暗闇。もしかしたら外かもしれないので、一旦クルトが身を乗り出してみる。

「……行くぞ、姫様」

 上半身を戻して、コト王女に手を差し伸べる。王女はごくりと唾を飲んで、そっとクルトの手を取った。見張りが牢屋部屋の入り口を開けた音がした。急いで二人、穴の中へ飛び込む。見張りが到着する前に穴は閉じて。


 クルトとコト王女は、魔王城のどこかの廊下へ移動した。



「……ふぇ、」

「頼む、堪えてくれ、無事に帰れたらお菓子いっぱいあげるから」

「ふにゅむぐぅ……」

 コト王女が魔物を見て泣きそうになる度にこうやって口を塞がせ、そろりそろりと廊下を進む。近くにあった木箱を被って、穴を空けて外を見ながら、中に人が居ると気付かれないように移動を繰り返す事……何分経っただろうか。

 どうやら移動したあの廊下は牢屋部屋と同じ階、反対方向の物置前だったらしく、時折粗大ごみを置きに来る魔物とすれ違うだけで、あまり危険もなく周囲を探索する事が出来た。ついでに地図も入手したので、魔物たちの目さえ掻い潜れば本当に魔王城から脱出出来る。隙を見てもう一度空間魔法を使ってもらえば、もっと早く出られるかも……

 なんて考えていた時、けたたましい鐘の音が鳴った。

『人質が逃げたゾ! 探せ! 探せー!』

 上階へ上がる階段の前に待機していると、その上階を激しく駆け抜ける大量の足音。幸いクルト達には気付かず素通りしていったが、その数の多さと、恐らく上がったであろう警戒度に、クルトは再び頭を悩ませた。

「……姫様、もう一回、魔法、お願いします」

「ふぇ、う、うん、わかった。門よ、開け!」

 開いた穴の行き先を確認せずに、木箱毎飛び込む。どさり、と地面に落ちた感触を確認して、そっと物見穴から周囲を確認。

 見えたのは、牢屋の見慣れた鉄格子。しょんぼりした顔をしている見張り魔物。

 クルトはそっと木箱を取って、戻って来た我が牢の景色を目に焼き付け、涙した。

「……ただいま、看守さん」

『おかえ……エエエッ!? どっから戻って来た……いやまあ、ウン、おかえりなさイ……』

「あれ? 戻って来ちゃった、また失敗しちゃったあぁ~うわぁ~ん」

 こうして脱走計画は頓挫して、クルトの牢屋には姫様と木箱が増えた。



 先日の脱走騒ぎを重く見たのか、クルトの牢屋生活は徐々に改善されていった。緑が見たいと言えば観葉植物の植木鉢が届けられ、飯が美味しくないと言えば魔物コックがレシピを尋ねに来て、玩具が欲しいと言えば魔物手作りの木製人形が手渡される。村での生活とは当然比べ物にならないが、当初の辛い牢獄生活から比べれば大分増しになった。

 塩も砂糖もないが、肉と野菜の出汁、そしてハーブである程度美味しくなったスープにパンを浸しながら食べる。コト王女もこの素朴な味わいが気に入ったのか、近頃お代わりを要求するようになった。

 訳のわからないおままごとの相手でも、話し相手が居る環境と言うのは心に優しい。来るかわからない助けを待つ不安も少しは和らぎ、姫様の理不尽シチュエーション相手に笑えるようにもなった。

 そんな中でも着々と、不安定な魔法に頼らない方法での脱出計画を練っている事は、コト王女含め魔王城の誰も知らない。


『侵入者! 侵入者ダー!』


 カンカンカンとけたたましく鐘が鳴る。助けが来た、直感でそう悟ったクルトは、木箱の下に隠していた地図を取り出し素早く服の中にしまう。そして何事かと外の様子を見に駆け出した魔物看守の腰から、風魔法で気付かれないようにそっと鍵束を抜き取った。

 ふよふよと手元にやって来た鍵束の中から、自分の居る牢の鍵を探し出しがちゃりと開錠。

「行くよ、姫様、助けが来たんだ!」

「ふわっ……!?」

 コト王女は途端に顔を輝かせて、開いた扉へ向かって駆け出す。その頭に木箱を被せ、クルトと姫様は牢屋部屋を後にした。

 警備が手薄になる場所を通って、騒ぎの中心地へ。出来れば自分か姫の知り合いだと良いな、と考えながら、クルト達は再びのスニーキングミッションを開始した……。

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