転生6話・再集結! 魔王城を目指して
サッシュと一緒に村を旅立って、あちこちの町で情報収集をしながら、ジョージアさんが居るらしい王都へやって来た。
「うおおお……すっげえ……!」
さっきからサッシュは知らない物を見る度にこう言っている。ずっとこれしか言っていない。
でも、流石は国一番の都、村が千個は必要なんじゃないかっていうくらいの人の量と、石造りの迫力ある立派な建物。出店に並ぶ商品はどれも高級品で、国中のグルメにお腹が鳴るけど手が出せない。
『ドラゴンスレイヤー』が泊っているという宿屋に向かったけど、外出中だと聞いてまた街をうろうろ。
「あっ、カナタさーん、サッシュさーん!」
街の外れの大きな教会の前を通りかかった時、聞き覚えのある声に呼び止められた。駆け寄ってくるスリットの深いシスター服。お玉を手にしたアリアさんだった。
「お久し振りです、お元気そうで何よりです」
「アリアさん、探してたんだよ! 何してたの?」
「今日は司教様が説法をされる日で、集まって頂いた方々に配給を……折角ですから、お召し上がりになりますか?」
「話聞いてないのに悪いよ……」
「何食えるんだ?」
「温かいシチューですよ、今お持ちしますね」
「やった!」
サッシュくんは食べ物に困っていた時期があるから、こういう時は遠慮ないよなぁ……。
教会の周りで地べたに座りシチューを食べる人達の隣に、真似して座る。この辺りの人々の服装は豪華だった大通りと違って、継ぎはぎがあったり、泥で汚れていたり、労働者階級って感じ。教会の配給にはたくさんの人が群がっていて、やっぱり裕福ではないのだろう。こんな狭い街でこんなに格差社会があって、都会は怖いなって思った。
うちらにシチューを渡すと、アリアさんはすぐに別の人に呼ばれて鍋の方へ戻っていく。話がしたかったんだけど、落ち着くまでは無理っぽい。
「はぁーうめぇー! 田舎のとは違うなあ、バターケチってない味がする!」
悪かったな貧乏農家で。でも、うちも一口飲んだだけでぶっちゃけ同じ感想を持った。この教会儲かってるなぁ……。
折角だから、近くにいる人たちにジョージアさんを知らないか聞いてみると、おっちゃんが「鎧姿の男ならさっきあそこの酒場で見たぜ!」との情報をくれた。シチューを飲み干してごちそうさまを言って、聞いた店名を探しに歩き出す。
その酒場は大通りの一本裏にあって、小奇麗だけど格式は低そうな外観。出てくる人の服装は落ち着く感じで、入り易そうだったから躊躇なく扉を開ける。中をきょろきょろ見渡して、角の席に鎧の大男を見つけた。
「マスター、ミルク二杯、砂糖多めで!」
注文の声に鎧がカタリ、と反応する。うん、ジョージアさんだな。
「久しぶりジョージアさん、いきなりで悪いけどうちらお金ヤバいからここ奢ってね!」
「……こんな所まで何しに来た、それとも、何かあったか」
おや、怒られない、溜め息もない。そっちこそ何かあったのかと聞きたくなったが、まずはこっちの事情だ。
「クルトが……カナタの弟が魔王に攫われたんだ!」
「魔王、だと?」
サッシュの言葉に、ジョージアさんが顔をしかめる。ついでに、酒場にいた他の冒険者っぽい人達もこちらを向いた。
「……この国の姫が魔王に攫われたのを、知っているか? 今王都には、魔王討伐のために多くの冒険者が集められている。当然情報も集まるから、俺は魔王城の正確な位置を知るために王都中の酒場を回っていた。つい先日、信頼できそうな情報が入ったところだったが……それによると、魔王城は未開の大地の向こうにあって、そして、
魔王は、赤いドラゴンの姿をしているらしい」
「それって!」
「……俺の仇だろうな」
「おい、仇って何だよ、おれ聞いてねえぞ!」
大声を上げるサッシュを宥め座らせる。丁度ミルクが来たので飲ませた。
「シスターもこの街にいるのは知っている。詳しい話は全員揃ってからだ」
ジョージアさんが呆れツッコミをしない理由がわかった。緊張しているのだ。仇の居場所がわかって、出立の準備を進めていて。
緊張するのは悪くない。集中力になるなら問題ない。でも、硬くなってちゃ良くない。だからここは一発、明るく行こうじゃないか。
「何はともあれ、勇者パーティー、再結成だー!」
「目立つから喋るな。今街には情報に飢えた冒険者が集まっているのだぞ」
「これ白い砂糖か!? すげえ甘い! 美味い!」
「おっ、もしかしてうちが思ってるよりお高かったりしますか……?」
「勝手に奢りにしておいて今更何だ。これくらい払えるだけの稼ぎはある」
「さっすが大人!」
「小僧はともかく貴様も大人だろう……」
時々忘れそうになるがこの世界では十五歳で成人である。うちは今十六歳、お酒も飲めちゃったりするが口に合わないのでお店では頼まない。あとどうでもいい話だが、二十歳までに結婚していないと行き遅れと言われるそうだ。恋愛する気は無いけど、そういう目で見られるのは嫌だなぁ……。
サッシュのお代わりを待って、ジョージアさんにお勘定してもらって酒場を出る。来た道を戻って教会でアリアさんを探したけど、おっちゃん達が「エロいシスターなら反対の教会の手伝いに行ったぜ」と大通りの向こうを指差した。折角の合流チャンスなのに何やってるんだろうアリアさんは。仕方がないので街の反対側目指して歩き出す。
と、その途中で農具の屋台を見つけて思わず釣られてしまったうちとサッシュ。
「おぉ~、オールステンレスの鍬……カッコいい~」
「すっげえ切れ味良さそうな鎌だな、今なら砥石も付いてくるのか」
「うわ、電動草刈り機あるじゃん、ハイテク……こっ、これは!」
ちょっと大型の機械に付けられた名札を見て、うちは震えた。
『自動散水機』
「あるじゃん! スプリンクラーあるじゃん!」
「ど、どうしたいきなり、何だよすぷりんくらーって」
「自動で! 広範囲の! 水やりが出来る機械だよ!」
「マジか!? おれの毎朝の苦労は何だったんだよ!」
「ほんとだよねぇ!?」
「……貴様等、値段は見たか。機械式農業は最先端の技術だ、農業貴族や豪農でもなければ手が届かないはずだぞ」
ジョージアさんに言われて、二人、値札を探す。
「きっ……金貨百枚……!?」
「おれの給料百年分じゃねーか! マジかよ!」
我が家の総所得でも五年分である。いくら便利でもこんなの買ったらしばらく極貧生活だ。
泣きながら屋台を離れて、本来の目的だった教会へ。アリアさんは、こっちでも炊き出しをしていた。
「あっ、ジョージアさん! お久し振りです、また四人でお話しできて嬉しいです」
「喜んでいられる状況ではないがな……」
泣き腫らすうちらと難しい顔のジョージアさんを見て、アリアさんは慌てて相談室に案内してくれた。いや、うちらが泣いてる理由は、あれなんだけど。
今度はポトフを貰った、涙を拭ってありがたく頂く。ウインナーの肉汁が溢れて美味しい。サッシュがお代わりを要求しようとするのをジョージアさんと一緒に頭を叩いて止めた。
「それで、カナタさん達は何故王都へ?」
「それが……」
クルトが魔王に攫われた事、魔王がジョージアさんの妹の仇である事、そして……今回の旅の目的が、魔王討伐である事を話した。それを聞いて、アリアさんはしばらく目を見開いていたが、そっと胸の前で手を組んで、祈りを捧げた。
「……魔王による被害の相談は、私も数多く伺っております。魔物による被害も年々増し、その多くが魔王の傘下のものの仕業であると言われています。魔王は強大な力を持ち、我々が打ち倒したドラゴンの比ではないでしょう。ですが、誰かが打ち倒さなければならない。
成し遂げましょう、我々で。弟さんの救出と、妹さんの敵討ちのついでに、世界を救いましょう!」
「ついでがでかいなぁ」
「足手纏いが一番でかい口を叩くとはな……」
「わ、私だって、あの後厳しい修行を積んだのです! もう足手纏いにはなりません!」
そう言うと、アリアさんはスリットをひるがえし、太腿からナイフを取り出した。
「時代は戦えるシスターです! 回復だけでなく攻撃魔法を身に着けた私に隙はありません!」
「……そんなに言うなら、腕試しだ。外に出ろ」
「望むところです!」
何だかアリアさん、前と違って好戦的になったなぁ、なんて暢気に考えて、教会を出る二人の後をのほほんと追った。
そしてうちとサッシュは、現実を思い知らされる。凄まじい闘気、巻き起こる突風、抉れる地面。
どうやら、この一年農家しかやって来なかったうちらが、一番弱いらしい。
「……中々やるようになったな」
「えへへ……カナタさん!? どうしました、流れ弾が当たってしまいましたか?」
ぼろ泣きするうちに駆け寄るアリアさん。辛い、強者の優しさが辛い。
「……魔王城の前に、修行しますぅ~……うわあああん!」
「ジョージア……魔王城まで、一番厳しいルートで頼む……」
「……ああ、わかった」
色々察したのか、ジョージアさんは優しくそう言った。
王都を旅立って六日、人類居住最東端の村を越えて、未開の地にての野宿五日目。荒れ放題のジャングルは暗く、夜行性の魔物が昼も活動し、草陰からいつ敵が飛び出してくるかわからない。辛うじて入り口の制限された小さな洞穴にテントを張り、交代で見張りをしながら数時間眠るのが唯一の安息。ああ、ジョージアさんの鬼の修行を思い出す。しかもこっちの方が、魔物が強い。流石は人が住む事を諦めた土地だ……。
「……魔王城って、あとどれくらい先なの……?」
「このペースで進んであと一週間というところだな」
「休みなしで……一週間……だと……」
「修行も兼ねているからな、これでも最も厳しく最も早いルートを選ばせてもらった」
「未開の地は、神の御恵みも豊富な地……居るだけで、力も満ちて、早い成長が見込め、るはず、で、すぅ……」
「アリアさん!?」
森を進行中、雑談の途中で突然アリアさんが前のめりに倒れた。棘に顔から突っ込む前に、辛うじてジョージアさんが受け止める。
「……疲れが溜まっていたようだな。この先に開けた場所があるはずだ、そこまで運んで、休憩を取るぞ」
アリアさんを抱えたジョージアさんの代わりにサッシュが先導を務める。少し進むと森が突然開け、広い湖と遺跡が現れた。
飲める水かどうかチェックしようとうちが湖畔に近付いて手を浸した瞬間、湖がざわりと揺れて、光る。光はうちの体まで伝わって、擦り傷も、肩こりも、疲れも一切合切消し去った。
「……ほぁ?」
ちょいちょい、と二人を呼んで、アリアさんを湖に浸してみる。また光が走って、アリアさんを包み込んで、収まったら目の下のクマは綺麗に消えて、ぱっちり目を覚ました。
「ここは……光の神殿跡だな。永遠に消える事のない治癒魔法の泉、噂は聞いた事があったが、実在するとは」
「何で未開の地なのにこんな建物みたいなのがあるんだよ?」
「神が降り立ち、自らの住処を造ったのだと言われている。未開の地には他にもいくつかの神殿跡があるが、ここが一番大きいと言われていて、光の神が最初に地上に降り魔法を広めたと言われる根拠になっている」
この世界の神話は村の教会の授業でさらっと聞いた覚えがある。昔、地上には魔物がわんさかいて、人間は魔法を使えなくて、じゅうりんされる一方だった。けれどある日天から光の神が降りてきて、大地に魔法をかけた。その力で人々は魔法に目覚め、魔物と戦いながらも現在の繁栄を築いた、とか何とか。
で、詠唱の時、天に祈りを捧げてはいるけれど、神話ではこの後神様がどこに行ったのかはわからないとなっている。ガバを感じる。
それは置いておいて、全快したうちらパーティは折角なので小休憩を取るために神殿跡の廃墟の屋根の下で焚火を灯した。ここは周囲が開けているから、突然魔物が背後から! なんて事もなくて安心だ。少なくなってきたコーヒーの粉をお湯に溶かして、コップに注ぐ。うちとサッシュとアリアさんはきび砂糖をどぼどぼ入れて、溶かして完成。あぁ~、甘さが染みるぅ~。
「――伏せろ!」
ティータイムの最中、突然ジョージアさんが叫んだ。急いで壁の影に隠れて、彼の視線の先に意識を向ける。
強い魔力を感じた。ぼんやりと見える、うちと同じ光のオーラ。それをまとう主の姿を見ようと体を乗り出した瞬間、どしん、と強い揺れが起きて、サッシュを巻き込みうちは壁から体をはみ出してしまう。
『オヤ、人ノ子トハ珍シイ』
どこから出ているのかわからない声。黒いドラゴンと似ていて、でもどこか優しさを感じさせる声。
顔を上げると、遺跡の入り口に大きな、金色のドラゴンが立っていた。
全身を硬そうな鱗に覆われていて、頭が三つ、羽毛でふかふかの大きな羽が生えていて、太い四つ足。蛇みたいな目は、吸い込まれそうなほど青い。
うちらを庇うようにジョージアさんが剣を構え前に出る。けれどドラゴンは平然として、首を傾げうちらを物珍しそうに眺めた。
『コンナトコロニ何ノ用ダイ? ココニハ宝モ何モナイ。強イテ言ウナラ癒シノ泉ガ名物ダガ、アレハ持チ出セナイカラネ』
……なんだか、敵意はなさそう。ジョージアさんに剣を下ろして、とジェスチャーし、起き上がって、ちょっと近付く。
「は、ハロー?」
『ハロー』
うちが手を振って挨拶すると、片前足を上げて応えるドラゴン。うん、会話出来る。ノリも良い。振り返って三人にグッドサインを出す。うちらは武装を解除して、ドラゴンの前に出た。
が、ドラゴンはうちだけをきょろきょろと色々な角度から観察している。
『君ハ、転生者ダネ? 見タトコロ「ハロー」ハ挨拶ノ言葉ノヨウダガ、ソノヨウナ言語ハコノ世界ニハ存在シナイ。ナラバ君ハ七次元ノ研究者ニヨッテコノ世界ニ放リ込マレタ別世界ノ住人ト考エルノガ妥当ダロウ』
うっわ頭良さそう。てか初めて転生者って言われた。ななじげんの研究者? とか言うのは、もしかしてあの白い人かな?
「白い人の事知ってるの?」
『当然。私ダケデハナク、コノ世界ノ全テノドラゴン、魔物ハ七次元ノ研究者ニヨッテ産ミ出サレタ。マア、捨テラレタノダカラモウ情ハナイケレドネ、全ク酷イ親ダヨ奴等ハ』
「わかりみに溢れる」
『ソレモコノ世界ノ言語デハナイネ』
くつくつくつ、とどこから出ているかわからない音で笑うドラゴン。うちも一緒に笑っていると、話に付いていけない皆さんが口を開いた。
「なあ、てんせいしゃとか、べつせかいとか、何だよそれ?」
「噂には聞いた事があるが、実在した上に農家がそれだとは、信じ難いな」
「サッシュさん、世界創造の神様は私たちの暮らすこの世界の他に、いくつもの世界をお作りになられているのです。転生者というのは、ここではない世界からやって来た魂の事ですよ」
『オヤ、君ハ敬虔ナ信徒ナンダネ、ソンナ古代ノ聞キ覚エヲスラスラト』
「光の教本は原本にしかない節も多いので、本部の教会の地下に二週間こもり暗記したものです。貴方も信者なのですか? ドラゴンは初めてですが、同じく神を信じる者に種族の壁はありません、御加護があらん事を……」
『イヤ、私ガ光ノ神ナノデネ。教本ハ私ガ口頭デ語ッタ言葉ヲ人ノ子ガ記シタモノダカラネ』
「……え?」
え?
「「「ええぇ~っ!?」」」
ジョージアさん以外の三人が、びっくらこいて飛び上がった。声も動きもないものの、ジョージアさんも目を丸くしている。
「……ドラゴンが、神、だと?」
『聞イタ事ハナイカナ? 私タチハ「光ノ一族」ト呼バレテイテネ、ホトンドノ魔物ガ闇ノ属性ヲ持ツ中、私タチ一部ノ魔物ハ光ノ属性ヲ持ッテ生マレタ。光ハ闇ニ特効ヲ持チ、ソレ故ニ私タチハ魔物ニ疎マレ、ハミ出シ者ニサレ、逆ニ人ノ子ト交流ヲ持ツヨウニナッタ。
人ノ子ハ私タチノ光ニ触レルト魔法ヲ使ウ事ガ出来ルヨウニナッタ。魔法ヲ得タ人ノ子ハ魔物トノ戦イヲ本格化サセ、私タチヲ神ト崇メ奉ルヨウニナッタ。私ハ困惑シタモノダケレド、他ノ光ノ一族ニハソノ状況ヲ喜ブモノモイテネ。ヤガテ人ノ子ト魔物ノ争イニ決着ガツキ、人ノ子ノ領土ガ確定スルト私タチハソノ土地ヲ魔力デ満タシ、魔物ト同ジコノ姿デ人前ニ出ルノハ良クナイダロウト、ソレゾレ僻地ニ姿ヲ隠シタ。
私ガ選ンダノガココ、光ノ神殿。私ヲ奉ッタ人ノ子ガ建テタ私ノ家ダ。二千年モ経ッテボロボロニナッテシマッタガ、愛オシイ我ガ家ダ。人ノ子ヨ……何日泊ッテイク? 兎ノ肉ハ食ベレルカイ? ブルーベリート木苺ドチラノジュースガ良イ? ベッドト湯船ガドコカニアッタハズダカラ探シテクルネ』
言い終わるとドラゴンはうきうきと歩き出し、ずしんずしんと地面を揺らしながらうちらの横を通り抜け、廃墟の奥のだいぶ形が残っている建物に頭を突っ込んだ。がさごそ、がさごそと音がして、ぽんっと頭が抜けるとその口には三台のベッドと一槽のバスタブが。
『壊レテイナイノハ三ツシカナイネェ……足リルカイ?』
「大丈夫です、あの、それ程お構いなく、神様、むしろ私が働きますので……」
『久シブリノオ客サンデ私モ嬉シクテ仕方ガナインダ、好キデヤッテイル事ダカラ気ニシナクテイイヨ。君タチノ焚火ガアルケレド、少シ小サイネ、組ミ替エチャッテ良イカナ?』
森からふわふわと枝が集まって来る。うちらの作った焚火を火種にして、どんどん上に枝が積み上げられて行く。ドラゴンは鼻歌っぽい音を出しながらベッドを火の傍に並べて、バスタブを咥えて泉へ。
……完全に宿の支度をしてくれているみたいなんだけど、ここに泊まる予定はなかったんだよなぁ。
「ドラゴン、悪いが我々は先を急いでいる、少し休憩したらすぐ出立する予定で……」
『ソンナ事言ワナイデ、ユックリシテイッテヨ。ソウイエバマダ聞イテイナカッタネ、オ客サン旅ノ目的ハ?』
段々宿屋の女将に見えてきた。ドラゴンは話しながらも机と椅子を出したり、料理を作り始めたりとせっせとおもてなしの準備を進めている。ジョージアさんは押され気味で、サッシュに至ってはすっかり着席して焼ける兎肉を眺めていた。……良い匂してきたし、うちも座っちゃお。
「うちら、魔王の討伐に行くんだ。この先に魔王城があるらしいんだけど、ヒカドラさんは何か知ってる?」
「ひかどら?」
「光のドラゴン、略してヒカドラ」
『ソウダネ……アレカナ? 三百日前クライカラコノ先ノ山ノ上ニ魔物ガ大キナ建物ヲ作リ出シテネ、趣味ガ悪イナァト思ッテイタノダケレド、オ城風ダッタカラソレガ魔王城カモシレナイネ。同ジ頃カラアノ辺リニハ暴虐竜ノ息子ガ住ミ着イテネ、アレハ破壊ト宝石ト美女ガ大好キダカラ、人ノ子ニ悪サヲ働イテ魔王ナンテ呼バレテモ仕方ナイネ。特ニアノ世代ハ戦争ノ大敗北ヲ知ラナイカラネ』
「暴虐竜の息子、とやらの詳しい情報はないか?」
『息子ノ方トハ面ト向カッテ会ッタ事ハナイカラネエ、親ノ話デヨケレバ。暴虐竜トイウノハカツテ魔物ト人ノ子ガ戦争ヲシテイタ時、魔物タチヲ取リマトメテイタ赤イドラゴンダ。粗暴デ欲望ニ忠実、魔物ノ悪評ノ全テヲ持ッタ、イヤ、全テノ悪ノ始マリト言ッテモ過言デハナイ、魔物カラモ恐レラレル魔物ダッタ。私モ何度カ彼ヲ嗜メヨウトシタ事ガアッタガ、アレハヒトノ話ヲ一切聞カナイカラネ、何ノ意味モナカッタヨ』
焼き上がった兎を大きな葉っぱに載せて、風の魔法でふわりとテーブルに移動。『食器ガ見ツカラナイカラ手掴ミデ食ベテネ、ゴメンネ』と言いながら飲み物の準備をする。……コップもないみたいだから、水筒の蓋出しておこうかな。
「そんなドラゴンが居れば、そちらの方が魔王ではないか。その暴虐竜は、今どうしているのだ?」
着席はしたものの肉には手を付けず話を続けるジョージアさん。一方うちら三人は遠慮なくお肉を味わっている、塩はかかってないみたいだけど、コショウやハーブが良く効いていて、お肉が柔らかくてとっても美味しい。こんな食事久し振りだぁ……。
『暴虐竜ハ千ト八百年前ニ勇者ト呼バレタ人ノ子ニ打チ倒サレタヨ。戦争ニ敗北シタトイウノニマダ諦メテイナイ魔物タチガ彼ノ元ニ集マッテイタソウダガ、コレデ完全ニ終戦ヲ迎エタワケダネ』
「その勇者は、どうやって暴虐竜を倒した? 仲間は何人いた? 武器は? 使った魔法は?」
『四人クライダッタカナ。武器ハ私ガ加護ヲ与エタ物ガ一ツ……ソレ以上ハソノ場デ見タワケデハナイノデワカラナイネ。タダ、息子モ暴虐竜ト近シイ強サヲ持ッテイルト聞イタ、今ノ君タチニハ少シ難シイカモシレナイネェ』
「……光の神よ、手合わせ願いたい」
『ウーン、私暴力ハ苦手ナンダケレドネ。チョットダケダヨ?』
「ジョージア、肉冷めるぞ?」
「食べてくれて構わない」
「やったあ!」
ジョージアさんとヒカドラさんが立ち上がり、湖畔の広間へ移動する。お肉は独り占めしようとするサッシュとじゃんけん勝負している間にアリアさんが四人前に取り分けていたので皆で頂いた。
剣を構え、闘気を放つジョージアさん。対してヒカドラさんは『チョット待ッテテネ』と魔法で泉の水製ブルーベリージュースを絞り、うちらの水筒の蓋に注いで、『準備出来タヨ』と何も変わらぬ様子でどっしりと座る。
「ふーっ……参る!」
ジョージアさんが一歩踏み出し、姿を消した。大剣を振り上げながら、気が付けばヒカドラさんの背後。ちょっと本気出し過ぎで、怪我しないか心配になったけれど、何も問題なかった。
ばさり、一羽ばたきでジョージアさんの体が後ろにすっ飛ぶ。よく見ると羽には風の『印』が浮かんでいる。ヒカドラさんは振り返る事もなくそのまま、どすんと足踏みすると突然地面が輝きだす。
そして、下からのレーザービームがジョージアさんを直撃した。
光が収まって、ジョージアさんは少し鎧に傷がついた状態で出てくる。
『凄イネエ、風ヨリ早イ、人ノ子ノ中デハ随分ト強イ部類ナノデハナイカイ? 思ワズ光速ノ魔法ヲ使ッテシマッタヨ』
「……随分と手加減されたようだな。誉め言葉は受け取っておくが……勇者は、俺のどれくらい上だったのだ?」
『力ハ少シシカ差ガナイト思ウヨ。デモ勇者ニ必要ナノハタダノ力ジャナイカラネ』
「どういう事だ?」
『ウーン……有リ体ニ言エバ勇気ト、諦メナイ心、カナ? アトハ運ダネ』
「……まあ、言いたい事は分かるが、参考にはならんな」
『ソレヨリ怪我シタダロウ、オ風呂湧イテルカラ入ッテオイデ、チャント目隠シシテアルカラ大丈夫ダヨ』
「ああ、そうさせてもらおう」
治癒の泉のお風呂かぁ、泉ジュースも体がリフレッシュする感じがしたけど、お風呂はもっと凄いんだろうなぁ。というか、気が付いたら日が傾いて来たなぁ。
「ジョージアさーん、お風呂の前に、なんかこのまま泊まっちゃいそうな雰囲気なんだけど、大丈夫ー?」
「……ここまでしてもらって無下にするわけにもいかんだろう」
わーいデレ返事頂きました。今晩はこの廃墟ホテルに宿泊だ。ベッドだベッドー、壁はないけど屋根のある部屋でベッドダイブだー。あっそういえば。
「ねぇ、ベッド割りどうする? うちとアリアさんとジョージアさんで使ったらサッシュどこで寝るの?」
「何でおれがハブられるの決定してるんだよ!?」
「ジョージアさん体でかいからこのベッドじゃ一人でいっぱいいっぱいでしょ?」
「お前とアリアが一緒に寝ればいいだろ!」
「女子の特権でソロベッドは常識でしょ」
「体の大きさでしたら、カナタさんとサッシュさんが一緒のベッドを使うのが一番広く場所を取れるのでは?」
うちらの争いに、アリアさんがさも名案みたいな笑顔で割り込んでくる。普通に考えて男女一緒はないでしょ、とツッコみたいが、あまりにも邪気がないので言いづらい。それに、うちらには一年一つ屋根の下で暮らした実績があるし、姉と弟みたいな関係で実際一緒に布団に入ったところで何もないという確証があるから更にツッコみづらい。
「……うん、そうだね」
「まあ……それで妥協してやるよ」
長い熟考の末、ベッド争奪戦は終結した。
サッシュは意外と寝相が良い。この廃墟には魔物が出ないそうなので、久し振りのふかふかお布団で熟睡……したかったのだけれど、やっぱり何時もの見張り交代の時間で目が覚めてしまった。
起き上がって焚火のところへ行くと、ヒカドラさんとジョージアさんがすでにコーヒーを飲んでいる。
『イヤァ、苦イネェ、コレ焦ゲテイルンジャナイノ?』
「焙煎と言って煎ってはいるが焦げてはいない。素材の持つ味だ」
『人ノ子ハオモシロイモノヲ口ニスルンダネェ』
「……どうした農家、眠れないのか。コーヒー飲むか?」
「飲む飲む~」
椅子を焚火横に移動し、熱々のコーヒーを受け取る。きび砂糖をどぼどぼ入れていると、ヒカドラさんが物珍しそうにそれを眺める。
「食べる?」
『食ベル食ベル~』
開いた口に砂糖の塊をぽーい。もぐもぐ、しっかりと味わって、ヒカドラさんはうっとり目を閉じた。
『甘~イネェ。サトウキビヤ甘草ヨリ甘イ。名前ハ知ッテイタケレド、食ベテミルト違ウネェ』
「これより甘い白砂糖っていうのもあるんだよ」
『キビ糖ヲ精製シタ物ダネ。デモ高級品ナンダロウ? ソレヲコンナ僻地ニ持ッテキテクレル人ナンテ……チラッ? チラッ?』
「あははっ、次ここに来る時には持ってくるよ」
『ヤッタァ』
ゆらゆらと三つの頭を揺らして喜ぶヒカドラさん。ちなみに真ん中が本物で、左右の頭は威嚇のための偽物、エラが変形したものらしい。
しばらくコーヒーを飲みながら、寝ている人を起こさないよう静かにのんびり。村の星空も綺麗だったが、ここの星は格別だ。目の前の焚火以外、周囲数キロに明かりはなく、森の木に囲まれぽかんと開いた穴はさながらプラネタリウム。どんな小さな星も見える、気がする。
『……君ハ魂ニ大キナ光ノ器ヲ持ッテイルンダネェ。暗闇ノ中ダト一層光ッテ見エル』
ヒカドラさんが、ぽつりとそんな事を口にした。うちが光って見える、ってオーラの事かな?
『全テノ生キ物ニハ魔力ヲ受ケ入レルタメノ器ガアル。魂ニ根付イタ器ト、肉体ニ根付イタ器。使エル魔力ノ上限ハソウヤッテ決マル。ドンナニ鍛錬ヲ積ンダトコロデ変ワラナイ。
ダカラコノ剣ハ、大キナ魔力ノ器ヲ持ツ限ラレタ者ニシカ使エナイ』
ヒカドラさんはゆっくりと歩き出し、ざぶんと泉へ潜った。ぽこぽこぽこぽこ……と結構な量出てくる泡を見つめる事十分、ざばぁと水面が波立ち金色の頭が現れる。
その口に、何かを咥えて。
陸地に上がり、ぶるぶるんと犬みたいに水気を切って、ゆっくり焚火の傍へ戻るヒカドラさん。そして、うちに向かって咥えていた何かを落とした。キャッチに失敗して一度地面に落として焚火に入りかけたが、うん、大丈夫、ギリギリセーフ。
『ソノ剣ハ「斬魔剣」、私ガアリッタケノ光ノ加護ヲ与エタ、カツテ数多モノ魔物ヲ斬リ倒シ、暴虐竜ヲ討チ取ッテ戦争ヲ終ワリヘ導イタ伝説ノ武器ダ。ダガ、使用ニハ極大魔法以上ノ光ノ魔力ヲ消費スルノデネ、使エソウナ者ガ中々現レナイノダケレド、君ナラ大丈夫ソウダネ』
……え? 伝説の武器ゲットイベ? こんな所で……いや神様の遺跡だから定番か。ヒカドラさんがフレンドリー過ぎて忘れてた。でも、このくすんだ普通の金属みたいな剣が? ジョージアさんの剣の方がよっぽど綺麗だよ?
『鞘カラ抜イテミテゴラン、魔力ヲ込メナガラネ』
半信半疑ながら言われた通りにやってみる。柄を握って、魔力を込めて? 鞘から引き抜く。何か、剣にしては凄く軽い気が。
とか何とか色々、ネガティブな印象は一瞬で吹っ飛んだ。溢れ出る光、あまりにも眩しくて、壁がなかったらサッシュもアリアさんも起きていただろう。夜空に輝くどんな星よりも、満月よりも明るい、光、光、光。
鞘の中から現れたのは、半分程で折れた剣。それを覆うように輝く、鞘よりも二回りも三回りも大きな、凝縮された光の剣。
完全に剣が抜けると、辺りが昼間のように明るくなった。強い魔力で出来た剣は無機物でありながらオーラをまとい、その強さを物語っている。呆気に取られるうちとジョージアさん、『ウワー凄イネェ』と暢気なヒカドラさん。しばらくそんな眩しい時間が進んで、目が痛くなってきたのでそっと鞘にしまう。光が消えて世界は急に真っ黒になった。
「……ごめんジョージアさん、うちが勇者に選ばれちゃった。騎士の方が主人公っぽいのに魔法剣士で主役やっちゃってごめん」
「いや、そんな事は気にしていないが……この剣があれば、魔王を倒せるのか?」
『ソレニ値スル力デハアルネ。本当ニ勝テルカドウカハ君タチノ頑張リ次第ダケレド。
ソレト君ニ、ソノ剣ノ真ノ力ヲ引キ出ス「詠唱」ヲ教エテオコウ』
ヒカドラさんの頭がうちの横に近付いてくる。そして耳元で、二人だけの秘密を話すように囁いた。
「……それって、もしかして」
『ウン、私ノ真名ダヨ。秘密ダケレドネ』
にしし、と二人で笑い合う。また一つヒカドラさんと仲良くなれた気がした。
いつまでも仲間外れにしては可哀そうなので、ジョージアさんを入れてうちはヒカドラさんに以前の冒険の話を始めた。楽しい夜はすぐに更けて行って。
翌朝、焚火の横で寝ていたところをサッシュに叩き起こされた。寝ぼけたままで支度をして、ヒカドラさんが作ってくれた朝ご飯の鹿肉と野菜のスープを頂いて、別れを惜しみながら、それはもうぼろっぼろに涙を零しながら、神殿廃墟から出立した。
「いつまで泣いてるんだよ、今魔物出てきたらどうする気だ」
「だっでぇ~、大親友と何日も離れ離れなんてぇ~」
「たった一日でどんだけ仲良くなってるんだよ……」
「光の属性同士、惹かれ合うものがあるのかもしれませんね」
「貴様等、もう休憩は終わったのだから、しっかりしろ」
これから魔王討伐に行くのだというのに、うちらパーティーはいつも通りこんな感じ。でも、うちは腰に新しく増えた装備の柄をそっと撫でる。
素晴らしい出会いと、新しい力と。思い出と、覚悟を持って。
「ぐすっ。よしっ、待ってろ魔王! 体でも洗って!」
「首を洗って、ですね」
「バカカナター」
「貴様等……」
魔物溢れる未開の森を、わいわい突き進む。胸の内に、それぞれの目標を掲げて。
待っててねクルト。魔王城まで、あと……六日くらい?




