現代5話・最悪の災厄
『人造天仕』になって五年が経った。幾つもの死線を潜り抜けたが、幸いな事にわたしの所属する部隊に欠員が出る事はなく、こうしてこの日を迎えた。
この、最悪の日を。
その日空から降って来たのは、かつて彼方が倒した最悪の『混沌』を彷彿とさせる大きさ、禍々しさ。着地だけで一つの町を消し去り、漏れ出る毒ガスで周辺の町もあっという間に壊滅させた。
近くの部隊の『天仕』達が戦ったが、分厚い金属のような体表を貫く事は出来ず、背中の砲台で撃ち落とされた。
そう、まるで、装甲戦車を生き物にしたみたいな、人を殺す為の『混沌』。
彼方の時よりも、もっと凶悪な、生物兵器。
日本中の『天仕』が一ヶ所に集められた。『人造天仕』の同期達と久し振りに顔を合わせたが、和気あいあいと話が出来る状況ではない。一礼だけして、作戦会議室へ入る。
「この度現れた『混沌』による被害は過去最悪のペースで進行している! 先行した『天仕』部隊は壊滅、よって残存する全部隊による総攻撃作戦を執り行う!」
博士がバン! とホワイトボードを叩いた。そこには、望遠で撮影された『混沌』の写真が張り付けられている。
「件の『混沌』はかつて現れた『砲台付きアルマジロ』の強化版と考えて良いだろう。名付けるならば……『有毒装甲戦車ヤシガニ』だな。おいそこ、笑ったな! 私の天才ネーミングを笑ったな!
こほん。話を戻そう。本作戦の要となるのが、複数『天仕』による同時攻撃だ。現在、単体の火力であの装甲を突破できる『天仕』がいない。その為一ヶ所に攻撃を集中する必要がある。よって『ギフト』の特徴により足止め班、攻撃班と別れて集団行動をしてもらう。いつもと違う割り振りになる、チームワークを鍛える時間もない、だが諸君等は選ばれし『天仕』、歴戦の猛者だ! 世界の平和は諸君等にかかっている!」
ミーティングの後、わたしは攻撃班の方へ割り振られ、メンバーと顔合わせを行った。中には七海さんがいて少し緊張が和らいだけれど、誰も彼もが張り詰めた表情をしていて……今更、凄く怖くなった。
「井藤さん、体が震えてる、大丈夫?」
「……大丈夫、武者震い、だから」
心配して声をかけてくれた七海さんに、震える声でそう返す。自分に言い聞かせるみたいに、ゆっくりと反芻する。
大丈夫。大丈夫。
……彼方も、怖かったのかな。
日が落ちるまでの短い合同訓練が終わって、明日からの作戦に備えて各自体調を整えるように、と一時解散が言い渡された。宛がわれたホテルの部屋の隅で、スマートフォンを取り出し眺める。二回機種変はしたけど、彼方と撮った写真はずっと入れている。
「……彼方、わたし、やっぱり、彼方みたいにはなれないよ……」
彼方は、どうしてあんなに気丈でいられたのだろう。怖かった、辛かった、それは一緒のはずだ。違いなんて……
守りたい恋人がそこに居るか、居ないかしか……。
「怖い……怖いよぉ、助けて、彼方……!」
五年経って、初めて声に出した。涙が溢れて、止まらなくなって、同部屋の人が入ってきてぎょっとされても、気にならないくらい泣き続けた。自分でも訳が分からなくて、どうしようもなくなって。散々、散々泣き腫らして、やっと、覚悟を決めた。気が付いたら、空には満天の星が輝いていて。秋の星空に一筋、流れ星が光った。
駄目なのも、出来が悪いのも、最初から分かってる。でも、今までやれた、やって来た。今は只、目の前の出来る事をやるだけ。
『人造天仕』に立候補したのは誰だ。平穏を捨てて戦いを選んだのは誰だ。彼方との約束を破る事になったとしても、って決めたのは、誰だ。
全部、全部自分だ、誰のせいにも出来ない。この選択を間違いにするかどうかは、全部自分にかかっているんだ。
だったらせめて、やり切らなきゃ。
日が昇って、作戦開始の号令が鳴った。
機体のチェック、装着、試運転、問題なし。『人造天仕』もこの五年でスリムで軽量になった。テスターの人数は総勢三十人になり、全員がこの作戦に参加している。
わたし達の班は前方の砲台破壊を担当する事になった。その後は頭部の破壊任務も命じられている、熟練のメンバーを集めた所謂トップチームだ。
ガスマスクを装着し、『混沌』の上空目がけて一斉に飛び立つ。先行した足止め班が『混沌』を押さえているのが見えた。全員が所定の位置に着いたところで、リーダーが攻撃の合図を――
ぐりん、と生き物じみた気持ち悪い挙動で、砲台が『天仕』達の方を向いた。
「退避!」
誰からともなくそんな声が上がり、砲塔を向けられた数人が持ち場を離れる。当たらない、と判断したのか、すぐさま砲台が動き、こちらを向いた。ブースターで加速し上、射程外へ。またすぐ砲台が動く。
誰もがこれでは埒が明かないと判断しただろう。練習したフォーメーションは崩れているが、リーダーが無理やり一斉攻撃の合図を出した。
羽パーツに魔力を込める。『天仕』達は『印』を描き、攻撃待機、タイミングを計って、着弾が同時になるように発動。
だが、わたし達の攻撃が当たる前に『混沌』の砲台から弾頭が発射された。回避行動が間に合わなかった一人が攻撃を食らい、墜落する。一方、集中砲火を受けたはずの当の砲台部分は、僅かに傾いただけでまだ、発射の機能を保っていた。
仲間の脱落に動揺する者はいない。再び攻撃の合図が発せられ、ずらりと『印』が並び、砲台へ向かって発動。その間に二人落とされたが、今度は砲塔を曲げる事に成功した。
「第一砲台を無効化――」
リーダーがそう報告していた、正にその最中、物理的に使えないはずの砲台が再びぐるんぐるんと回り出す。そしてぐにぐにと、皮膚のように砲塔が柔らかく動き、無理やり中から砲弾が発射された。
勢いの弱った砲弾は誰にも当たる事はなかったが、同様の事態が第二砲台の側でも起きていたらしい、遠くで一人が落下していくのが見えた。
三度の合図。今度は砲台と本体の接続部を狙って、完全な機能停止を目的とする攻撃を行う。着弾、砲台が更に傾いて、装甲の下の筋線維のような生々しい肉体が姿を現した。……何度見ても、この妙な生物感には慣れない、気持ち悪い。
それでも微かに砲台が動きを見せたので、念の為もう一度一斉攻撃。ぶちり、と音がして、今度こそ完璧に第一砲台の無効化に成功した。
次は頭部への攻撃、なのだが一部に息の上がっている『天仕』が見受けられた。残存魔力が少なくなっているのだろう、出来れば一時撤退したいところだが……『混沌』はそれを許してくれない。
口と思われる部分が光り出した。何事かと思った次の瞬間、強烈なビームが足止め班を直撃した。吹き飛ばされる『天仕』達の中に、菜種ちゃんの姿を見つける。ガスマスクが外れ、無事だったとしても毒による死は免れないだろう。
「第二砲台を無効化に成功、本体への攻撃を開始する!」
足止め班に穴が開いた事もあり、攻撃班残存戦力の全てを『混沌』の進行方向側、頭部に集中する事になった。『混沌』は再びビームをチャージしているが、その発射口である部分は装甲がなく剥き出し、非常に危険を伴うが、狙うならそこだ。
上空の『天仕』目がけてぐいと頭を上げた、その瞬間に一斉攻撃。一部の魔法がビームに打ち消され、七海さんの居た辺りが光に飲まれる。口元の痛みでおぞましい音を上げる『混沌』、落ちて行く仲間達。
それでも、戦いが終わるまで悲しむ暇はない。すぐさま攻撃準備に入り、『混沌』の出方を伺う。
六本の足をバタバタと動かし、苦しみもだえる『混沌』。突然その側面装甲六ケ所ががこん、と開き、光り始める。あれは……口のビームと同じ、まさか。
「全員退避!」
誰かがそう言って、皆一斉に高く飛び上がったけれど、六本の光線はそれぞれ別の角度で照射され、足止め班と攻撃班の一部を壊滅させた。
拘束魔法を解かれ、かさかさと前進を始める『混沌』。一方の『天仕』側は脱落者だけでなく魔力切れも目立ってきて、チームの再編を考えなければいけない程に消耗している。
わたしは。まだ、魔力には余裕がある。自分に、出来る事を。何が、一人で何が出来る?
……『ソーラーレイ』は、曲げられる。装甲のない部分、七ヶ所同時に、攻撃できる。
「リーダー! わたしなら、七ヶ所全て同時に攻撃できます! 誘導攻撃が可能な方、魔力に余裕がある方に、協力を願います!」
「……聞いたか! 動ける者は彼女に続け!」
一度、深呼吸をして、『混沌』の真上に陣取る。位置をしっかり確認し、羽パーツに魔力を集めた。皆が『印』を構えているのを確認。障害物で『混沌』の動きが止まる一瞬を狙って、発動。
魔法は薄青色の肉を抉り、七ヶ所から同時に青い血と毒ガスが漏れ出る。『混沌』はまたバタバタと暴れて――
光る口が、わたしの方を向いた。
回避は間に合わず、右側のパーツが全破損。何より、ガスマスクが壊れて、毒が、体の中に入って。
……それと同時に、体中の魔力が活性化するのを感じた。
脳裏に見た事もない『印』が浮かび上がる。力を使えと、心がざわめく。熱い。沸き上がる。
ああ、これが『覚醒』か。
わたしは閉じていた目を見開いた。今、自分の体は宙を舞っていて、『混沌』の背中へ向かって自然落下中。
どうせ死ぬなら、道連れにしてやる。
「――門よ、開け」
地面に向かって『印』を描く。丸の中に一本の縦線、閉じた扉の絵が、言葉によって開く。
ガコン、と大きな音がして、『混沌』の足元に、どこに繋がっているかわからない大きな穴が現れた。穴の向こうは真っ暗闇。不気味な、無音空間。
落ちたらきっと死ぬな。そう思ったけれど、わたしの頭には飛んで逃げるなんて考えはなかった。
穴の縁で必死にもがく『混沌』の背中に降り立つ。そして、全身で思いっきり穴の中へ押し込む。全ての魔力を推進力に変えて、落とす事だけを考えて。
ぐっ、と強い圧が加わった。混沌の前足は地面を離れ、わたし共々、成す術なく穴の中へ。
空を見上げると、満知ちゃんが涙を零しながら、『ギフト』を使ってくれたようだった。
『混沌』を飲み込んで、役目を終えた穴はゆっくりと閉まる。真っ暗闇の中で、わたしは安らかに目を閉じた。
こうして、史上最悪の戦いは終わりを告げた。




