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「……おにいさん、大丈夫?」


 ハヤトの話が終わっても顔を覆って鼻をすするリクを、色んな意味で心配そうにハヤトが覗き込む。


「う、うぅ……せつねぇ!

 そんなの、悲しすぎるよ!」


 大きな体の男が体を揺らして泣き、その肩を慰めるようにしてぽんぽんと叩く少年の姿は、運悪く通りかかってしまった人が3度見して更に数メートル先で振り返る程に奇異な情景だ。


「きっとリラのねぇちゃんは、お前と友達になれたのが嬉しかったんだなぁ。

 だけど、自分は幽霊だから、一緒にいられなくて、お前と別れる決意をしたんだ……っ!

 うぅっそんなの、切なすぎるだろ!」

「もしかしておにいさんって、凄い良い人だったりするのかな」


 袖に顔を押し付けるリクを見ながら、当の本人であるハヤトは落ち着いた様子で呟く。


「そっか。そういう幽霊なら、いてもいいよな。

 うん、全然いい。だけど、せつねぇよ!」


 顔は凶悪であっても、中身は国語の教科書の音読中に涙ぐむようなリクだ。

 ハヤトの話は彼の心を締め付けたのだろう。


「そうだね。おねえちゃんが幽霊でも、俺にとっては一番の友だちだったんだ」

「やめろ! もうそういうことを言うな!

 も、もう、俺の中の水分が失くな……ヒック!」


 リクの目が真っ赤になっているのを見て、手に撒かれたハンカチを返したほうがいいのかと考えたが、きっとすぐにびしょびしょにしてしまうだろうなと思い、小さな手でリクの背中をさする。


「どう? 少しは涼しくなった?」

「もう涼しいのか暑いのか、訳分かんねぇよ」


 ぐずりとリクが鼻をすすり、そんなリクをハヤトが苦笑しながら見る。

 その時だった。


「ん?」


 車もあまり通らない道路の向こう側から、一際大きなバイクのエンジン音がする。

 反射的に見ると、一台の黒い二輪車がこちらに向かってかなりの速さで走ってくる。

 乗っているのはヘルメットも革ジャンもズボンも、全て黒一色の男だった。

 そして、その革ジャンの背中を片手で軽く掴むようにして小さな影が見える。

 風に煽られて、彼の着ている大き目のパーカーの裾がばたばたとはためいていた。

 バイクはまっすぐにバス停に向かってくる。


「な、なんだろう」


 ハヤトが不安からリクに縋るようにして身を寄せ、その動向を見守る。


 キィイイイ、とリクら二人の前で、甲高い耳障りなブレーキ音がかかる。

 ガードレールすれすれに車体を横に付けたバイクから、後ろの人物が革ジャンの男を押すようにして後ろに下がり、音を立てずに軽く地面に降り立つ。

 この暑いのに着込んだパーカーの下には白いシャツと赤く細めのネクタイをしている。

 両手でフルフェイスのヘルメットを外すと、中から現れたのは、汗1つかいていない涼し気な真っ白の肌をした黒髪の少年だ。

 長めの黒髪に隠れた耳からはイヤホンのコードが伸びている。

 アイドルやモデルのような華やかな美しさとは真逆の、アンティークショップの人形のように繊細な目鼻立ちをした彼を見て、ハヤトは思わず目を見開いて、はぁ、と息をつくほどだった。

 しかし、人形と形容したように大きな瞳は不気味なまでに静かで、深く暗い色をのぞかせている。

 彼は片手でメットを革ジャンの男に投げると、その手を軽く上げる。

 革ジャンの男はそれを受け取ると、同じようにして挨拶を返し、手元のアクセルを捻ってエンジンをうならせる。

 そしてすぐさまその場でUターンをすると、先ほどと同じように轟音を上げながら走りだし、数秒後にはその姿を消していた。

 残された小柄な少年が、二人の方を向き直り、そして僅かに顔を横に傾ける。

 さらりと、滑らかな白い顔の上を、長めの黒い髪が撫でるように流れる。

 耳につけたイヤホンの白いコードが一緒に軽く揺れた。


「誘拐? カツアゲ現場?」

「え?」


 瞳と同じように人間性の感じられない平坦な声にそう問われ、ハヤトが目を丸くする。

 どうやら、リクとハヤトの姿は、他人にはそう映っているらしい。

 もっとも容疑者は目を真っ赤にして泣きはらしているのだが。


「それが弟に向かって言う言葉かよ、兄貴」

「えぇっ!?」


 しかめっ面でそう返すリクの言葉に、ハヤトが驚きのあまり立ち上がる。


「弟!? 兄貴!?

 えぇ!? 兄弟!?

 ……おにいさんたち、どっちか川で拾われたの?」


 片やギャングすら距離を置くような凶悪面、片や花も恥じらい崖に身を投げそうな美人。

 ハヤトの疑問はもっともである。

 もう二人にとっては大分慣れた反応だったが、小学生の純粋なその感情に、リクがさらにしかめっ面を歪める。

 リクの兄・ハルは、まるで自分の進む方向にある方が悪いと言わんばかりに、二人との間を遮るガードレールに足をかけて軽々と踏み越える。


「で、いくら搾り取れた?

 ポケットは全部探れよ。最近のガキは小賢しいから、どこにカネ隠してるか分かんねぇぞ」


 そんなことを聞きながら。

 どうやらその容姿とは裏腹に、口のほうはあまりよろしくないらしい。

 淡々とした喋り方も相まってか、リクよりも口汚く聞こえる。


「……兄貴が言うと洒落にならないから。

 しませんよ、カツアゲなんて」


 どういう意味だろう、ハヤトがハルを見上げようとするが、目があうのがどことなく怖くなり、そのまま視線を落とした。


 リクの兄ということは、高校生だろう。

 しかしその身長はリクの頭ひとつ以上小さく、あどけない中学生にさえ見えた。

 なのにその口調や表情、視線には、ハヤトが知っているどの大人よりも大人び、老獪といってもよいほどに鋭く冷たくも感じる。


「悪かったな、待たせて。

 ちょっと街のほうでアホなギャングと鬼ごっこしてたんだ」

「またか。兄貴って奇人変人ホイホイだよな」

「……ギャング? また?」


 どんどん飛び出してくる不穏な単語に、ハヤトが顔を青くさせる。


「で、身代金はいくらだ」

「だから誘拐もしてねぇよ! こいつは……あー」


 ハルがほとんど裾で見えない指をハヤトにさして問うと、リクが語尾を濁す。


「あのさ、兄貴。

 コイツ婆ちゃん待ってんだって。

 それで、日が高いとはいえこんなとこに一人で置いてくのも危ないだろ?

 だから、バス来るまで一緒に待っててあげたいんだけど、だめか?」


 リクが思いがけない提案をする。


「いいよ、おにいさん。俺一人でも大丈夫だって。

 もうあと20分もすればバス来るし」


 この炎天下の中一緒に待たせるのも悪いと思ったのか、ハヤトが手を振って辞退しようとする。

 なによりハルの、物言わず感情が読み取れない視線が怖かった。


「言ったろ。

 この辺りに切り裂き魔が出たんだって。明るくても一人じゃ危ないし。

 なぁ兄貴、いいだろ?」


 弟の言葉を聞き、ハルがハヤトを一瞥する。

 まるで頭の中から体の中身でスキャンされているようになり、思わずハヤトが身をすくませた。


「構わねぇよ。別段急いでいる訳じゃねぇし」


 しかしすんなりとハルが了承する。

 リクはそんな兄に破顔して、ハヤトの方を見る。


「なぁハヤト。

 暇つぶしがてら、兄貴にも今の話聞かせてやってよ」

「え?」


 ハルは彼ら二人に向き合うようにしてガードレールにちょこんと腰を掛けながら、何の話だと伺うように彼らを見る。

 そんな兄に、まるで自分の事のようにリクが楽しそうに説明する。


「なぁ兄貴、コイツ幽霊と友達なんだぜ!」


 その言葉を聞いて、まるで変わらない表情だったハルの目が一瞬見開かれ、気まずそうに長い睫毛が伏せられる。


「そうか。悪かったなリク。

 こんな炎天下で待たせたせいで、もともと少ない脳細胞がここまで致命的なダメージを……」

「いや違うって!

 本当だって、なぁハヤト!」


 自分の弟の脳細胞具合に絶望したハルに、正常アピールするためリクがハヤトに話を振る。


「う、うん」


 その勢いに、思わずハヤトが首を縦に振る。

 頷いたものの、ノリが軽く心優しいリクに比べ、未だ底が知れず鋭い目をするハルに、幽霊話をするのはためらわれた。

 だが、意外にもハルは興味を持ったのか、ハヤトの方に視線を向けると、


「幽霊と友達、ね。面白い。

 是非聞かせてくれないか」


 細いガードレールの上で器用に足を組んで話を促す。

 どうやら逃げ場はないようだ。

 ハヤトは嘘を付いているわけではない、悪いこともしていない。

 ただ会ったことを話すだけだ。


 それにもしかしたら。

 ハヤトは僅かに心のなかで期待する。

 もしかしたら、あの日何があったのか、自分が出会った少女の正体が何なのか、解き明かされるかもしれない。


 会って数分、目の前にいる不思議な少年の中に、ハヤトはどこかリラに似たものが見えた気がした。


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