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プロローグ

『ライブ ザ・リッパーズ・ストリート』本編を先に読んで頂くことを推奨します。

 夏の夜は独特な匂いがする。

 それが祭りとなれば尚更だ。

 いつもは閑散としている暗い丘の道に並ぶ屋台や浴衣の裾が翻る風景は、それだけで異空間のようだった。

 夜空に浮かぶオレンジ色の提灯の明かりが熱気と夜風に揺れ、等間隔で飾られた笹の葉につるされた色彩豊かな短冊が、さらさらと涼し気な音を奏でている。


「血が出ちゃってるな。痛むか?」


 ハルはリクの手を取り、その白く細い指先で弟のすりむいた手の平についた砂を優しく落とす。


「別に」


 それを見ながら、リクがぶっきらぼうに答える。


「なんだ、まだ怒ってるのか。

 兄ちゃんが悪かったって、さっきから言ってるだろ?

 機嫌直せよ」


 頬をふくらませ、見るからに機嫌の悪さをアピールする弟にハルが苦笑する。


 約束破る方が、悪いんだもん。

 リクは心の中で呟く。


 小学校も5年生だというのに、リクはいつまでもハルの後をついて歩いていた。

 勿論リクにも友達がいないわけではない。

 だがリクが最も優先する人物は、忙しい両親の代わりに彼の生活を担っている一つ上の兄だった。

 生まれてからずっと一緒だった。

 そしてその生活はいつになったって変わらないと、リクはそう思い込んでいた。

 しかし優秀な兄は最終学年になると、入ってもいないクラブや委員会に駆り出されたり、さらには先生にまで頼られ出し、一緒に帰れなくなるどころか暗くなってから帰宅することも多かった。

 今日も一緒にお祭りに行こうと約束したのに、兄が帰ってきたのは約束した17時を30分も回った後だ。

 兄が用意して丈を合わせてくれた浴衣を着て玄関口でふてくされているところを、息を切らせて帰ってきたハルが見つけ、急いで準備をしていざお祭りに来たのだが、リクの機嫌は直らなかった。

 そのうえ拗ねて下を向いて歩いていたせいで、他人にぶつかり転んで怪我をする、といった始末だ。

 ハルがじっとのぞき込んでいるのが分かったが、リクはつんと顔を背けて黙っていた。


「ハンカチハンカチ……あ、そういえば」


 そんな彼を見ながらハルは、懐からハンカチを出そうとするが、ふと思い立ってリクの手を引いて歩き出す。


「兄ちゃん?」


 突発的な兄の行動に、リクは引かれた手に従って人の間を縫うようにして歩く。

 真っ黒でさらりとした髪の毛と浴衣の襟から覗く真っ白の項を、リクが仰ぐようにして目で追う。

 猫のようにするすると人の間を抜けてたどり着いたのは、射的の屋台だった。

 赤い3段のひな壇には、安っぽい菓子の箱や流行りのアニメのぬいぐるみが並んでいる。

 それだけではなく大人への集客効果を狙ったのか、高そうな香水の箱やライターなど、大人が喜びそうなものも景品として並んでいた。

 その一番端にあるのは、子どものリクでも知っているブランド物の絹の白いハンカチの入った箱だった。

 派手なポップアップには『目玉景品!!』と書かれている。


 しかしそう簡単に取らせる気はないのか、煙草の箱よりも薄いその箱は、広い面を下にしてぺったりと置かれ、狙いにくいどころか、当たったとしてもその衝撃で落とすことは難しそうだった。

 にも関わらず、ハルはさっさと1回3発の銃弾を買い、銃身を見もせずにいかにも軽そうなスポンジ弾を込めるとハンカチの箱に狙いを付ける。


「に、兄ちゃん、無理だよアレは」


 くいっと兄の浴衣を引っ張るが、彼は既に銃を構えていた。

 誰もが落とせるわけがないと注目すらしていない中で、躊躇いもせずにハルが一発目を打ち込む。


「あっ!」


 弾はハンカチの箱のちょうど角にぶつかる。

 軽いその箱は、押されてくるくると回りながら台の端まで移動する。

 しかし弾丸の方が軽すぎた。明らかに力不足で箱を押し出すには至らない。

 回転が終わろうとしたその瞬間、既に込められていた2発めが箱の端に当たる。

 決定打だった。

 再び勢いを付けた箱が、そのスピードのまま台の後ろに落ちる。

 だるそうに見ていた射的場の店主が、目を丸くする。

 偶然見ていた隣の子供が叫ぶ。


「すっげぇ!! 落とした!」


 その歓声に人が集まる。

 どうやらチャレンジした客は思ったよりも多かったようだ。

 人々の視線の中、店主が拾ってきたハンカチの箱をハルが受け取る。

 大人も子供も、この小さなスナイパーを囲んで口々に驚嘆と賞賛を口にしている。

 その中でライフル型の銃を肩に担いだハルは、リクの方だけをまっすぐ見て、ニッと笑う。

 大人びているくせに、たまにあどけなくイタズラっぽい、この兄の笑顔がリクは大好きだった。

 リクは先程の不機嫌も擦りむいた手の痛さも忘れて、歓声を上げながら興奮気味に兄に飛びついた。


 器用に手に撒かれた絹のハンカチを見ながら、リクは興奮気味に「凄い凄い」と繰り返す。

 機嫌を直すのに効果的すぎたな、と苦笑しながらハルが、巻いたハンカチの上から優しくぽんっと叩く。

 ハンカチは二枚組だった。おそろいだな、と言ってハルは使っていない方のハンカチを懐にしまう。

 ちょうどその時だった。

 

 ドンッ


 会場の端にしゃがみ込んで手当をしていた兄弟の後ろで、花火の音が空気が震わす。

 反射的にそちらを振り向くと、一発目の花火の切れ端が、はらはらと空から溢れるところだった。

 リクは立ち上がり、満面の笑みでそれを見る。


 ドン、ドドン


 続いて二発目、三発目が上がる。

 大きな赤い花火だった。

 届きそうな気がして、思わず手を伸ばす。

 白い布が撒かれた右手よりも大きな花火だった。

 圧倒的なその光の花に、リクが兄を振り向いて面白そうに笑う。

 兄はそんな弟のほうが面白いのか、彼を見て目を細めて笑っていた。


「兄ちゃん、また来年も来ような!」

「もう来年の話か?」


 笑いながら兄が答える。


「いいじゃんか」

「いいけどね。転んで泣きべそかかなきゃな」

「な、泣いてないだろ!」


 ハルの軽口に、リクがムキになって答える。

 もう一度花火の方を見てみると、大きな赤い花も終わりを迎えていた。

 手の隙間から、光る赤い花びらがこぼれ落ちていく。


「また来よう、一緒に」


 落ちながら消えていく赤い灯火の中で、優しい兄の声が聞こえた。

 

 だけど結局、『また来年』が来ることはなかった。 

 それから1年も経たない梅雨の雨の日、彼らの日常は崩れ去ってしまった。

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