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ド○ールコーヒーのホットココア

「やーどうも、お待たせしました」

 トレーの上に温かいドリンクを二つ乗せて、すたあらいと(本人たっての希望なので、以後ライトと呼ぶことにしよう)は言った。

 先に俺が席を確保しておこうとすると、「私が買ってきますので座っていて下さい」と言い残し、ライトはいつのまにかレジに並んでいた。

 なんとなく頼りなさそうというか、言い方は悪いがおバカっぽい感じに見えるコイツだが、意外にも結構せっかちなところがあるらしい。なにかと行動するのが速い。実はできるビジネスパーソン(?)なのだろうか。

「ブレンドコーヒーとホットココアどっちがよろしいですか?」

「なんだその両極端なチョイス。……ココアで」

「ほうほう、あなたは甘党ですね? 苦いコーヒーと甘いココアがある。あなたはココアを選んだ。よってあなた甘党。いやーわたし甘いの嫌いなんで良かった良かった。あなたは見るからにココアを飲みそうな気がしてました。ブレンドコーヒーみたいな苦いのは飲めませんよね」

「その通りだけどお前俺のことバカにしてんの?」

「というわけでですね、今後も不定期にシャッフルが起きるたびに、あなたと皆さんとの関係性が逐一ちくいち変わるわけですよ」

「聞けよ! まあいいけどさ……。そんで俺はどうしたらいいわけ? 元通りにならないって言ってたけど、あんたはそのバグとやらを修理するために俺のところに来てくれたんじゃなかったのか?」

「バグを修正する……つまり、あなたと皆さんとの関係性を完全に元に戻すことは……技術的には、可能です」

「……なんか含みのある言い方だな。まずいことでもあんのか」

「今回の問題は、いわば「しわ寄せ」なのです。各世界の整合性を担保するために、たった一つの世界にエラーが起きてしまった。そのたったひとつがたまたま・・・・あなたの世界だったのです。ですからすべてを元通りにしようとすると、あなたの世界だけでなく、他のたくさんの世界に修正をかける必要性が出てきます。それには甚大なコストがかかる。最悪の場合、その修正がまた別のバグを誘発する恐れもあります。ですから今回の問題に関しては下手に手を加えず、そういうものとしてあなたに納得していただこうというのが、上層部の判断です」

「なっ……! ふざけんなよ! コスト的に見合わないから、俺の人生はどうなってもいいってのか? このまま放っておくってのかよ!?」

「はい……申し訳ないのですが、上の判断はそうなのです」

「じゃあ、じゃあ……俺は一生、誰とも関係性を作ることもできずに生きていかなきゃいけないってのか……?」

「はい……左様です。評議の結果、既にそう結論づけられました」

「それって……あんまりにも残酷すぎだろ……。俺の人生って、その程度なの? そんな適当に決められるようなどうでもいいもんなのかよ?」

「わたくしたちにはそれがどれほど辛いことなのか、残念ながら理解して差し上げることはできません……。人間の尺度とは、考え方が根本的に異なっていますから。おそらく上の者たちも、あなたに起きたことをそもそもネガティブにとらえてはいないのでしょう。たくさんの人々と日々新たな関係性を構築できる、それはそれで面白いでしょ、くらいにしか……」

「そんなのって……そんなのってあるかよ!」

 俺が声を荒げると、周りの連中何人かがチラチラとこちらを見た。

 ライトはそんなことには動じる素振りも見せず、あくまで柔和な口調で俺をなだめる。

「落ち着いてください、更道さらみちさん。話はまだ終わっていません。これからお話することはわたくしの個人的な提言ですので、何があっても他言無用に願います。……わたくしは、あなたの世界を修正することはできなくても、何らかの方法でシャッフルを止めることはできると考えています」

「シャッフルを止める……つまり、どこかの時点でこれ以上関係性に変化が起きないようにできるってことか?」

「はい、そう思います。これからわたしは、そのための可能性を一つひとつ検証してみるつもりです。ですが確率的に考えて100パーセント元の関係性に収まることはありえませんし、あなたのご意向を少しでも反映させられるかどうかすらわかりません。シャッフルが止まった結果が、あなたの望まない形になるかもしれません。それでもやりますか?」

「俺は……俺は、みんなと元通りになりたい。水沫みなわとは、これからも親友でいたいし……姉ちゃんとも、家族の縁が切れちまうとしたらやっぱり辛い……。でも一番嫌なのは、せっかくできた彼女のいほりとの関係が無かったことにされることだよ。だって初めて心から好きになって、やっと恋人同士になれた人だぜ? そう思って当然だろ。なのにそんな当たり前の日常を望むことすらも、俺には贅沢な悩みだってのか……?」

「わたくしの個人的な意見を申し上げさせていただくと、やはりシャッフルは止めておくべきではないでしょうか。止めてしまえば少なくとも、あらためてイチから関係性を構築し直すことができるのですから」

 俺はしばらく沈黙した。

 確かに、今の俺が置かれた状況は理不尽極まりないものだ。俺にとってはまるで、道端を歩いていたら酔っぱらいの車が突っ込んできたようなものだ。そんなのってあんまりだろ。

 けれど交通事故で命を落としてしまえば二度と取り返しはつかないが、俺の場合はそうじゃない。ライトはライトなりに、俺のためを思って最大限に自分のできる事を提案し、力を尽くそうとしてくれているのだろう。

「……分かった。そうしてくれ。よろしく頼む」

 俺はライトに向かって深く頭を下げた。

「よしてください、更道さん」

 するとライトは少し気まずげに、慌てるように言う。

「これはわたしの独断でしようとしていることなので。あなたに辛い思いをさせていることを、とても申し訳なく思っています。…………ごめんね」

 ライトもまた、俺に頭を下げた。

 よせよ。お前が謝ることじゃねーだろ。

 確かに腹に据えかねてはいるし、やるせない気持ちはある。でも誰のせいってわけでもないんだろ? だったら謝ったりするんじゃねーよ。

 でも飲酒運転する奴は地獄に堕ちろよな。俺は飲酒運転をする奴だけは大っ嫌ぇなんだよ。

「さて!」

 ライトは頭を上げて微笑むと、手をパンと叩いて言った。

「それでは早速出来ることから始めますね! また何か進展があればご連絡差し上げますし、少しでも気になることがあれば更道さんからも、些細なことでも必ず教えて下さい。すぐに駆けつけますので。とりあえずslashスラッシュのIDを交換しておきましょう。わたくしへのご連絡はこちらからお願いいたします。slashスラッシュ、使ってますか?」

 俺はスマホにslashスラッシュとかいうアプリをインストールした。いわゆるチャットアプリのようなものらしい。これでいつでもライトと連絡が取れるようになった。

「では、今日のところはこれで。またご連絡致しますね。思い立ったが吉日、素早く行動せねばなりません。シャッフルの回数が増えれば増えるほど更道さんにも負担が大きいでしょうし」

「ありがとう。お前、いいやつだな」

「いやー、えへへ。よく言われますけど。そうでもないんですよ。放置しておけばおくほどバグが拡大してわたしにとっても面倒なことになりかねませんしね。ラベルリングの範囲が広がって、最悪の場合あなたのお父様が彼女に、なんてことになったら目も当てられませんし……」

「だからそういう大事なことは早く言え――――っ!!!!」

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