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すたあらいと

「改めまして、わたくし並行時空間監視委員会セキュリティ対策部から派遣された天海あまみと申します、どうもどうも」

 女はへこへことお辞儀しながら、両手で持った名刺を俺へと差し出した。

 まず目に付くのは、特徴的なその氏名だ。



 天海月星。



 美しい夜空の輝きを連想させる字面で、幻想的な情景が目に浮かぶようだ。

「あまみ……名前はなんて読むんだ?」

「すたあらいとです」

「そうか、すたあらいとさん。まず最初に言っておきたいことがある。俺は親父から、人の外見や名前でその人のことを馬鹿にしてはいけないと厳しく躾けられてきた。だから俺は絶対にあんたの名前をバカにしたりしないし、笑ったりすることもない。そこは俺を信頼し、どうか安心して接してくれ。約束する」

「むしろ今までの反応で一番腹が立つんですが」

「絶対にだ!」

「うるさいですね! 別に気にしたことありませんから! 素敵じゃないですか、すたあらいとって!?」

「そ、そうか? ならいいんだが……。よろしく、すた……」

「ライトとお呼びください」

「よろしく、すた……」

「ライトとお呼びください」

「めちゃくちゃ気にしてんじゃねーか!」

「素敵な名前ですけど! ちょっと長いし呼びにくいですから!」

「……なら俺は構わないが。ところで並行時空間監視委員会……? 一体なんなんだそれ……?」

「まあ端的に申しますと、みなさんがこの多次元的世界に生きるうえで直面する様々な障害に対して、適切な措置を講じるのがわたくしどもの役目です」



 ???

 …………さっぱりわかんねぇ。



「さっぱりわかんねぇ、という表情をしてらっしゃいますね。まあいわば一種の役所みたいな組織だとお考えください」

「役所……あんたは国の人間なのか?」

「日本国政府のことを指してらっしゃるのでしたら、答えは『いいえ』です。わたくしどもはそれよりももっと上層の存在です。まあ、カミとかそういう霊的な存在に近いものと考えていただいて差し支えないかと。あ、カミはカミでも、おかみのことじゃないですよ」

「やっぱり胡散臭えな! ほんとに宗教の勧誘じゃないの!?」

「勧誘してどうなるというのです。あなたがたに信じてもらえようがもらえまいが、わたくしたちが自身の職務を全うしなくてはならないことには変わりません。信仰を集めれば働かなくてよくなるというのならば熱心に勧誘もしますが……」

「んで、その上位存在のあんたが一体俺になんの用なわけ? なんか今朝から俺の周りで起きてる悪夢みたいな出来事を知ってるみてぇだったけど」

「はい……そのことに関しまして説明させて頂きたく、わたくしがやってきたわけなのです」

 すたあらいとは神妙な面持ちで、わざとらしくコホンと咳払いをした。

「今あなたの身の周りで起きている異変、それはこの世界のバグなのです」

「世界のバグ……? バグってゲームとかがバグったって言うときのあのバグか?」

「はい、そのバグです」

「この世界が、ゲームみたいにバグったってのか? そんなことありえねぇだろ」

「ありえないどころか、バグが発生することは珍しくもなんともありません。世の中にはには無数のバグが存在しますので。ちなみにわたくしどもが世界、という時、大抵は極めて限定的で局所的な範囲のことを指します。むしろあなたがたの言うような、この世のすべてを包括する単一の『世界』などというものは存在しません。『世界』には無数の世界が存在しているのです。そして今回のバグに関して言えば、発生したのは幸いにも、あなたを軸としたあなたの世界・・・・・・に限定されています」

「……なんか難しい話には興味ねえけど、教えてくれ。今日学校へ行ったら、昨日できたばかりの彼女はどうやら俺と付き合ってないことになってるらしいし、代わりに俺の親友でまったく恋愛する素振りも見せなかった奴が、俺の彼女だってことになってた。しかも昨日までクラス委員長だった奴は、しれっと俺の姉になりすましてやがる。俺の頭がおかしくなったのか、あいつらの頭がおかしくなったのか、どっちなんだ」

「どちらでもありません。そうなった原因は、あなたの『彼女』という役割クラスを中心とした、配列のバグなのです」

 クラス……? 配列……?

 やべぇ、さっぱりわかんねぇ。お願いだから専門用語っぽいの使わないで。

「あなたの周りには、関係性の密度にかかわらず、たくさんの人々がいますよね? クラスメイトだったり、家族だったり、ただの顔見知りだったり……。そのような一人ひとりに、あなたの世界から何らかのラベル・・・が貼られるわけです。この人は彼女、この人は親友、この人は委員長……。ラベルはひとつとは限りません。複数のラベルが貼られるのが普通です。またラベルそのものも単一のものではありません。同一のラベルがたくさんの人に貼られます。『彼女』というラベルも、たくさんの人に貼られているはずです。今日あなたに出会ったことで、わたくしにも『彼女』ラベルが貼られたかもしれませんね。こんなふうにポンッと。うふふ」

 すたあらいとは手のひらで俺の胸元をポンと叩いた。よくわからんがウザいぞ。てかそれだと俺にラベルが貼られたことにならねぇ?

「ちょっと待て、俺にとっての彼女はいほりだけだぞ。俺は他の誰かが自分の彼女になるだなんて考えたこともねえ」

「まあ、ラベルというものは比較的簡単に貼られてしまうものです。あくまで可能性・・・のようなものですから。交友関係の広さにもよりますが、そうですね、恋人関係のラベルというのは一般的には数十から数百人には貼られるんじゃないでしょうか」

「数百!? 嘘だろ!」

「著名人などはもっと多いですよ。これは異常なことではなくごく当たり前のことです。いわば『彼女候補』のようなものですあって、実際に彼女かどうかとはまた別ですので。ちなみにあなたの『彼女』ラベルですが、今のところは同世代の女性限定で貼られているようですね」

「今のところってなんだよ。これから先もずっとそうだよ」

「そして貼られたラベルによって、各個人に役割クラスが与えられるわけです。クラスが与えられて初めて、彼女は彼女になり、親友は親友になり、委員長は委員長になるのです」

「……それっておかしくね? 彼女や親友ってのはともかく、委員長は俺が選んで委員長になったわけじゃねーぞ。クラスの投票で、みんなの意見で委員長に決まったんだ。そこに俺の意思はないだろ」

「いいえ、そうではありません。あなたの意思はなかったかもしれませんが、あなたの世界はその女の子に貼られたラベルを見て、その子を委員長に選んだのです。世界とは、あなたが思っているよりもかはるかに主観的なものです。あなたに都合よく作られているものなのです。だからあなたが委員長だと思っているその少女……いえ、少女と言い切ることすら誤りかもしれません。その存在・・は、別の世界から見れば委員長ではなくて風紀委員かもしれませんし、そもそも生徒ですらないかもしれないのです。もしかしたら教師かもしれません」

「なるほどな……」

「ここまではご理解いただけましたか?」

「いや、もう理解するのは諦めたわ。だから帰ってくれる?」

「もうちょっとだけ! もうちょっとだけお時間をください! お手間は取らせませんので!」

「もういいから、要点だけ簡潔に言ってくれ。この世界をあんたは元通りにしてくれるんだろ?」

「そのことですが……非常に残念なのですが、元通りにすることはできかねます」

「できかね……おい、嘘だろ。できないのか」

「はい、できません。わたくしどもとしましても大変心苦しいことではございますが……」

「それじゃ……もう一生、このままだってのか。このまま一生、水沫みなわが彼女で、いほりは親友のままで……いや待てよ。単純に水沫と別れていほりと付き合いなおせばいいんじゃねーの?」

「はい、まあその通りですね。クラスの磁場に逆らうことになるので少しだけ難易度は上がるかもしれませんが、不可能ではありません。とはいえ実のお姉さんにクラスチェンジした元・委員長さんに関しては、そうはいかないと思いますが」

「ってことはこれから先も委員長が姉ちゃんになるってことかよ。……あれ、俺のほんとの姉ちゃんは? 埼玉にいるはずだけど」

「おそらく、別のクラスに変わっているでしょうね」

「それはそれで問題だな……。まあいいか、どっちかと言えば委員長が姉ちゃんだったほうが嬉しいしな。どこかで幸せに暮らしていてくれるなら、多くは望まないことにしよう」

「切り替え早すぎるうえにサイテーですね」

「話はそれで終わりだな? 分かった。そんならちょっと大変ではあるが、一度バグっちまったもんはしかたない。なんとかうまく乗り越えてみるわ。んじゃそろそろ帰って……」

「あ、そうそう。申し上げるのを忘れておりましたがクラスチェンジは今後も頻繁に起きるものと考えられまして……」

「それを先に言えアホ――――――――っ!!!!」



 その時だ。いつの間にか委員長(現・姉クラス)が帰ってきていたらしい。委員長は俺の叫び声に何事かと思ったらしく、柄にもなくドタドタと階段を駆け上ってきた!

更道さらみち、大丈夫!? どうしたの大きな声を出してっ!?」

「うわぁ! いいんちょ……姉ちゃん! だ、大丈夫だから! 今ちょっと大事な場面なんだから入って来るな!」

 俺と委員長はドア一枚を挟んで押し合いへし合いのバトルを繰り広げる。今入られたらヤバい! なんかよくわからん女が部屋にいる状況を自分の姉(元・委員長)に見つかるとか、ややこしいどころの話じゃねぇぞ!!

「大事な場面!? なんか女の人の声が聞こえた気がしたよ?」

「それは……その、スマホで動画見てたんだよ! その動画に出てる女の人の声だから!」

「更道、やっぱり女の子のはだかに興味が……」

 なんか違う方向に勘違いされてる! しかしもうここまで来たらこの路線で誤魔化すしかねぇ!

「じ、実はそうなんだ。だからさ、今ドアを開けられたくないの分かるだろ? 開けたらお互いに良くないことになるからさ、もう少しだけそっとしておいてくれねーか?」

「う、うん。わかったよ。終わったら教えてね?」

 誰が教えるかアホウ!

 それから俺は声を潜めてすたあらいとに言った。

(おい、取り敢えず場所を変えるぞ)

(そうですね。そうしましょう)

 すたあらいとは頷いた。

 それから俺たちは気付かれないようこっそりと家を出て、歩きながらしばし思案した挙げ句、駅前にある大手チェーンのカフェに行くことにした。あそこなら安いしな。

 てかこの胡散臭い上位存在様は、金持ってるの?

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