委員長の着替え
ショート寸前の思考回路をなだめすかしながら、俺は帰宅の途についた。
家に帰ってからも状態異常「こんらん」から回復することはなく、俺はリビングのソファに身を投げる。
あわよくば、ひと眠りしたあとに何もかもが元通りになっていて欲しい……。そんな希望を持って。
だがしかし、その俺の希望は虚しく打ち砕かれることになる。
「ただいまー」
ケタ違いに違和感のある「ただいま」の声が、玄関から聞こえてきた。
おいおい、この声って……。
俺は思わず身震いをする。
だってそうだろ? 家族でも何でもない奴が、何喰わぬ顔をして家に入ってくる。これに勝る恐怖体験って、実生活ではなかなか無いんじゃね?
凍り付く俺の目の前でリビングのドアを開けたのは、果たして教室での後ろの席の女の子、千重波清美――――つまりは、委員長だった。
な、な、なんで俺の家にいるんだよ!
そう叫びだしたかったが、どうやら恐怖心というものは、人間から正常な判断能力を奪ってしまうらしい。
そういう状況に陥った時って、普通はどんなことを言うんだろうな。
たぶん「うわっ!」とか「おい、なんのつもりだよ!」とか「警察呼ぶぞ!」とかそんなことを言うんじゃなかろうか?
だけど俺は今朝からの意味不明な異常事態の連続にこんらんしていたため、とてつもなくアホっぽい対応をしてしまった。
おそらく俺の発した言葉は、考えうる限りの返答の中で、もっともこの場にそぐわないひと言だったのではなかろうか?
「お、おかえり……」
「更道、ただいま。あなたの様子が変だったから、部活さぼって来ちゃった。具合はどう?」
そう言いながら、委員長はブレザーのリボンをしゅるり、と引き抜く。相変わらず、俺の姉であるということにこれっぽっちの疑いも持っていないんだな。
「お、おう。具合、なんか、すごく、………………いい」
って俺テンパりすぎだろ! しどろもどろにも程があるよ! 委員長が凄い不安そうな顔つきになっただろ!
「良くないみたいね……お姉ちゃん、心配だな。熱はある?」
「う、うん。熱、すごい、たくさん…………ある」
あ、委員長が険しい顔つきになった。
「熱はないみたいだけど……でもひどくうなされてるみたい……。どうしよう、お医者さんに連れてったほうがいいのかな」
委員長は自分のデコと俺のデコを触り比べながら言った。
なんかここまでくると自信がなくなってくるわ! もしかしたら気が狂ってんの俺のほうなのかもな!
「とりあえず、なにか食べる? お昼まだ食べてないでしょ? 食欲ないかもしれないけど、おじやでも作ってあげるから栄養つけましょ。それともゼリーとか果物を買ってこようか?」
そう言って委員長はブレザーの裾に両手をかけ、一片のためらいもなく上着をたくし上げた!
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉいっっっ!!!! どこで脱いでんだよ!!!!」
「わっ……びっくりした。いきなり大きな声出さないで」
「いや、出すよ! おま、ちょ…………着替えるならどっか行けよ! 非常識にもほどがあんだろっ!」
てか委員長でけぇ! どこがとは言わないけどでけぇな! 着やせするタイプだったのか……いや、じゃなくて!
「だっていつもはそんなこと気にしないじゃない、ほんとにどうしちゃったの………………………あっ」
『あっ』という、あまりにも不穏な間投詞とともに、委員長の頭の上の電球マークがピコーン! と点灯した。ように見えた。
「もしかして、更道……。女の子のからだに興味が出てきたの……?」
「ちげぇよ! いや興味ないってことじゃねーけど! 興味は五歳くらいの時からあるよ! そうじゃなくて! 俺の目の前で脱ぐなってことだよ!! いいから出ていけっ!」
俺は委員長をこれでもかというくらい滑らかに方向転換させ、露わになった肩をぐいぐい押しやりながらリビングから退出させた。やべぇ、同級生の女の子の素肌に触れたの初めてかもしれん。なんかすべすべしてた……。