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元・委員長

 教室に着いても、二人が視線を交わすことは無かった。

 いほりは何かを忘れようとでもするみたいに一心不乱に教科書を凝視している。だがその視線はぼんやりとしていて、ページをめくる手も行きつ戻りつ、まったく集中できていないように見えた。

 水沫みなわは水沫で机に突っ伏してしまって、話しかけるなオーラを周囲に撒き散らしていた。寝ているわけではないと思うが……。



 迷った挙げ句、俺が声をかけたのは、水沫の方だった。

 俺にとってはもちろん、いほりが落ち込んでいることのほうがはるかに気にかかるのだが、校門前での彼女のただならぬ様子に俺自身も正直動揺しまくってしまっていた。情けないことに、付き合いはじめたばかりの彼女に嫌われてしまうことが怖かったのだ。

「なぁなぁ、大丈夫か? 一体どうしちまったんだよ」

 俺は話しかけるなオーラを意に介することもなく、水沫の体をゆさゆさと揺らした。

「ね、ねぇ。あとで話そ? ここではあんまり更道さらみちと話したくない……」

「だからなんでだよ」

「だっていほりんに悪いし……」

「はぁ?」

「とにかく、また後でね」

 水沫はまた机に突っ伏してしまった。



 水沫の態度は気になったが、ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り、俺はため息をついて仕方なく席へと戻った。

 それから後ろへと振り返り、背後の席の女子へと声を潜めて問いかける。

「なぁ、委員長。いほりと水沫がケンカしてるみてーなんだけどなんか知らねぇ?」

 こういうことは女子に聞くに限る。

 いほりや水沫がいくら俺と仲がいいと言っても、女子には女子にしか話せないこともあるだろう。そういう女子同士のネットワークになら、何か二人のあいだに起きたことに関する情報があるのではないかと思ったのだ。



 ところで委員長とは、そのものずばり、このクラスの委員長である。

 テンプレのイメージに違わず眼鏡に三つ編み、真面目で成績優秀で優しくて面倒見がよい、まさに委員長の鑑だ。

 俺と委員長は特別に仲がいいというわけではない。むしろ委員長からすれば、前の席に座っている問題児の俺に、ことあるごとに面倒事やトラブルを押し付けられていい迷惑だろう。

 だがそんなめんどくさい俺に対しても、溜息をつきながらなんだかんだでいつも助けてくれる。委員長はそんな、とても頼りになる奴だ。将来ダメな男と付き合うことになるんじゃないかと心配だぞ、委員長。



 委員長はいつも通り授業の予習をしているのだろう、ノートにペンをカリカリと走らせていた。相変わらずクソ真面目な奴だ。てか俺の話聞いてる?



「なぁ、委員長ってば」

 俺がもういちど呼びかけて初めて、委員長はえっ? という表情で顔を上げた。

「委員長って私のこと?」

「委員長じゃなかったら何なんだよ」

「何なんだよって……私、あなたのお姉ちゃんだけど。むしろそれ以外になにかあるの?」

「OKわかった。ちょっと待ってくれ。考えをまとめるから」



 つまり、こういうことだな。

 俺が委員長だと思っていた同級生の女の子は、実は委員長ではなく俺の姉だったと。



「ってどういうこと!? 俺の姉ちゃん大学に入学して埼玉で一人暮らししてますけど!?」

「更道、大丈夫なの……?」

 うぉ、委員長が俺のこと名前で呼んだよ……。いつもは八十島やそしま君(俺の苗字だ)、て言ってたのに。

「いやいや大丈夫なの? はこっちのセリフだよ! お前、いつの間に俺の姉ちゃんになってたワケ!? しかもフツー姉弟が同じ教室にいる!?」

「私、あなたが生まれた瞬間からずっとお姉ちゃんだけど……。同じ教室にいるのは双子だからでしょ」

「双子って普通同じ教室にならなくね?」

「それはお母さんが学校に掛け合ったからでしょ。更道は寂しがり屋でひとりでは何もできないから、姉の私と同じ教室にしろって。それで先生がお母さんの威圧感に気圧されて一緒のクラスにしちゃったんじゃないの」

「それ初耳っていう以前に俺スゲー恥ずかしい奴だよな!? つーか母ちゃんいつからそんなモンスター化してたの!?」

 おいおいおい、まじかよ。

 俺には委員長が嘘をついてるようには見えねぇ。間違いない、こいつは本気で俺のことを弟だと思ってやがる。

 委員長、勉強のしすぎでついに……。

 かわいそうに、辛かったろうな、苦しかったろうな。何の力にもなってやれなかった自分が許せねぇよ。

 こんなことになるなら委員長にもっと、勉強以外の楽しいことをたくさん教えておいてやるべきだった。生物室のザリガニにエサをやる方法とか……。

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