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はじめての……彼女?

 それからだ。

 俺は校門の手前で、誰よりも会いたいと思っていた人の後ろ姿をみつけた。

 そう、俺の初めての彼女。野辺のべいほりである。

 自慢では無いが、いほりは非常に可愛い。なんというか、清楚という言葉をそのまま体現したかのような女の子だ。

 腰まで伸びる長い黒髪は、束ねた絹糸みたいにサラサラで、きっとうるおいがたくさん詰まっているのだろう、信じられないくらい艶やかだ。正直今すぐにでもシャンプーやトリートメントのCMに出てもらいたい。

 派手な可愛さとか人目をひく美人という感じではないけども、顔立ちは間違いなく整っている。その加減が実にちょうどいいのだ。一緒にいて安心するタイプとでも言うのだろうか。

 性格はおとなしめだが、だからといって暗いわけではないし友達も多い。特に仲がいいのは、同じクラスの泊瀬水沫はつせみなわだ。

 何を隠そう、その水沫が、俺と彼女の仲を取り持ってくれた張本人なのである。

 いほりは、以前から俺のことが気になっていたという。もちろん俺もだ。だが奥手な性格のいほりや俺では、お互いを意識しながらもなかなか恋愛にまで進展させるきっかけがつかめなかった。そんな俺達に発破をかけたのが、泊瀬水沫なのだ。

 元々いほりと仲の良かった水沫は、性来のその屈託のない性格から、すぐに俺とも大の仲良しになった。水沫はことあるごとに「いほりんってかわいいよね〜」「料理も上手だし、彼女にするには最高じゃない?」などとアプローチをかけては、「今度三人でCN2H2シアナミドのライブに行こうよ!」と言いつつ当日になって『ごめ〜ん体調悪くなって行けなくなっちゃった! 今日は二人で楽しんで!』などとベタな「友人キャラ」を演じてくれた。ちなみに余談だが「CN2H2シアナミド」というのは、いほりが偏愛しているインディーズバンドのことである。正直いほりとの初デートに超絶緊張してたせいか、ライブのことはまったく記憶にねぇけど。俺あんまりバンドとか興味ないし。

 ともかく、そのとりなしのおかげで俺たちは晴れて恋人関係となる。

 要するに水沫は彼女の親友であると同時に、俺にとってもかけがえのない友人なのである。



 ところがそんな苦労(?)の末に付き合ったいほりが、今日はやけに暗かった。もうなんだかこの世のすべてに絶望したような、そんな悲壮感を漂わせていた。俺がややハイテンションに「おはようっ!」と挨拶しても、奥歯で正露丸でも噛み締めているかのような顔で「……おはよう」と答え、それきり黙ったまま。

 普通、付き合って次の日ってもっとワクテカしてるもんじゃねーの?



「どうしたんだよ。元気なさそうじゃねーか」

「当たり前だよ……。元気なんて、出るわけない……」

「お、おい。まじでどうしたんだよ。なにかあったのか?」

「なにかあったのって……! どうしてそんなことが言えるの?」

 彼女の凍るような視線に俺はたじろいだ。何の話だ? 俺にはさっぱりと見当もつかない。俺が知らずしらずのうちに何か、彼女を傷つけてしまっていたのだろうか?

「……なあ、教えてくれ。俺、何かお前に悪いことでもした? もしそうなら謝るよ。だけどごめん、俺にはさっぱり思い当たることがないんだが……」

 そう言うと、彼女はキッと俺を睨みつけた。

「ひどいよ。私の気持ち、知ってるくせに」

 彼女の目には涙が浮かんでいた。情けないことに、俺は混乱するばかりで言葉が何も出てこなかった。彼女は袖でグシグシと涙を拭うと、俺に背を向けて走り去ろうとした。

 その時、たまたま水沫が校門の石垣の陰から身をのぞかせた。いつも水沫は校門前でいほりが来るのを待っていた。だから今朝も当然、いほりが来るのを待っていたのだろうと俺は思っていた。今から考えると、水沫が待っていたのはいほりではなく、俺だったのかもしれないな。

「あ、……いほりん……」

 水沫の言葉に、いほりは足を止めた。でもいほりは顔を上げなかった。こんなことは今までに無かったことだ。二人が目も合わさないなんて……。

 いほりは無言のまま、水沫の横を通り過ぎて走り去って行った。

「お前ら……気まずそうだったな……」

「そりゃそうだよ……」

「喧嘩でもしたのか?」

「しないわけないじゃん、だって、あたしといほりんは……」

 水沫は言いよどんだ。いつも明るくて元気だけが取り柄の水沫が、こんなに辛そうな表情をしているのは初めてのことだ。

「なあ、俺は水沫がそんな辛そうな顔をしてんのを見たくねぇよ。正直ぜんぜん見たいと思わねぇ。何があったのかはわかんねえけど、お前にはいつもみたいに笑っていて欲しいんだよ。俺はお前のこと、他のどんな奴より大事に思ってるし、やっぱりお前の笑顔を見てんのが好きだからな」

 俺はそう言って水沫の肩に手を置いた。

念の為に言うがこれは別に口説いてるわけではない。あくまで「友人として」という前提にたっての言葉だ。俺たちの仲を知らない奴が聞いたら誤解するかもしれないが、俺と水沫はいつもこんな感じだ。常に言外に「友人として」という枕詞をつけつつ、「俺にとってお前が一番だ」だとか「あたしは更道さらみち(俺の名前だ)のことが大好き」だとか、そんな会話をする。それが俺たちの仲なんだ。



……その、はずだったのだが。



 水沫の反応は俺の予想とまったく違うものだった。

 俺が肩に手を置いた瞬間、水沫は「ひゃん!」なんて乙女のような(正真正銘乙女だが)声を挙げた。

「ちょ、ちょっと……こんなみんなの前で……恥ずかしいよ……」

 あ、あっれ〜! なんかいつもと反応ちがくね!? なんか顔も赤らめてるし!

「あ〜、あっつ! なんか顔が熱くなってきた……」

 そう言って目を逸らしながら両手でパタパタと顔を仰ぐ水沫。

んん!? 何この反応?

 この反応ってまさか……いやまさかだろ。ありえねぇよ!

 まるでこれって……いや。勘違いだったら俺、かなり自意識過剰な痛いやつになるけど。

「お、おいマジで顔赤いぞ。大丈夫なのかよ……。あれ、お前なんか今日雰囲気ちょっと違わね? あ、なんかメイクしてんのか……?」

 この俺の余計なひと言が水沫のスイッチを爆発させた。

 まるでボンッ!!と音が鳴るかのように顔を真っ赤に染めた水沫は、「あ、あたし先に教室行ってるからっ!」と、まるで閃光のナントカとでも異名が付きそうなほどの瞬速で走り去って行った……。



 おいおい、一体どうしちまったんだよ。

 なんであいつ……俺のこと好き、みたいな反応なんだ!?


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