超ショートショート『虹色リンゴと紅茶と昼寝』No113
ふとドアのベルが鳴り、夢から覚めた。
私は窓から入ってきた午後の陽射しを浴びながら、ナマケモノみたいな体勢でだらだらと昼寝をしていたのだ。
なので身だしなみを整えるのに少し手間がかかる。
こんなことなら、うるさいドアベルなんて外してしまおうか。
そんなことを考えながらドアを開けると、そこにはお年をめしたおばあさんがいた。
「リンゴはいらんかね?」
高い鼻が自慢げな、ニコニコとしたおばあさんは、開口一番そう言う。
左手にはリンゴ。
それもあろうことか、真っ紅な頬と白い地だけじゃない。コバルトと黄色とオレンジと緑も入った、虹色のリンゴだ。
私は驚きつつも寝ぼけていて、いくらですか?、と聞く。
「ただでいいさ。
今年はとれすぎたんでね。」
おばあさんは楽しげに笑う。笑ってシワがよると、まるで映画に出てくる熟練の魔法使いか魔女みたいに見える。
私は早く眠りに戻りたかったので、素直に貰おうとした。
「おっとあんた、まさかこのリンゴに毒が入っているとか、思ってないかい?」
私が手を伸ばすと、おばあさんはリンゴを抱きよせて言う。
その言葉を言われるまで全くそんなこと思わなかった。まさか、毒が入っているのだろうか?
私は眠い頭で考える。確かに虹色のリンゴは怪しい。きっと毒が入っているに違いない。
「じゃあ、私がここで切り分けて半分を食べるから、あんたはもう半分をおたべ。」
おばあさんはどこからか果物ナイフを取りだし、素早く丁寧な手つきでりんごの皮をするするとむき、8等分にする。
まるで魔法のようだ。
そのリンゴは中身も虹色だった。
私はおばあさんを部屋へ通して、暖かな紅茶を注ぎ、丸テーブルで一緒にリンゴを食べる。
身は柔らかく、果汁がほとばしる。とてつもなく美味しいリンゴだった。
が、やっぱり毒は入っていなかったし、どういう事なのかさっぱりだし、私はもう眠りたい。
寝ぼけ眼でおばあさんと別れたあと、私はベッドに倒れ込んだ。
おばあさんが帰ってから1週間後。
私の部屋の小さな庭に、これまた小さなリンゴの木が生えていた。
なるほど。
いつのまに植えたのだろうか。
多分あのおばあさんは、色々な人とリンゴを食べて、ついでにリンゴを植えているのだろう。
リンゴがたくさん育てば商売になるし、ついでに人の家でお茶ができる。
今度お茶ができるのはいつだろうか。
私の庭のリンゴの木に、虹色のリンゴが実ったら、取りに来るだろうか。
そしたらアップルパイでも作ってあげようかな。
午後の日差しの中で、そんなことを考えていたら、ちいさくあくびがでた。